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44 1244/2003

「化け物、ねえ」

 僕がモールの屋上へ顔を出した瞬間、暗闇の中にドラム缶で薪を燃やして暖を取っていた浅井が、意地悪にそう云った。

 僕は中村に我儘を言って、ビール缶を右手に携えていた。

「先を越されていたね」

 僕が言うと、浅井は目線を隣にある椅子へ移す。座れ、ということだろう。

 僕は出されていたアウトドアチェアに腰を下ろす。

 右隣にいる、本を捲る浅井が息を漏らす。

「化け物」

「なんだ」

 僕は声を苛立たせる。浅井は本に目線を落とす。

「何でもない。でも、君もお人好しだ」

 浅井は「はあ」と最後に不満をそのままため息をついた。僕は浅井の方を向いた。

「浅井だってわざわざ付け加えて話して、君は嫌味だね」

「付け加えていたことに、何か悪意を籠めたつもりはないよ」

「じゃあ、わざわざ『秘匿』というワードを出したのはどういう意図だったんだい?」

 僕は背もたれに自重を乗せて、悪意が乗っていそうな息を吐きだす。

「何も間違えた事は云っていないだろ。俺は」

 浅井はまるで無実だと言わんばかりに顔をあげる。

「僕が、何を、秘匿したって?」

 僕は脱力してそれを追求する。

「主に、地球終焉の事実をほどよく脚色していた」

「…………」

「ジグラストーンによる戦争がー、斎藤楓の悪略がー」

 浅井は僕の真似をしているつもりなのか声を裏返らせた。

 そして最後に吐き捨てるように、「噓も方便だな」と目配せして語った。

「……悪いか?」

 浅井は「いいや」と云う。

「必要だと判断したならするべきだった。世界終焉は、一般人が知るには荷が重い。特に、協力者になってくれそうなら尚更に」

「……ああ」

 僕は嘘をついていた。

 主に、ジグラストーンが落ちてきたら何が起こるのか。そして、僕が何故超人計画を止めたいのかについてである。

 ジグラストーンは確かに宇宙でしか生まれない物質で、それが落ちてくることで世界に激震が走る。でも実際は――戦争なんてものが始まる前に、この地球はバラバラに割れて人類は滅びる。

 ジグラストーンは絶対に破壊できない最強の物質。それが一直線に地球に突進した場合、地球を突き抜けて内側を侵食し、恐らく地中がひっくり返る。

 その衝撃はいずれ、地球の自転を停止させる。


 つまり、地球が機能を変える。人その急激な変化に適用できず、死に至る。


 現状、そのジグラストーンの衝突を回避する方法はない。

「日本の『方舟計画』が、もっと早くデータが揃っていれば……」

 僕は無意識に肩に力が籠る。

 外郭や宇宙空間を潜航する理論と実物はすで完成し、あとは小さな問題を解決するだけでよかった。

 だがそれら細かい問題を解決する手段も、ジグラストーンの衝突する日が明確になったことで徒労に化した。

「超人計画」

 浅井は呟いた。僕は腕に青筋が浮く。

 浅井は星空を見上げる。

「たった一人に莫大な希少資源と数々の遺伝子を組み込んで、人の形を保ったまま宇宙空間で生存できる機能を植え付ける。だが、そこに自意識が残っているかも不明。本当に人の形なのかも不明。あまりに機能を盛りすぎて副作用(記憶障害)がでる可能性すらある。何より、よりによって斎藤楓はお前の事が大の付くほど嫌いだった」

 浅井の言葉で三年前のあの日、同じ研究所に居ながら、劣等感で離脱した斎藤楓の顔がちらついた。

「……本当に性格が悪い奴だよ、楓先輩は」

 僕に嫌がらせをするためだけに、その被験者を僕の世界で一番大事な人にするなんて。

「研究所の偉い奴らは誰を被験者にするか選んでいる余裕はないだろうな。でもやるしかない。人類が生き延びるために、最後の人類を作り出さなきゃいけないのだから」

 僕は右手を顔面に添えて、籠った声を出した。

「それはもう、人『類』とは呼ばない」

 ぱちぱちと火バナが飛んでいる。遠くで鳥が鳴いた気がする。

 もっと早くこのモールに辿り着いていれば……僕が守れたのに。

 僕は大きなため息をついてビール缶を開き、口に運ぶ。

 すると、視界の端で何かが動いた。

「ん?」

「よお」

「ぶっ」

 浅井亀太郎の背後の暗闇から、ビール缶を突き出して現れたのは、中村慎太郎だった。

「中村くん⁉」

 僕は浅井の方を見た。すると浅井は本から顔を上げ、僕の視線に気が付くと、

「中村くんと今後一切、関わるのを禁じます」

 と裏返った声で僕のマネをした。

「話は聞かせてもらったぜ」

 と中村くんはビールを開けて僕の左側のアウトドアチェアに腰かけた。

「あ、浅井~」

「なんだ。俺はお前の言われた通り、中村という奴と関わっていないぞ」

「そうだぜぇ~村瀬、俺はこの朴念仁亀野郎とは一切、関わってないんだぜ~」

 中村くんは両手をあげて「迂闊だったぜ~」と僕を皮肉るように云った。肩を落として僕はため息をつく。

「……聞いた?」

 僕は微かな希望にかけて尋ねる。中村くんは満面の笑みで頭を振る。

「もう全部聞いちゃった」

「一言一句絶やさず、最初から聞いていたぞ」

 中村くんの言葉に浅井が同調する。

 なんだこの人たち、案外相性がいいんじゃないか。

「まあ何となく分かっていたよ。お前、顔つきが変わったからな」

 中村くんは顎髭をずりずり撫でながら、僕を見つめて云う。

「そうかな?」

 僕は神妙な顔で首をすぼめる。

「ああ。まあ、大人みたいな特有の胡散臭さはあったけど、こうやって裏の顔を見るとやっぱりお前は村瀬友だよ」

 僕は中村くんの言葉に染みるような温かさを感じて、口元を綻ばせた。

「嘘をついて、ごめん」僕は頭を下げた。

「その謝罪、受け取った。それで、お前ら、本当はどうして超人計画を阻止したいんだ?」

 中村くんは姿勢を整えて改めて訊いた。

 僕は浅井に目配せをするも、浅井は本に目線を落としている。

「……分かったよ」

 僕は肩を落として脱力した。

「……嫌だし、苛ついているんだよ」

「苛ついている? また、お前らしくないな」

 中村くんの言葉に、僕は苦笑する。

「斎藤楓はもともと僕の先輩にあたる人物だった。あいつは小惑星の事でうちらが研究していたプロジェクトで致命的な欠陥が見つかった日、この浅井亀太郎が突飛な思いつきでまとめて却下され、彼がシュレッダーした計画書を勝手に復元し、研究所から盗み出したんだ」

 中村くんは浅井に視線を向けるも、浅井はしばらく沈黙を貫いていた。

 だがややあって、視線に耐えかねたのか口を開く。

「俺はそういう性格なんだ。好奇心は破滅を導く、その代表例みたいな」

「つ、つまり……超人計画はもともろこの亀野郎の研究だったのか?」

 浅井は「語弊があるぞ、ぼんくら」と声を張る。

「あの文書は突飛な思いつきを書き散らしただけの駄文だった。なんの生産性もない、趣味の領域の産物だった。それを実際に持ち出し理論にしたのが、斎藤楓だ。あと俺は浅井亀太郎だ亀野郎じゃない」

「太郎仲間だろ? 仲よくしようぜ」

 浅井は唾を吐きつけた。

「きったね~」

「ともかく、最初のアイディアは確かに浅井だよ。でもそれを盗み出し自分の物だと言い張ったのが斎藤楓。今の浅井は、自分が計画の生みの親であることの罪滅ぼしをしてくれているんだ」

 中村くんはきょとんとした。こいつが? と言いたげな顔だ。

 浅井はぱたんと本を閉じる。

「俺だって文書にしてしまった罪がある。それで、唯一の友人の彼女がその実験動物にされそうだというのも、きっと、俺が文書を作ってしまった罰なんだと思う」

 下を向いて柄にもなく声のトーンを落としている。

 中村くんは「お前……」と同調しているようだった。

「それで、僕としては斎藤楓のやり方も卑怯で陰湿でとても嫌っている。だから苛ついている。あとその、嫌なんだよ」

 僕は右手で髪をぐしゃぐしゃした。

「『%$#####(彼女)』が実験動物にされるのが」

「……」

 僕は例え、僕の大切な人が生き残る可能性があったとしても、こんな非道徳的でかつ悪意に満ちた方法で叶ってほしくない。――例え、現状人類が生存する方法がそれしかなかったとしても、僕はあれを止めたい。

 『%$Q%#”#(彼女)』には迷惑を掛け続けた。これは僕のエゴだが、『!!”#%&’&%$#(彼女)』もきっと全てを知ったら、同じように思うだろう。

「なるほどな。まあそうだよな」

 中村くんは肩を下ろす。

 ふとその時、僕はすっかりと冷めてしまったビール缶に気が付く。でも何だか飲める気ではなかった。僕は缶を地面に置いて、脱力する。

「なあ村瀬」

 中村くんは真剣そうにこちらを向く。

「話せない理由も、話したらそれこそどうなるか分からないことも分かった。そのうえで、猶予ってのはどのくらいある?」

「『一年』だろうな。超人計画はまだ機器の調達や作成が間に合っていないはずだ」

 浅井は中村くんに補足する。僕はそれに同調する。

「なら、一人にだけ、全部正直に話してもいいか?」

「……」

 場が固まったのを肌で感じる。

「何故」と口にしたのは浅井だ。

「いちいち話す話さないとはややこしくないか。一度ついた嘘、それがどんな結果になったとしても、俺は訂正する方が時間を取られると思う」

「そうじゃねえんだ。全部話したら協力してくれそうな奴がいる」

「それは誰?」

 僕は起き上がって中村くんの顔を真っすぐ見た。

「佐々木だよ。佐々木通。あいつは『##”$%&%(彼女)』から何かを聞いているかもしれねえんだ」

 中村くんは静かに云った。

 彼も僕も、ビールを一滴も飲んでいなかった。



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