陽徒避難所の中心で、計六人が再度集結する。
二ヶ月の間、我々はこつこつと準備と計画を練ってきた。今日は、そのお披露目だ。
「集まっていただきありがとうございます」
僕は立ち上がって頭を下げた。
そして、二ヶ月前より皆の視線が柔らかいことに嬉しさを覚えながら、口を開く。
「僕の大切な人もとい、この陽徒避難所の設立者である『#$%&%$#(彼女)』の救出作戦にご参加いただける人は、手を上げて欲しい」
僕は静かに待った。最初に手を挙げたのは浅井と中村だった。
「俺が同行するのはもはや前提だ」と浅井。
『参加メンバー 村瀬友 浅井亀太郎』
「俺はあの日からずっと後悔してきた。村雨の親友を、守れなかったことを。取り返すよ。俺にも協力させてくれ」と中村くん。
『参加メンバー 村瀬友 浅井亀太郎 中村慎太郎』
そしてもう一人、手を挙げる。
僕、中村くん、浅井が目を見開いた。
「僕もあの人には恩があります。この避難所にいる南やななこばあちゃん、そして母さんの事も心配ですが、恩人をみすみす怪物にすることはできません」
佐々木くんが、手を挙げた。
「……ささきくん」
思わず僕は彼の名を呟くと、彼は僕に真っすぐな視線を向けた。
真っ直ぐ僕が彼に嘘を打ち明けた日の、僕が彼に送ったような誠実な視線だった。
彼は決めたのだ。僕らと共に、陽徒避難所を旅立つと。
「お、おにい?」
すると、佐々木くんの横で不安げな顔を見せる南さんが、震えた声で佐々木を見た。
その瞳は訴えるようなか弱い感情が、彼女の瞳孔を歪めていた。
「ごめん。南。僕は、やらなくちゃいけないことがあるんだ」
「居なく、なっちゃうの?」
南さんは今にも泣きそうな声で、何んとか捻り出すように云う。
僕は心が締め付けられた。
佐々木くんは南さんが伸ばした小さな手を両手で握る。
「居なくならないよ」
「……本当?」
南さんの瞼がゆっくりと落ち、見ているだけで焼けるような熱を持った雫が、彼女の頬を音もなく伝った。
「居なくならない」
佐々木くんは南さんの瞳を、僕に向けた視線のまま真っすぐ見つめた。
『参加メンバー 村瀬友 浅井亀太郎 中村慎太郎 佐々木通』
「渋木さん」
彼は、珍しく奈々子さんの事を上の名前で呼んだ。
奈々子さんは微笑をたたえて額の皺を弛緩させる。
「なんだい」
「南のことを頼めませんか?」
渋木さんは少し考える。
「それは難しいね」
「え?」
「ごめんよ。私も」
そこで言葉を区切って、奈々子さんは右手を挙げた。
「私も行くんだ。助けに」
『参加メンバー 村瀬友 浅井亀太郎 中村慎太郎 佐々木通 渋木奈々子』
「そんな……」
佐々木は目に見えて驚き、そして呼吸を早めた。
僕は、それを何も言わずに観察している。
「ばあちゃんも、行きたいの?」
渋木さんはこくりと頷いた。
「私もあの若者が好きだ。もうこんな歳で動きも鈍いが、囮くらいなら出来るから」
そんな事はさせない。と僕は口を挟もうとしたが、渋木さんの薄い瞳がそれを静止させた。
渋木さんはまた佐々木くんを見る。そして、南さんも含んで視界にいれる。
「南ちゃん。あなたは、残りなさい」
渋木さんははっきりと云う。
「嫌だ!」南さんはかぶりを振る。
「そうだ!」それに同調する佐々木くん。「独りぼっちに、なってしまうじゃないか!」
「通くん」
声のボリュームをいつもよりも上げて、渋木さんは佐々木くんの名前を呼んだ。
「あなたも、残りなさい」
「え?」
僕は思わず浅井の方を見た。
浅井は僕の視線に気が付くも、何も言わずに顔を逸らす。
恐らく、渋木さんは気が付いていたんだ。
この遠征が意味する別れ、そして世界の終わりに。
或いは彼女自身、自分の死期が近い事を、もともと分かっていたのかもしれない。だからだろう。佐々木くんと南さんをここに留めようとしているのは。
「僕も行くよ」
佐々木くんは縋るように云う。
「僕も行って、助けたいんだ。あの人を助けて、この避難所を作ってくれたお礼を伝えたい!」
「お礼を伝えればいいのかい?」
渋木さんは首を少し傾げる。
「それなら、私だって出来るじゃないか」
「いや、僕が伝えたいんだ!」
「じゃあ、私がこう伝えればいいね。『佐々木くんが避難所を作って、居場所を与えてくれてありがとう』と言っていたと」
佐々木くん机に拳を振り下ろした。大きな音が場に響き渡った。
「ふざけないで! ばあちゃん!」
「静かにしろ。起きるだろ」
浅井は冷たく諫めるも、佐々木くんの目元には南さんとは違う熱を持った涙が溢れていた。
「ねえ、通くん」
渋木さんは佐々木の手を握った。
佐々木くんが、南さんへやったように。
「私が行く。これは決めた事だ。それはね、訳があるんだよ」
「訳?」
佐々木くんは渋木さんの優しい声に震え出した。
その時、遠くでダンボールの壁が開いた音がした。
僕らはそれに気が付き、浅井は席を立って音の方へ駆けていく。渋木さんは続ける。
「二人には本当の兄妹になってほしい。それが、一つ。もう一つは」
渋木さんはダンボールの個室の方に視線を流した。
それに釣られ、佐々木くんも同じ方向を見ると――、
「…………」
「…………」
「かあさん?」
佐々木くんは呟く。
そこには、生気の宿った顔をしている佐々木華菜が立っていた。
「二人は本当の兄妹になったあと、母親を、支えて欲しいんだ」
兄妹はその姿を見て、固まっていた。
静寂が周囲には降り立ったが、佐々木通くんと華菜さんの間には、静寂とは思えない視線が交わっていた。記憶。想い。或いは、再会。
静寂を破るように、華菜さんが首を傾げて、微笑をたたえた。
「少し大きくなった? とおる」
力のない声だが、その声は女性特有の美声であった。
ガタンと佐々木くんの椅子が弾けとんだ。
続いて、南さんの椅子も倒れていった。
「おい! ッ⁉ ぐげぇ!」
浅井が倒れる華菜さんに潰されながら、華菜さんの胸の中には佐々木くんと、佐々木くんを追った南さんが飛び込んでいた。
かあさん。かあさん。ずっと、そんな涙声が響いていた。
僕はふいに華菜さんと目があった。彼女に僕はどんな顔をすればいいか分からなかったが、自然と込み上げて来た感情に従って、微笑んだ。
『参加メンバー 村瀬友 浅井亀太郎 中村慎太郎 渋木奈々子』
計、四人の遠征組が決まった。
「物資を各自確認して計画は改めて説明します」
僕は決然とした態度で続ける。
「決行日は五日。八日後の五日にしましょう」
*
記憶の乱れ。
*
「物資を各自確認して計画は改めて説明します。決行日は五日。八日後の五日にしましょう」
「物資を各自確認して計画は改めて説明します。決行日は五日。『#%’&%$”』後の五日にしましょう」
「物資を各自確認して計画は改めて説明します。決行日は五日。『(‘&&$%(わたし)』後の五日にしましょう」
瞼を持ちあげると、宇宙の黒炎が光を呑み込んでいた。
暗黒の中に一点だけ輝く星々が、私の目の前にあるようで、ずうっと遠くにあるようにも感じる。
白い腕を月の大地に付けて、私はもう一度、あの割れた地球を見た。別たれた大地の悲鳴が、刻々と視覚的に現れているようだった。私は立ち上がって、ふと写真データの記憶で不可解だったことに気づく。
「…………」
なぜ私は、村瀬友の記憶を思い出しているのか。
そしてなぜ私は、自分の『名前』を思い出せないのか。
写真をどれだけ見つめても、『名前』だったものは見当たらない。どれが私だったのか分からない。私の身に何が起こったのか、村瀬友はどこにいるのかも分からない。でも、写真データに向き合い始めてから、徐々に地球がああなった理由が解明されていく。
頭の奥が軋んで、吐き気がする。でも、着実に記憶を取り戻していた。
本当は私の肌が真っ白ではなかったことも、白髪の長髪ではなかったことも、この瞳が真紅でなかったことも思い出した。あとはもう少し。もう少しで、すべてを解明できる。
「――――」
でも、
私は、自分が眠っていたカプセルを見つめる。
「――――」
全てを思い出した先に、希望はあるのだろうか。
私は薄い瞳で、遠くにある地球だったものを見つめる。
あの地球で生きて死んでいった全ての生命。そして、私の大切だった数人の友人は、
本当に、
私にはもう、何も残されていないのではないか。