照明のついた建物を発見し、そこに警戒しながら近づいて行った。
ただし間近に迫れば迫るほど、自然と警戒は解除される。
何故ならその建物は、小さな交番だったからだ。
戸を叩いて事情を説明すると、若い警察官がどうぞと中に迎え入れてくれた。
交番の中は中年の警察官と、戸を開けてくれた若い警察官の二人体制のようである。僕は自分と浅井の身分を軽く説明するが、彼らは斎藤楓のことを全く知らずハトに豆鉄砲くらったような顔で口を閉じない。
とにかく車はあるだろうか? そして、もし可能なら助けて欲しいと懇願すると、彼らは難しい顔を見せた。
「車は貸せない。我々も使うからだ」
僕らは自分たちが急いでいる旨を伝えた。
「だったら避難所に行ってみろ。車を貸してくれる人がいるかもしれん。あと、武器を持っているようだがあまり見せびらかすな。暴徒はほとんどいないが警戒されたら交渉もできんだろう」
と警察官は助言し、その日は交番で泊めてくれる。
次の日、若い警察官に連れられて避難所にやってきた。
避難所では子供と大人が数人、住居を共有して身を寄せているらしく、中に入ると建物に囲まれた日光の入らない中庭に、テントがいくつか設営されていた。
日光が当たっていないからだろうが、この場所は身が凍えるような冷気が常に流れている。僕らは共有スペースで、片っ端から事情を話して行った。
「使える車を持っている方はいませんか?」
と声をかけるものの、応えてくれる人はすぐに現れなかった。
虚ろな顔を浮かべて無視する女性、「どいてくれ」と言い放って奥へ消える男、ぼろぼろで汚れた子供の空虚な顔――。まる一日そこで張り込み夕暮れがやってきた時、避難所の外から呼ぶ声が聞こえた。
「車を探しているんだって?」
どうやら若い警察官が人を連れて来てくれたみたいだ。
汚れたタオルを頭部に巻き、白いシャツにお腹が出ているぽっちゃり体型の中年男性が目をぎらぎらさせて云う。
「はい。和歌山まで行きたいんです」
「ほんなら、うちに来なさい」
「車があるのですか⁉」
中年男性は僕らの問いを無視して避難所を出る。僕らは彼の背中を追った。
その背後に「一応っスよ」と呟いてから若い警察官も同行する。
しばらく歩くと町工場に連れてこられた。背の高い雑草が正門で風に揺られ、広い敷地内には倒れた重機がそのまま置いてあった。
男性の背中を継続して追っていくと、巨大な鉄扉が開いたままの倉庫らしき建物に男は有無を言わず直進する。僕らもその中にお邪魔すると、そこには錆びた青い塗装が仄かに残る全長5メートルほどの、丸っとしたフォルムな車がぽつんと置いてあった。
「これならやれる。だが、まだ制作途中なんだ」
男は僕らに向かって云う。
「それは、どのくらいかかりますか?」
「部品が足りてないんだ。集めて来てくれるなら、それ次第ですぐにでも終えられるだろう。条件は俺の頼みを一つだけ叶えること。悪い話ではないはずだ」
聞くところによると名を教えてくれない中年男性は車の修理を趣味でしているらしく、元々は会社員として働いていたのだが暴動で人生に絶望。
だが、子供のころの夢だった車弄りをどうせならやってみようと、人気がないこの工場を使って廃車を運んでいるという。
僕らは中年男性――名前を尋ねても答えてくれないのでいっそのこと『車(くるま)さん』と呼ぶことにした。
僕らは車さんが云う必要な部品をひとつひとつ紙にメモし、翌日、工場から街に繰り出す事になった。