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62 1829/2003

「つうか、本当にこれが使えんのか?」

 と顎を触りながら垂れる中村に、渋木さんはため息をついて声を落とした。

「どれもがらくただが、がらくたは元々愛される道具だったんだ。あの冷蔵庫も機能を失ったが、冷蔵庫には何度も開け閉めされた思い出と腹が常に冷え切っていたことを覚えている」

 と渋木さんは部屋の隅で倒れている埃まみれの冷蔵庫を見て云った。

「ほほう、まるで物に記憶が宿っているような言い方だな?」

 中村が云うと、渋木さんは可笑しそうに笑う。

「そうだな。そうだと思うさ。きっと付喪神が宿っているよ。見てごらん、その慎太郎が持っているレコーダーだってずいぶん古びて、テープで補強してあるだろう?」

 中村は自分が両手に持っていたレコーダーを見つめると、確かに埃越しに傷が目立ち、ボタンには上からガムテープが張られていた。

「そういう記憶は物にも宿る。まさか、付喪神を若い子がしらんとは思わなんだ」

「へえ、何だかそう言われると、このレコーダーを大切に扱いたくなってきたな」

 中村は渋木さんの言葉で顔の色を変え、じっくりとそれを見つめた。すると渋木さんが一歩一歩後退りしながら、人差し指をたてて。

「そうだろう。いいかい慎太郎。いつだって心を動かすのは、事実ではなく物語なんだ」

 そう言い残して部屋の奥へ消えてしまった。

 ところでさいきん気が付いたことなのだが、渋木奈々子という女性は確かに見識があり温厚で優しさあるおばあちゃんなのだが、たまにああいう風に煽って最終的に力仕事を誰かに押し付けることがある。

 渋木さんも悪意というより面白がってやっているようだが、あまりに中村がカモすぎて味を占めているようだ。

 渋木さんは策士だなと僕は感心する半面、中村が少し不憫に見えたものの。

「よおし、運んでやるからなレコ!」

 中村当人は一切不満そうにしていない。

 真実を伝えて彼の幸せを破壊するのは、流石に忍びなかった。



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