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63 1840/2003

 浅井が何枚か車の写真を撮っていると、突然背後から話しかけられた。

「車が好きなのか?」

 車さん、と呼ばれている男だった。

 男は無精ひげをたたえながら屈んで、浅井の真横でカメラを覗いた。

「車が好きな訳じゃない。あんたの発明が好きなんだ」

 浅井は包み隠さず伝えると、何故か胸の鼓動が早まった。

「その、だからな……つまり、だな」

「言わなくてもわかるさ。あんた、随分と視点の交差点が良い。タイヤの傷を見ているな?」

 浅井は頷いた。

 そして、足りない舌で必死に伝えようと言葉を捻り出す。

「つ、拙いのを許してほしいのだ、ですが、これはタイヤの傷に見せて、重さを絶妙なものに調整する為につけたものだ。そしてこの骨組み、下のサスペンションも、見た事がない独自のもの」

「俺が作ったからな」

 男が作ったこの車は従来の車よりも奇想天外な仕組みをしている。

 何故、いちいちあのように余りを作り、骨組みを余分にさし、従来の車よりも歪なものを仕上げているのか考えていた。

 すると驚く事に、この男が作る車というのは従来車よりももっとパワフルで、そして利便性に優れさせるために様々な障壁を取り除き、ガラクタで代用した天才的な部品の組み合わせを披露している。

「あなたは、何者なんですか?」

 浅井は横目に尋ねると、彼は間を置いてから息のように呟いた。

「凡人だよ。ただの」

 彼はおじさんらしい声を出しながら膝に両手を置いてバネのように立ち上がる。

 そして、肩を落として、

「着いてきて」

 町工場内部にある事務所らしきドアに鍵を差し込んで、車さんに連れられ部屋の中に入った。

 暖色のガスランプらしきものが事務所の中を照らし、随分と雑多としたデスクが顔を出す。机の影には埃が溜まり、机の上には様々な書類と走り書きの設計図が散乱していた。真っ先に部屋に入った時、目に入ったのは埋まったホワイトボードだった。

「座るかい?」

「いえ、結構です」

 その時、浅井は机の上にある黒い物体に目を止めた。

「安心してくれ、実銃じゃないよ。モデルガンさ」

 車さんはそう言ってモデルガンを握って、銃口をこちらに向けた。

 指をかけて引金を絞ると、擦れた金属音が虚しく響き渡った。

 ――ただし浅井の目からするとそれは、不自然な点が多々あった。シリンダーが特性のものであることと、その銃口にモデルガンの特徴的な銃口規制がないことである。

 男は浅井の反応を興味深そうに見ながら、カチカチと引金を絞り続けた。

「面白い」

 そして、おもむろに呟いた。

「え?」

「君はどうやら俺と同じみたいだ」

 矢継ぎ早にそう云われて、浅井は混乱する。

「君もなんだろう。あの車の歪さを見て目を輝かせるという事は、恐らく似た者なんだよ」

「…………」

「人にはないものを持つ、孤独な漂流者。君も知能が高く、そして変人なんだ」

 彼はモデルガンを置いて天井の一点を見つめ、両腕を組んでうんうんと一人でに頷いた。

「似た者と言ったが、厳密な性質は異なると思う。俺の特別と君の才能、そして弱点や特技が異なるように。君は恐らく万能型で何かに没頭する類まれなる才覚があるも、俺はそれを持っていない。形容するのなら、君は完璧ではない天才だ」

「そうするのなら、あなたは完璧なる凡人ですか」

「言い得て妙かもしれない」

 彼は半笑いになって鼻息を吹いた。

「だが君は苦労こそあれど、俺とは違う孤独にいたのだろう。俺は生まれた時代が悪かった。何でも悪知恵が働き、勘が冴え渡り、そして曖昧なものの『間違い』に気が付くことが出来る。ただし、その間違いという結末を、そこに至る経緯を説明することは苦手としていた」

「俺も」

 浅井は男の話に引っ張られるように上半身を動かす。

「俺も人とのコミュニケーションが分からなかった。何でもできて何でも思いつき、人の倫理観を鑑みないアイディアをいくらか思い出すことがある。きっと俺は半端なマッドサイエンティストで、中途半端な善性と俺の頭脳が、いつも脳内で喧嘩をしていた」

「真逆だな。俺は『飛躍した先見性』と『欠落した人間性』。君は『飛躍したアイディアマン』で」

「俺も『欠落』していますよ」

「違うね」

 男は一蹴した。

「君は欠落ではなく、無知だ。君は本当は人と手を取り合うだけの適格な能力が備わっているが、それを培う事に難があった。違うか?」

「…………」

「なんでもいいさ。とにかく、このような場所で君みたいな似た者同士に出会えたのは、素晴らしい奇跡だ」

 車さんは右の口角をいじらしく吊り上げ、デスクの一部に埋まっていた白いケースを開いた。

 するとそこからワインを取り出すと、一杯どうとジェスチャーする。浅井がそれを軽く断ると、車さんはそれを仰いで年相応の声を下に向けて咆哮した。

「世界は終わるんだろ?」

 車さんは浅井の目を見て云う。

「あの若い警官が俺を連れ出すとき、あんたらの事情をそれとなく尋ねた。そしたらまあ色々と話してくれたよ。あの警官は若いからか、嘘が下手みたいでね」

「全て赤裸々に語ったのか?」浅井は言葉の違和感を指摘する。

「赤裸々でなくとも嘘なら分かる。あの若い警官は立派な口をしているよ。でも、何かを否定するということにおいて、若いっていうのは随分と億劫みたいだ」

 あの若い警察官が全てを語った訳ではないのだろう。

 ただ、車さんが尋ねて出て来た解答を精査し、一つ一つ逆の結論を導き出す。悪知恵が働くとはこのことだろう。

「丁度いいか」

 車さんは肩を落として浅井を見る。

「誰にも言わないで欲しいんだが、理解者である君に俺の条件を吞んでもらいたい」

「条件?」

「車を作って渡すとき、一つだけ俺の願いを叶えてもらうって言ったはずだ。それを今、叶えて欲しい」

「……なんだ?」

 俺は彼の言った言葉に戦慄し、そしてそれを聴いてしまったことを後悔した。

 だが時は既に遅く、俺は彼の――本心と企みを知ってしまったのだ。小さな小さなものを、わざわざ気付かなそうな中村から拝借し、その一発を彼に手渡した。

 その銃弾を見て、彼は目を輝かせていた。



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