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65 1862/2003

 車の部品を集め終わると、車さんは僕らに一日くれと言って工場にこもってしまった。その間、僕らは一時的に住処を貸してくれた交番に赴き、中に居る中年の警察官と対面する。

「ほう、明日に出て行くか」

 僕は頷くと、彼はそうかと肩を落とす。

「寂しくなるものだな」

 中年の警察官は静かに云った。僕は何て返せばいいのか分からなかった。

 すると交番の奥から若い警察官が、短髪の黒髪を跳ねさせながら顔を出すと、彼は大きなリユックを背負っていた。

「では、行ってきます。網代先輩」

「ああ、達者でな」

 僕はそれとなく、若い警察官がどこに出かけるのだろうと考える。

 矢先、とつぜん黒い革靴が僕の方に向いた。

「今日から僕も共に動こうと考えています。村瀬友さん」

 それは、思わぬ変化球だった。



 僕らが何かを成し遂げようとしていることに感化されたという。

 二人の警察官はこの地区を暴徒から戦って守り切ったというのだが、しかし本部と連絡が取れなくなってから半年が経過する。そんななか、ここに残っている『死』を待つだけの怯えた人々を見る度に、自分らが彼らを生かすために暴徒に向け銃撃を行った意義を、見失いかけていた。

 どうして自分らは自分の事より他人を心配するのだろう。

 そして、その守りたい他人は生きることを諦めているのだろう。

 中村があの避難所を見た時、云っていた。

「なあ、あそこ異様じゃなかったか? 人の生きてる感じがしない。なんつうか、動いている死体が徒党を組んで暮らしているみたいな」

 浅井は解説する。

「仕方ないことだ。恐らく、大多数がこうなっているだろう。事実、希望なんてないんだから」

 中村は苦心する。

 きっと彼は、あのような顔をしている人々を放ってはおけない。

 見て見ぬふりはしたくないのだろう。でも僕らには目的があり、なおかつ、彼らの問題は僕らではどうもできないほど大きい死への誘いだ。

 僕らは故に、あの避難所を仮の住まいとはしなかった。

 無理を言って、交番の隣の空き家で過ごしていた。あの避難所は既に死の気配にあてられすぎている。そして、その死の気配は、この二人の警察官にも影響していた。

「オレも大切な人がいました。暴徒に呑まれて、遺品すら見つからなくて。せめてこんな悲しい気持ちにさせたくなかったから、オレと網代先輩はこの拳銃を抜いたんス。初めて人を殺しました。守るために、救うために。守った人々を怖がらせるつもりはなかった。どちらかというと笑ってほしかった。でも、やっぱり強大すぎたんスよ。人類全滅は」

 若い警察官――西本日向(にしもとひなた)は俯いて続けた。

「せめて、その、生きる気力のある人たちに、オレは続いて行きたい。あんたみたいな立派な人に、オレは命を捧げたい」

 僕は彼らから感じるやりきれなさを、常に憂いていた。

 やりきれない。だが、形だけでも――この制服を着続けなければならない。

 あの交番の中も虚しさに溢れていた。死という、魅惑的なオーラが入り込む余地があった。

 動機もある。裏切る可能性も少ない。この西本日向を、僕はみんなに紹介しよう。

「日向くんでいい?」

「いいっスよ」

「その、網代先輩っていう人は?」

 中年の警察官――網代村寝(あじろむらね)とネームプレートには書いてあった。

 西本は押し黙り静止する。

 何かまずいことを訊いてしまったかと思ったが、彼はその小さな口元をほんのりと上げた。

「網代先輩は、あの交番で座るのが好きらしいんです。あの人、昔気質なんで!」

 明るく云い放ったが、彼の目元にはじんわりと涙が溢れていた。

 その涙がこぼれないように彼は笑った。



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