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66 1865/2003

 朝になる。そして、町工場に僕、浅井、中村、渋木、そして西本が現着すると、車さんは奥の事務所の扉を開けてあくびをしながら出てきた。

 その右手には真っ白い封筒が握られていたが、どうやら僕らに渡す用ではないらしい。

「まず、運転免許を持っている人間は前へ」

 と云うので、僕と中村が一歩出た。

「お前はダメだ」

 人差し指を僕の胸当たりに向ける。僕は混乱するが、とりあえず一歩下がる。

「中村。中村と云ったな」

「はい!」

 車さんの任命式、といった感じだろう。

 何故か中村はノリよく声を張ってぴしっと背筋を伸ばす。

「お前にならこの車を託せる。大事に扱いなさいな。ほら、これが鍵だ」

 車さんはぽけっとから自転車の鍵のような小さなものを抜き取り、それを中村に投げた。中村は右手でキャッチし、それを物色してから、一度敬礼する。

「ありがとうございます」

「ああ、こちらこそ」



 中村を運転席に、僕ら四人は車に乗り込んだ。

 クッションはソファを切り取ったもので、ベルトは本物の車のものを持ってきたみたいだ。息を潜めて中村の動作を見つめている。中村は息を吐くと鍵を穴に差し込み、思いっきり回した。

 ――まるで闘牛の威嚇のような音が車体に伝播した。

「おお」

「マニュアル車だ。注意点を述べる。まず、強い衝撃は故障する。それともし銃撃戦になるなら盾とかにするな。最悪の場合、爆発する。燃料は満杯にしてあるが無くなったら街で補給しろ。後ろに色々と燃料に関してまとめた本があるからよく読むように。終末世界でスタンドに行き、腐ったガソリンを探すんだ」

「分かりましたッ」

 まるで教官のような的確な注意点に、中村は敬礼をした。

「ではあとは楽しめ。怪我はするなよ」

 と云って、車さんは僕らから離れていった。そして一つのお洒落な鉄椅子に座ると、持っていた封筒を膝の上に置いた。

 浅井が何故か車さんのことをじいっと見ていたが、車さんは結局一度も浅井に一瞥しなかった。車は発進した。中村の運転は最初荒かったが、次第に慣れていき車酔いは収まった。

「ほ、本当に動くんスねぇ、てっきり黒いガスを吹いて前方が吹き飛ぶかと」

「うるさいぞ日向。俺の横でセンスないジョークを呟くな」

 西本日向はおおらかな好青年であった。

 基本マイペースで口数が多く、そしてやる時はやる男だ。浅井の毒舌がさく裂しているが、浅井にそうやってツッコんでもらえるのは中々ない事だ。

 中村にすらいまだに大っぴらに雑談しないくらいだから、恐らく西本に対して大分気を許しているのだろう。

「西本くん、飴ちゃんいるかい?」

 渋木さんがほいと小袋を手渡す。

「え⁉ いいんですか! うわあー懐かしい! ある程度舐めきったら中からはちみつが出てくる奴じゃないですか!」

「日向!」

 西本の加入でこのチームに活気が増した気がした。

 僕は窓から過ぎ去る街を見て朧気に感じた。

 しばらく走行したところで銃声が背後から鳴った。

 たった一発。

 でもその音を聞いた浅井は、ひとつ、大きなため息をついて俯いた。



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