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新鮮な気持ち

 とりあえず一品だけサンプルメニューを作り、それから俺は5日分の献立案を患者のお婆さんと娘さんに提示し、2人から返答をもらう。


「んーー、長く生きているけど、聞き覚えのない料理があるね。まあ、あんたが良いと思ったんなら、あたしゃ、文句ないよ」

「私も大丈夫です、ただ聞いた事のない料理もあるのでレシピを頂けますか?」

「はい、それでどのメニューのレシピが欲しいですか?」

「ええっとですね……」


 そこから娘さんが希望した料理のレシピを娘さんに手渡し、帰る時間になったので、直前にリハビリメニューの事を告げた。


「明日にはもっと細かいリハビリメニューを考えてお持ちしますので、今日はご自分のペースでいいので口すぼめ呼吸をしていてください」

「ああ、ありがとね、あたしの身体にあったご飯まで考えてくれて」

「いえ、それじゃあそろそろ午後の診療がありますのでこれで失礼します」


 俺が帰りの挨拶をするとお婆さんはメルの方に声をかけた。


「あ、料理人のお姉さん、ちょっといいかい?」

「私に?何ですか?」

「あんたの作った鶏肉とネギの揚げ焼き、美味しかったよ。もしもう少し体調が良くなったらあんたの店に行って、もっとあんたの料理が食べたいね」

「ありがとうございます、お待ちしておりますね」


 メルがお婆さんに対して挨拶したタイミングを見て、改めて俺も帰りの挨拶をする。


「それじゃあこれで失礼します」


 こうして俺達はこの家をあとにし、少し離れた道まで歩いていった。メルにとっては初めての事だったし、少しねぎらいの言葉をかけないとな。


「お疲れさん、メル、初めての事で大変だったろう」

「ううん、料理を作るという事に変わりはなかったからそれは大丈夫よ、それよりも新鮮な気持ちになれたわ」

「新鮮な気持ち?」

「うん、いつも私のお店に来てくれる人は元気で食べる事を楽しめる人たちって事を改めて認識したわ」


 メルの言うように、自分でお店に行ける人は確かに元気で自分から進んで美味しいと思った料理を食べに行っているんだよな。


「お父ちゃん、病気になって死にそうなときはもう食べる事も辛そうだったのを思い出したし、きっともっとお父ちゃんも生きて、色々作って食べたかったのかもしれない」

「メル……」

「だから余計に嬉しかった、あのお婆さんが元気になって私のお店に行きたいって言ったときは、本当に」


 メル、目が潤んでいるな泣きそうなのをこらえているのが良く分かる。


「メル、少しでも多くの人の健康を守って、食べる楽しみもだがいろんな楽しみを守っていこう」

「うん、また必要な時は声かけてね、それじゃあ」


 お店に急ぐ意味もあったかもしれないが、あまり俺達に泣き顔を見られたくない、そんな思いのダッシュに俺には見えた。

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