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第三章 不思議な姉弟

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「丸くてプニプニしてて、可愛い……。容姿の説明はこんなところだけど……。う~ん……」

 スライムの調査を終えてから数日後。僕は自分の部屋で机に向かいながら唸っていた。


 目の前に広がるは複数の紙たちといくつかの文房具、そしてモンスターたちの情報が記されている調査ノート。

 これまでの調査で得られた情報を活用し、図鑑用の資料を作っているのだ。


「あとはスライムたちの生態を記載していけばいいはずだけど、他に書くべきことはないかな……」

 手に持つペンを開放しつつ背もたれに寄りかかり、思案を始める。


 残念ながら、進捗はあまりよろしくない。

 自分本位の文章になっていないか心配になり、何度も書き直しをしている状態だ。


「ソラさん、そろそろ時間ですよ」

「うぇ? あ、ほんとだ。参ったなぁ……。まだできあがってないよ……」

 ノックが聞こえた少し後に、ナナが扉を開けて入ってくる。


 彼女の呼びかけで壁についている時計に視線を向けると、針は約束の時間、十分前を指していた。


「せっかく昨日書き終わっていたのに……。やっぱりなんか違うなんて言い出して、朝から急に書き直しを始めるからですよ……」

「どうしても不安になっちゃってさ……。モンスター退治要素が強すぎるんじゃないかとか、逆にモンスターのことを良く書きすぎているんじゃないかってさ」

 これまでに制作した資料たちを手に取り、それらに羅列された文字を見つめる。


 モンスターの倒し方を中心に書いてしまえば、それはモンスター退治教本であって図鑑とは言いにくいものになってしまう。

 モンスターの有用性や生態を書けば図鑑としては成立するはずだが、良いことばかりを書きすぎてしまえば、油断してモンスターたちに近寄る人が増える可能性がある。


 危険性についても記載していく必要があるが、こちらも度が過ぎればモンスターは危険な存在と見なされ、発見次第、即刻排除なんてことにも繋がりかねない。

 良い塩梅となるように文章を考えなければならないのだが、なかなか良い形が思いつかないのだ。


「退治法もあった方が良いとは思いますけどね。モンスターの良いところと危険なところ、一つずつ記載していけばいいんじゃないですか?」

「それもいいかなって思ったんだけど、どちらかのインパクトが強いと、モンスターの印象が引っ張られちゃう気がするんだよねぇ……。ここら辺は要相談かな」

 着任予定のギルドマネージャーさんと話し合いをして、こういった点も詰めていかなければならない。


 やるべきことは盛りだくさんだ。


「じゃ、資料を持ってリビングに行きますか。あ、そうだ。準備を君一人に押し付けちゃってごめんね」

「気にしないでください。ソラさんが頑張っている分、私もその他の部分で頑張らないと!」

 話し合いの準備をすっぽかしてしまったことをナナに謝罪すると、彼女は笑顔でそう言ってくれた。


 今度、しっかりお礼をしないといけなさそうだ。


「……ふぅ、ちょっと緊張するよ」

「いまからが全ての始まりですからね。スラランもリビングにいるので、触れ合いながら緊張を解きましょうか」

 リビングに移動し、作っておいた資料たちをテーブルに並べた状態で、ギルドマネージャーさんが到着するのを待つ。


 しばらく時が進むと、玄関に掛けられている鐘が来客を知らせる音を響かせた。


「はーい! 少々お待ちください!」

 急いで玄関に移動し、外にいる人物に声を掛けつつ扉を開くと。


「こんにちは! 同時に初めまして! ギルドマネージャーとして着任いたしました、エイミーです!」

 家の外には眼鏡をかけた金髪の女性が。


 自身をエイミーと名乗った彼女は、元気いっぱいの様子で不思議なポーズを取っていた。

 どうやらかなり明るい性格の女性のようだ。


「こちらこそ初めまして。えっと、あなたがモンスター図鑑作成を手伝ってくれる方……で、良いんですよね?」

「はい、その通りです! これからよろしくお願いいたしますね! ソラさん!」

 簡単に挨拶を終え、エイミーさんを迎え入れる。


 ナナとも挨拶をしてもらい、軽く雑談をしてから本題に入ることにした。


「ギルド員としては新入りなんです。冒険者ギルド自体が新人みたいなものですが、せっかくできた看板に泥を塗らないように頑張らせて頂きます!」

 元気よく自己紹介をしてくれるエイミーさんだが、その内容に僕は少し違和感を抱いていた。


 この仕事を新人に任せるなんてことがありえるのだろうか。

 人手が足りないことが理由ではあるのだろうが、秘密の依頼に関わらせるには荷が重すぎるだろう。


 何より、新人というわりには堂々としすぎているような気もする。


「元々他の場所でお仕事をしていたところを引き抜かれたんです。なので、新人とは言ってもそれなりにできる新人だと思っていただければ!」

 なるほど、堂々としているのはそう言った理由があるのか。


 引き抜かれたのであれば、ギルド側も相当に信頼している人物のはず。

 僕たちが不安に思う必要はなさそうだ。


「五年前の事件をきっかけに設立された組織だからね……。色々と特殊性があるってことなんだろうね」

「でも、右も左も分からない同士にならなかったのは幸いです。色々聞いて、作業をどんどん進めちゃいましょう」

 横に座っているナナと小声で話をする。


 その間も、エイミーさんはニコニコとした笑顔を崩すことはなかった。


「じゃあ、そろそろお仕事のお話に入りましょうか。これらが集めておいたモンスターたちの情報です。図鑑の草案は未完成なのですが、一応確認してもらっても良いでしょうか?」

「ええ、もちろんです! では、まずはモンスターたちの情報から拝見させていただきますね!」

 エイミーさんにモンスターたちの情報を記した資料を渡し、内容を精読してもらう。


 彼女がふんふんと言いながら資料を読み進める様子を、僕たちは固唾を飲んで見守っていると。


「この短期間で、こんなにも情報を集めておいてくれるなんて……。この人たちと一緒であれば、完遂に至れそうね……」

 ニヤリと笑みを浮かべ、小さく呟くエイミーさん。


 何やらターゲットにされてしまったが、本当に大丈夫だろうか。


「では、もう一つの方も読ませていただきますね!」

 僕の不安を気にすることもなく、エイミーさんは図鑑の草案に目を通し始めた。


 先ほどの様子とはうってかわり、唸ったり首を傾けたりしながら読み進めている。

 こちらはしっかり話し合いをしないとダメそうだ。


「拝見させていただきました。未完成とおっしゃられていたので、まだ悩んでいると思いますが……。いまのところ、モンスターの生態を中心にした図鑑を作成しようとしていると見てよろしいでしょうか?」

「はい。僕たちの要望としては大体それであってます。ギルド側からはどのような要望がありますか?」

 中途半端な草案を見ただけで、僕たちのやりたいことを看破するとは。


 どうやら相当に下地を積んでいる人のようだ。


「対処法なども記載していただきたいですが、草案に書かれている程度であれば、恐らく問題はないと思います。それよりも、興味を持って読み進んでいただくことが大切です。図鑑と銘打っている以上、知識として宿らなければ意味がありませんからね」

 図鑑としての本分から、外れなければ問題ないと言ったところか。


 ならば、現状の案のまま作っていけば大丈夫そうだ。


「私たちとしては求める形ではありますが、なぜこのような図鑑を作ろうとしたのでしょうか? モンスターと言えば、退治するものとなりやすい昨今の情勢。下手をすれば批判される可能性があるというのに」

「ああ、それは――」

 巨大スライムと戦った時にナナと話し合って決めたこと、モンスターたちの中にも苦しんでいるものがいること。


 そして、スライムたちの調査をした際の一連の出来事全てを、エイミーさんに伝えた。


「モンスターを知り、お互いの尊厳を守れるように……。なるほど、良いと思います! モンスターの全てが悪だと決めつけるのは早計ですよね! ソラさん方の考え、感服いたしました!」

「ありがとうございます。そう言っていただけて僕たちも嬉しいです」

 僕たちの考えを理解してくれる人がいる。


 それだけで、図鑑を完成させようという気持ちが強まっていった。


「さて、ソラさんたちの目指す場所も分かったことですし、初顔合わせはここまでに致しましょうか。慌ただしくて申し訳ありませんが、今日はこれでお暇しますね」

「あれ? もうお帰りになられるのですか? ごゆっくりされても良いですのに……」

 帰り支度を始めたエイミーさんに、ナナが驚いた様子で引き留めを行う。


 彼女がここに来てから一時間も経っていない。

 仕事という形ではお互いの考えが分かってきたが、個人の部分ではほとんど分かっていないので、もう少し会話をしたいところなのだが。


「ありがとうございます。ですが、まだこちらに着任してからほとんど日が経っていないために、色々としないといけないことがあるもので。次回はゆっくりさせて頂きます!」

 そう言ってエイミーさんは席を立った。


 忙しいのであれば引き止めるわけにはいかない。

 お互いをより深く知るのは、次回にするとしよう。


「本日はありがとうございました! それでは失礼いたします!」

「こちらこそありがとうございました。道中、お気を付けてくださいね」

 家を出たエイミーさんは、僕たちに手を振りながら坂道を下って行く。


 小さくなっていくその背を見つめながら、僕たちは彼女と出会った感想を話しだした。


「ずいぶん明るい人だったね。不思議な雰囲気を持っている人でもあったけど」

「作業を共に進めて行けば、エイミーさんの他の一面も分かってくるかもしれませんね」

 今日は初めて会って少し会話をしただけ。


 これから各種作業を行いながらエイミーさんと交流を続ければ、様々な面を知っていけるだろう。


「そのためにも頑張って草案を作らないとね! よーっし、頑張るぞ!」

 家に戻り、早速作業を再開する。


 ナナと話し合いつつ作業を進めたことで、その日の晩に自分たちが求める形の草案ができあがるのだった。



「ふぅ、さっぱりしました。お風呂、空きましたよ」

 浴室に繋がる廊下から、寝間着に着替えたナナが姿を現す。


 まだ乾ききっていない彼女の黒髪は、照明の光を受けて美しく輝いていた。


「ほーい。最終チェックだけやらせてね」

 できあがった草案をパラパラとめくり、問題が無いか確認しようとする。


 するとなぜか、ナナは僕の持つ資料を取り上げてしまう。


「もう! さっきから何回最終チェックをしているんですか! お互い納得のいくものができあがったんですから、自信を持ってください!」

 ナナは頬をふくらませつつ、不満げな視線をぶつけてきた。


 いつまでもチェックをしていたことに、苛立ちを覚えたようだ。


「ご、ごめん。どうしても気になっちゃってさ……」

「不安になるのは分かります。でも、何回繰り返したとしても、これ以上のものはいまの私たちでは作れないんですから。ドーンと胸を張っていましょう?」

 そう言って、ナナは微笑みながら資料を返してくれた。


 彼女の言う通り、あまりにも不安に感じすぎているのかもしれない。

 やるべきことは終わらせてあるのだから、ドーンとしていればいいだけだ。


「ここしばらく働き詰めだったわけだし、久しぶりに家でのんびりしよっかな」

「むー……。それでもいいですけど、ソラさんとどこかに遊びに行きたいです……」

 再び不満げな表情を見せながら席に着くナナ。


 のんびりするだけではなく、彼女と遊びに行くのも良さそうだ。


「行くとしたらやっぱり森か、近場だけど湖かな。またお弁当を作っていこうか?」

「ん~、最近はその二つに近寄ることが多かったですし、遠出して街に行きたい気持ちもありますね。あ、でも、そうするとスラランを連れて行けない――」

 ナナと出かける先の話し合いを行っていると、カランカランと鐘が揺れる音が聞こえた。


 どうやら来客のようだが。


「こんな時間に……? エイミーさんの用事以外には何もなかったよね?」

「そのはずです。警戒したほうが良いでしょうか……?」

 壁に掛けられている時計は、人々が眠りに落ち始める時間帯を指している。


 このような時間に誰かが他者の家を訪れるなど、普通ならばあり得ないはずだ。


「僕が見てくるよ。ナナは念のために警戒だけして隠れておいてくれるかい?」

「わ、分かりました……。気を付けてくださいね」

 草案をテーブルに置き、足音を立てないように玄関へと近づいて外の様子をうかがう。


 誰かが話している声が聞こえるが、扉に遮られているせいで内容は聞き取れない。

 だが、その声の持ち主たちは大人とは思えなかった。


「子ども……? なんでこんな時間に子どもが出歩いているのかは分からないけど……。はーい、いま開けまーす!」

 警戒を続けつつ、ゆっくりと扉を開くとそこには――


「夜分に突然申し訳ないが、一晩だけ泊めさせていただけないだろうか……」

 フードを目深に被った二人の子どもの姿があった。

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