「お、おお……。これがスライムの合体か……。間近で目の当たりにするとすごいな……」
スライムたちの住処となった小さな森の中。僕とナナの眼前では、スライムたちが大スライムに成るパフォーマンスが行われていた。
彼らがそれを行っている理由は、僕たちが頼み込んだから。
そして僕たちが頼み込んだ理由は、モンスター図鑑に載せるべき情報として、価値があると判断したからだ。
「十体程度のスライムが積み重なり、飛び上がった際の衝撃と圧力を使って合体するんですね。下の方の子は痛くないんでしょうか?」
合体を終えた大スライムが、ナナの疑問に答えようとぼよんぼよんと飛び跳ねる。
その行為によって大地が小さく揺れていたが、彼自身に問題はなさそうだ。
「一回合体しても、元の姿に戻れるんだよね? その様子も見せてくれると嬉しいな」
大スライムにお願いをしてみると、彼は大地に大きな体を擦り付け始めた。
柔らかな体は少しずつ潰れていき、三分の一程度の大きさになった瞬間。
「ぷぺ!?」
大スライムが大きく弾け、スライム塊が飛び散る。
その内の一つが僕の顔面に衝突してきたのだが、なんとそのまま張り付いてしまった。
慌てて取り外そうとするのだが、粘度が高いせいでうまく外れてくれない。
「ソラさん!? お、お手伝いしますね!」
「うぶぶ……。プハァ! あ、危ないところだった……。危うく窒息するところだったよ……」
ナナの協力もあり、何とか顔からスライムを外すことに成功し、深呼吸をする。
普段の彼らであれば顔に張り付くなんてことは起こりえないのだが、合体が解除された直後で形が不定形だったせいか、普段以上の粘度になっていたようだ。
「身をもって知れたのは良いことのはず……。ちゃんと記録しておこう……」
呼吸が正常に戻ったのを確認しつつ、調査ノートにいまの出来事を記載していく。
作業をしていると、そばにスライムが近寄って来る。
申し訳なさそうに体を縮こませているところを見るに、どうやら僕の顔に張り付いた個体のようだ。
「大丈夫、怒ってなんかいないよ。君たちに合体、分離するようお願いしたのは僕なんだからね。ほら、君も他の子たちと遊んでおいで」
笑顔で許すと、そのスライムはぴょこんと飛び跳ねてから仲間の元へ向かって行った。
だいぶ人を恐れずに交流をしてくれるようになってきている。
この調子で行けば、再び村を襲おうと考えるスライムが出てくることはないだろう。
「スライムの平均身長は30セメル程度、重さは――500グロムはないくらいですかね。単位の統一も必要でしょうし、メールとキロムで記録しておきましょう」
ナナが調査用の機材を使いつつ、スライムの身体情報をノートに纏めていく。
生態や戦闘に関わる情報だけでなく、身体情報を集めることも大切なこと。
文字では分かりにくい部分だが、ある程度の想像ができるようにしておかなければ図鑑を作る意味が無いだろう。
「こうして比べてみると、スラランは他のスライムたちよりちょっと小さいんだよね。僕たちの肩に乗れるくらいだし」
人に個人差があるように、スライムたちにも個体差がある。
スラランの友達スライムともなれば、人の頭と同じくらいのサイズなのだから驚きだ。
「あ、気付いたらお昼を過ぎちゃってる。そろそろ休憩にしようか!」
「はーい、分かりました。先に準備だけお願いしますね」
作業をしている手を止め、調査拠点に置かれているバスケットを開く。
バスケット内には小皿が数枚と大きなお弁当箱、それとデザートを入れた小さな木箱が入っている。
それらを取り出し、敷かれているシートの上に置いていく。
「あら? スライムたちがソラさんの方に寄っていきますよ」
ナナの言葉で辺りを見てみると、確かにスライムたちが集まってきていた。
お弁当の匂いに釣られたのだろうか。
「わざわざ積み木みたいに重なってまで……。匂いの元はもうその中に無いよ」
スライムたちはお互いの体を台として使い、高さを稼いで空っぽのバスケット内部を覗き込んでいた。
彼らの興味を引く何かが、そこにあるのだろうか。
「単純に好奇心もあったんじゃないですか? 置かれっぱなしのバスケットを興味深そうに見つめているスライムたちもいましたから」
「気になる物を調べてみたいっていう気持ちは、スライムたちも同じなのかもね。しばらく開けっ放しにしておこうかな」
積み重なっているスライムたちは、ぐらつくこともせずにバスケット内を見つめ続けている。
すると突然、一体のスライムがバスケット内に飛び込んで行った。
それを見た他のスライムたちもなだれ込むように中に入っていく。
「ちょっと、ちょっと! これは君たちのお家じゃないよ!」
バスケット内で落ち着き始めたスライムたちに注意をするのだが、彼らはまったく耳を貸す様子がなかった。
どうやら居心地が良いようだ。
「あらら、休む場所にされちゃったみたいですね。今度からスライムたちのそばでバスケットを開くときは注意しないといけませんね」
「この子たちが出てきてくれるまで、家に帰れなくなっちゃったなぁ……。ま、日が落ちるまでには出てきてくれると願おう」
まさかバスケット内に落ち着かれるとは思わなかったが、スライムたちがみっちり詰まっている姿は可愛らしかった。
もしもここにユールさんがいたとしたら、狂喜する光景かもしれない。
「スラランたちもこっちにおいで。ご飯にしよう」
泉のそばで他のスライムたちと遊んでいるスラランに声をかける。
僕の声に気付いた彼は、他のスライムたちと共にこちらに跳ねながら寄ってきた。
「他の地域のスライムたちともすっかり仲直しになれたみたいだし、僕たちの心配はもう必要ないみたいだね」
スラランは、他のスライムたちと共に大きく飛び跳ねて見せた。
息がぴったりの様子を見るに、例え彼が野生に戻ったとしても仲良くやっていくことはできそうだ。
「それでも君は、僕たちと一緒に歩んでくれるんだね。他のスライムたちと共に暮らしていく道もできたのに」
スラランはスライムたちから離れ、シートに座っている僕の膝の上で落ち着いた。
どうやら彼は、僕たちと共に暮らしていくことをやめるつもりはないようだ。
「みんなのご飯も用意してきたから、是非食べてね」
僕の言葉を聞き、スライムたちはその場でくるくると回転しながら跳ねだす。
彼らのこの行動は、特に嬉しい時や歓迎する時に行う行為のようだ。
「ただし、僕たち以外の人におねだりをしたり、無理矢理食べ物を奪ったりしないこと。あくまで、調査の協力をしてくれた君たちへのお礼だよ」
僕の注意を受け、スライムたちは静かに体を揺らしだす。
今日までの調査で、スライムは知性がかなり高いモンスターだということが分かっている。
伝え、教えてさえいれば無謀なことはせず、善悪の判断もできるようになるのだ。
「スライムたちも食事の準備ができたみたいですし、お弁当箱を開けましょうか!」
「了解! それじゃ、オープン!」
蓋に手をかけ、一気にそれを外す。
お弁当箱の中には、パンに野菜と肉を挟んだサンドウィッチや、ひき肉をこねて焼いた小さなハンバーグ、その他にもたくさんの料理や野菜が詰め込まれている。
スライムたちも一緒に食べれるようにと、ナナと共に作ってきたのだ。
「口に合うかわからないけど、食べてみてね」
小皿に野菜を盛り付け、スライムたちの前に差し出す。
彼らは置かれた野菜に警戒心を抱くこともせず、奪い合うように食べ始めた。
「そんなに焦らなくても、たくさんあるから心配しないで。美味しいごはんもそんなに急いで食べてたら美味しくなくなっちゃうよ」
ものすごい勢いで野菜を食べるスライムたちに、ナナが優しく注意をする。
彼らもその言葉を聞き、味わうように野菜を食べだした。
「私たちも食べましょうか。美味しそうに食べる姿を見ていたら、お腹が空いてきちゃいました!」
「だね! いただきます!」
サンドウィッチをつかみ取り、大きく口を開けてかぶりつく。
小麦の香りが漂ってくるのと同時に、新鮮な野菜が小気味よい音を鳴らす。
肉からあふれ出た肉汁がパンに染み込み、お互いの味を強調し合っている。
自分たちが最も好む味付けをしているとはいえ、絶品だ。
「うん! 美味しい! ほら、スラランも食べてみるかい?」
「ソラさんが作ったハンバーグも柔らかくて美味しいです。じゃ、今度は卵焼きを――甘くてとっても美味しいですよ!」
お互いが作った料理に舌鼓を打ちながら、食事を続ける。
あっという間にお弁当箱の中から料理は消え去り、残りはデザートが入っている小箱だけとなった。
「ここまで来ること自体が軽いハイキングみたいなものだし、お腹が減ると思って多めに作ったんだけど……。おもったよりお腹いっぱいになっちゃったね」
満腹になった僕たちとは逆に、スライムたちは若干物足りなさそうな表情を浮かべている。
彼らのために用意した分だけでは足りなかったようだ。
「まだデザートが残ってますが、どうしましょうか? 持って帰って食べることはできますけど、時間によっては傷んじゃう可能性もありますし……」
まだスライムたちの調査を続けなければいけないので、どう急いでも帰宅は夕方ごろになってしまう。
調査の進行次第では夜になってしまうので、確実に傷んでしまうだろう。
「満足しきれていないみたいだし、スライムたちにあげようか。スラランも好んで食べるから、他の子たちも気に入ってくれるだろうしね」
今回持ってきたデザートは各種果物の詰め合わせ。
草食のスライムたちであれば、きっと気に入ってくれるはずだ。
「みんな、まだお腹空いてるよね? ここに果物があるから食べていいよ」
果物が入っている小箱を開け、スライムたちが野菜を食べていた小皿に取り出す。
果物が転がる音に気付いた彼らは、目を光り輝かせながらそれが盛り付けられていく様子を観察していた。
「はい、お待たせ。ゆっくり味わってね」
集まるスライムたちの前に果物を盛った小皿を置くと、早速彼らは食事を再開する。
先ほどナナが注意をしてくれていたおかげか、果物の取り合いをすることもせず、楽しそうに、嬉しそうに味わっていた。
「美味しい? アマロ村で採れた果物を買ってきたから、新鮮で味も良いはずだよ」
スライムたちの頬と思われる部分が、もにゅもにゅと揺れ続けている。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「もうしばらく休憩してから調査を再開しようか。必要な情報が集まるまで頑張ろう!」
「ええ、分かりました!」
数十分の休憩の後、僕たちは調査を再開する。
夕刻、帰宅するころの調査ノートには、スライムたちの情報がびっしりと記載されていた。
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スライム エレメント系 スライム族
体長 標準 約 0.3メール 最大 約 0.5メール
体重 標準 約 0.5キロム 最大 約 0.8キロム
弱点 氷
生息地 水が豊富な草原地帯、および森林地帯
丸くてプニプニ、つぶらな瞳が可愛らしいモンスター。
好奇心および知能がかなり高く、人の集落付近で暮らすスライムは、人の言葉を理解することができるほど。
そういったスライムは人に対する友好度も高く、余程の危害を加えない限り襲ってくることはない。
その柔らかな体は伸縮性に非常に富み、体当たりを得意技とする。
大きい個体の体当たりは木に生る果実を落とすほどの威力となるので、何の準備も無いままスライムたちに近づくのは意外と危険。
また、仲間同士が協力し、一体の大きなスライムへと変化する場合がある。
合体の解除は自由に行えるのだが、その際にはじけ飛ぶという性質を持つ。
飛び散ったスライムは粘度がかなり高いので、範囲内には近づかないように。
顔に張り付いてしまい、呼吸ができなくなることも。
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