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仕事の報酬

 スライムたちを泉に案内してから一週間が経ち、アマロ湖周辺で暮らしていたスライムの数が少なくなった。

 草原全体を見ても彼らの総数は平時の状態に戻り、アマロ村の村人も安心して作業を行えるようになってきたようだ。


「我々人だけでなく、スライムたちの問題をも解決していただけるとは……。本当に、お二人には頭が上がりません。ありがとうございました!」

 スライム友達大作戦に参加していた面々は村長さんの家に集まり、作戦の結果について話し合いを行っていた。


 スライムたちが新しい住処を手に入れ、危険思想を持つ個体が村周辺から減少したことで危険は無くなったと判断し、これにて解決という運びだ。


「僕とナナはほとんど何もしていません。頑張ったのはユールさんとスラランですよ」

 頭を下げている村長さんから視線を外し、テーブルの上に乗っているスラランに顔を向ける。


 僕たちがしたことといえば、スライムたちに会いに行くユールさんたちを支援し、彼女たちと共に新たな住処を探しに行ったことくらい。

 彼女たちが率先して動き、活躍したからこそ解決に至れたのだ。


「……そうですね、スラランとユールにもお礼を言わなければ。ありがとう、君たちのおかげで村は平和になったよ」

「えへへ、ありがとうございます!」

 ユールさんは表情をほころばせ、スラランはくるくると回転しながらテーブルの上を跳ねまわる。


 彼は喜びのあまり勢い余って床に落ちてしまったものの、すぐに元の位置へと戻ってきて大人しくなった。

 あまり浮かれすぎるのも良くないと学んだようだ。


「特にスラランは仕事を完遂してもらったわけですからな。報酬はきちんと払わねばなりません。彼に相応しい報酬は――あれが良いでしょうな」

 言いながら、村長さんはスラランの前に手を差し出す。


 その上にスラランは飛び乗り、村長さんが言葉を紡ぐのを待っていた。


「君にこの村に住む許可を出します。いえ、ぜひこの村に住んでいただきたい。その優しさと勇気、どうか私たちに貸してくださいね」

 村長さんの言葉を聞き、スラランは大きく飛び跳ねる。


 僕とナナも顔を見合わせ、喜び合った。


「良かったね、スララン! これで自由に村を歩き回れるよ!」

「スララン。本当に、おめでとう!」

 僕たちが喜んだことで、スラランはこちらに飛びついてくる。


 慌てて抱き止めると、彼は僕の頭の上へと登ってきてくれた。


「頑張れたのはソラさんたちのおかげって言ってるみたいです。お二人と暮らしていたおかげか、考え方まで似てきているみたいですね!」

 笑顔でユールさんはそう答えてくれる。


 この瞬間、スラランは同じ村に住む仲間になっただけでなく、真に僕たちと家族になれたことに気付き、嬉しさで心が震え出した。


「既に村の人々には伝えてありますので、村内を自由に歩かせてあげてください。ずっと帽子の中では居苦しいでしょうからな!」

 ハッハッハと笑いながら、スラランに村の中を歩く許可を出してくれる村長さん。


 彼も僕の頭の上で跳ね回りだし、大喜びだ。


「村長さんがこう言ってくれているとはいえ、イタズラをするのはダメだよ? 他の村の人たちはスラランのことを始めて見るわけだし、追い出そうっていう話になっちゃうかもしれないからね」

 ナナからの注意を聞き、スラランは飛び跳ねるのをやめて体を大きく震わせた。


 脅しのようになってしまったが、どんな理由があるにせよ悪いことは悪いと教えておかなければならない。

 村の人たちのためにも、彼のためにも。


「いずれ、スラランを皆に紹介する場を設けなければなりませんな。来月にはお祭りを行うわけですし、近い期間で複数の催し物ができるのは非常に楽し――」

「お祭りとスラランの紹介の場は、一緒にしてしまった方が良いでしょう。その方がお金の節約になりますからね!」

 ユールさんに言葉を遮られ、村長さんは深く落ち込みだす。


 彼はお祭りなどの催し物が好きなため、開催数を増やせなかったことに悲しみを抱いたのだろう。


「設営などの大きいものはこちらで準備しますので! そのうち、スラランの紹介についての話し合いをしにお伺いしますね!」

 村長さんを落ち込ませはしたものの、ユールさんも催し物が楽しみであることに違いはないらしい。


 現に彼女は、鼻歌交じりで書類を作る作業を始めようとしていた。


「ユールさん、力を貸してくれて本当にありがとう。君が居なかったら、スライムたちを助けるなんてこと、僕たちではできなかったからね」

「気にしないでください! ソラさんたちが居てくれたからこそ、私もスライムたちと交流することができたんですから! これからスライムたちをプニプニし放題と考えれば、安いお仕事です!」

 明るい笑顔を見せてそう言い放つユールさん。


 彼女のスライム好きは、これまで以上に加速していきそうだ。


「では、僕たちは帰宅しようと思います。村長さん、スラランに村への居住許可を出して頂いたこと、深く感謝いたします。本当にありがとうございました」

 落ち込む村長さんに声を掛けつつ、僕たちは彼らの家から外に出た。


 頭の上に乗りっぱなしのスラランを地面に降ろし、しゃがみながら彼に話しかける。


「じゃあ、早速歩いてみようか。君の移動に合わせるから、自由に行動してみて」

 スラランは僕の目を見ながら飛び跳ね、体の向きを変えて移動を始めた。


 彼の最初の目的地は商店通りのようだ。


「スララン、とっても嬉しそうですね」

「そりゃあ、狭い麦わら帽子の中から出て自由に歩けるんだからね。わらの隙間から外の様子は見てただろうけど、いまは邪魔なものが無い分、彼の瞳に映るもの全てが新鮮な光景のはずさ」

 スラランは少し移動をするたびに周囲を見渡し、村の様子を観察していた。


 建物に近寄って屋根を見上げたり、樽の中に貯められている雨水を見つめたり。

 彼は自身の好奇心が赴くまま、村内の探検を進めていく。


 村の中をあちこち移動すれば当然、人の目には止まる。

 スラランが向かう先からは、荷物を運ぶ男性が歩いてきていた。


「おわ!? スライム!? どうして村の中に――って、村長が言ってた村を救ってくれたって奴か。今度からこの村に住むって聞いたぞ。よろしく頼むぜ」

 男性は一瞬、スラランに警戒するそぶりを見せたが、すぐさま朗らかに挨拶をしてくれた。


 去っていく彼とは別の方向から、今度は女性と少女が歩いてくる。

 食材をたくさん詰め込んだバックを持っている様子を見るに、買い物帰りのようだ。


「あっ! スライムさんだ! ママ! あの子が村長さんの言っていたスライムさんだよね!? あたし、あの子といっしょに遊びたい!」

「なるほど、あの子が……。でも、今日はお夕飯を一緒に作る約束でしょ? また今度ね」

「はーい……。またね、スライムさん!」

 道を行く人々は、スラランの存在を好意的に捉えてくれているらしく、否定的な言葉をぶつけてくることはなかった。


 村長さんは、村の人たちにかなりの熱量を込めてスラランの説明をしてくれたようだ。


「これならスラランも問題なく暮らしていけそうだね。当面の問題はこれで解決かな」

「村の人たちとの交流で、少しずつ村での暮らしを覚えてくれるでしょうし、見守ってあげるだけで大丈夫そうですね」

 スライム問題は解決へと向かい、スラランも村で暮らしていくことができる。


 スライム友達大作戦は大成功と言ってよいだろう。


「これでスライムの調査も再開できる。ギルドマネージャーさんが到着するまでに、数ページ分くらいは用意できるかな?」

「情報を集め終わったら、まずは草案をしっかり作っておいて、お互いの作りたい図鑑について話し合いをしないとですね。完成を急ぎすぎて、中途半端になったらもったいないですし」

 これからもモンスターの情報を集め続けなければならないが、どのような図鑑を作っていくのか、継続的に話し合いをしていく必要もある。


 僕たちはまだ、スタートラインに立つことすらできていない。


「……事件を繰り返さないためにも、頑張らないといけませんね」

「そうだね。君の家族や村の人たち、ケイルムさんたちに胸を張って報告できるものを作らなきゃ」

 もう返すことはできないが、生かさせてもらった分を多くの人に贈ることはできる。


 それが、僕たちにできるあの人たちへの償いになるはずだから。


「スララン、そろそろ家に帰ろう! 帰ってご飯を食べて、調査のために英気を養おう!」

 新たな家族と共に、僕たちの家へ帰ろう。

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