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スライムたちの新たな住処

「そろそろ、ユールさんたちが森の中に入ってくる頃かな。いまさらになって、ちょっと不安になってきたよ……」

 僕とナナは、日差しが差し込む森の泉にやって来ていた。


 今日、この場にやって来た目的は、スライム友達大作戦に関わった者として、スライムたちの新たな生活の始まりを見届けること。

 この美しい泉を、彼らは気に入ってくれるだろうか。


「ここが素敵な場所だというのは私でもわかりますけど、ちょっと心配です」

 ナナは泉のそばでしゃがみ込み、水に触れている。


 鏡のような水面に映り込む彼女の顔にも、僕と同じように不安が浮かんでいるようだ。


「スライムたちが気に入らなかったら、それはそれでしょうがない。また新しい場所を見つけるだけさ。でも、こんなに美しい泉を見つけちゃってると……ね」

 アマロ村があるこの地域は、他の地域と比べても水が豊富。


 ここと似たような土地や、同等以上の土地もあるとは思うのだが、探すのは容易ではないだろう。

 僕たちにもやるべきことがあるので、できれば今回の一回だけで決まってほしいのだが。


「不思議ですね。ちょっと前まではモンスターに憎しみを抱いて暮らしていたはずなのに、いまではモンスターのために行動をしている。こんなにすぐ変われたのは、スラランのおかげでしょうか?」

「そうだろうね。あの子がいなければ、僕たちはスライムたちのことを知ろうとは考えなかった。こうして美しい泉を眺めることもなかったわけだ」

 スラランを保護し、家族として迎え入れたからこそ、この土地を訪れることができた。


 仮に彼がいなかったとしたら、現状でも進んでいるとは言えないモンスター図鑑の制作が、さらに遅れていたことだろう。


「スライムたちがここに住むことを受け入れてくれたら、モンスター図鑑の作成も進み始めますね」

「そうだね。とはいえ、スライムの部分が完成に近づくだけで、まだまだモンスターたちはたくさんいるんだよなぁ……」

 この目で見たことが無いモンスターも、まだかなりの数がいるはず。


 完成に至るには、どれほどの時間がかかるだろうか。


「あら? あんなところに青い鳥が止まっていますよ」

「ん、どれどれ? あれは――ブルーバードじゃないか。ここで姿を見られるなんて、縁起がいいなぁ」

 泉に浮かんでいる流木に、一匹の青い鳥が止まって毛繕いをしている。


 ブルーバードは、その名の通り青を基調とした羽毛に、長い尾羽を持つことが特徴の小型の鳥型モンスター。

 かなり珍しいモンスターであると同時に幸運を象徴する存在でもあり、その姿を見かけるだけでも縁起が良くなるとされている。


「可愛い鳥ですね。そうだ、ソラさん。あの子の情報を集めておいた方が良いんじゃないですか?」

「え? あ、そうか。せっかくのチャンスなんだから逃す手はないよね」

 急いでカバンからメモを取り出し、現在の状況とブルーバードの様子を記載していく。


 もう少し近寄りたいが、せっかくのんびりしている所を邪魔したくはない。

 遠目に観察をするしかないだろうか。


「チュチュチュ、チュチュ。こっちへおいで」

 突然、ナナが小鳥の鳴きまねをしてブルーバードの誘導を始めた。


 ブルーバードも彼女が出した音に引かれ、僕たちの方へ体を向ける。


「チュチュ。チュチュン。大丈夫、怖いことはしないよ」

 さらにナナが声をかけると、青い翼をはためかせて僕たちのそばにある流木に移動してきた。


「へえ、音で誘導できるんだ。もしかして、このことを知ってたの?」

「まさか。珍しいモンスターなんですから知るわけがありません。ただ、こうしたら思いが伝わるんじゃないかって考えただけですよ」

 ブルーバードは首を傾げ、笑いながら作業をしている僕たちのことを、不思議そうに見つめていた。


 触れ合いをしながらの情報収集をしていると、暗い森の中から足音らしきものが聞こえてきた。

 どうやらユールさんたちが近くにまでやってきたようだ。


「あ、飛んでっちゃったか。情報は取れたし、良しとしましょうかね」

「スライムたちより先に情報が集まっちゃいましたね。あれ? あそこに青い羽根が浮かんでますよ」

 ナナが指さす先に目を向けると、泉に浮かぶ青い羽根を発見した。


 先ほどのブルーバードが落としていったものだろう。


「とってもきれいな羽だね。せっかくだし、出会った記念に貰っておこうかな」

 近くに落ちていた木の枝を使い、青い羽根を引き寄せる。


 布を使って水分をふき取り、余っている紙に挟み込んでカバンの中にしまい込む。

 本のしおりにでも使うとしよう。


「とーちゃーく! ここがスライムさんたちの新しいお家! どうかな!?」

 ユールさんの明るく元気な声が聞こえてきたので、彼女の方に振り向くと。


「うえぇ!? この数を連れてきたの!?」

 ユールさんの後を、とっさには数えられないほどのスライムたちがついてきていた。


 友好的な個体たちなのかもしれないが、こうも数が多いと肝が冷える。


「一度によくこんなに集められましたね……。もしかして、スラランのお友達スライムが頑張ってくれたの?」

 スラランの移動に合わせ、一体のスライムがこちらに跳ね寄ってきた。


 そのスライムは、他のスライムたちと比べるとかなり大きな体つきをしているようだ。

 この子がスラランの友達であるのと同時に、怯えるスライムたちに僕たちのことを説明してくれた個体なのだろう。


「スライムたちに人のことを教えてくれてありがとう。そして、みんなを連れてここに来てくれてありがとうね。今日は君たちのために新しいお家の候補を探したから、ぜひ見て行って」

 大きめスライムに対してお礼を言うと、彼は身体を小さく左右に揺らしだす。


 どうやら、この子も僕たちの言葉を理解できているようだ。


「さあ、スライムさんたち! この場所を隅々まで見て回って、私たちに答えを教えてね!」

 ユールさんの合図とともに、スライムたちが一斉に飛び出していく。


 泉の中に飛び込むスライムもいれば、木漏れ日を利用して日向ぼっこをしだすスライムもいる。

 静寂に包まれていた泉は、あっという間にスライムのたまり場となってしまった。


「本当に、よくこんなにスライムが集まったね。来てくれるのは、五、六匹くらいだと思っていたよ」

「このスライムたちは、アマロ村の周辺に元から住んでいた子たちだそうです。それなりに人に慣れているので、抵抗なくついてきてくれました」

 となると、スラランも元々はこの地域に住んでいたスライムなのだろう。


 人のそばでも動揺するそぶりを見せなかったのは、元々慣れていたからだったようだ。


「人に怯えるスライムたちの大半は、どこか遠くからやって来た個体ってことですね。最近になって意見が違うスライムたちが増えてきて、この子たちも困っていたようなんです」

 各地からスライムたちが集まって来たことで、この地域に住むスライムたちの意見は次第に少数派へと変えられてしまったと。


 元々住んでいたのはこの子たちだというのに、肩身の狭い思いをしたのだろう。


「そんな時にスラランが人を連れてきて、協力したいと言ってくれて助かった。他所のスライムたちにもここを教えれば、人を恐れる心を無くせると思う。と、言っているようですよ」

 この子たちも、この場所に興味を抱いてくれていたようだ。


 それにしても、ユールさんのスライムの行動を翻訳する能力が強化されている気がするのだが、一体どういう理屈なのだろうか。


「ここ数日間、スライムたちとたくさん交流しましたから! だいぶ彼らの行動の意味が分かるようになってきましたよ!」

「あははは……。す、すごいね……」

 たったの数日間でできることではない気がするが、スライムたちを助けたいという思いと、スライムたちへの愛情がそれを成したのだろう。


 好きこそものの何とやら、だ。


「人を恐れるスライムたちは、さすがにユールさんでも誘導は無理なんだよね?」

「ええ……。信頼が築けていないので、言葉が分かるだけでは彼らを誘導することはできないでしょう。むしろ私が理解できるせいで、ここにいるスライムたちにまで影響を与えかねません。後はスライムたち同士で解決するしかないと思います」

 進む道を整えることはできたので、後はスライム同士で話し合い、どういった生き方をしていくか決まっていくのだろう。


 人と完全に離れて暮らすのか、時々は交流できるようになるのかは分からない。

 スライムたちが望んだ生き方ができるよう、僕たちは願うだけだ。


「この場所自体は気に入ってくれたみたいだけど、この森全体の把握をスライムたちはできていない。彼らも僕たちに付きまとわれると探索しにくいだろうし、僕たちはこれで帰ろうか」

「ええー!? ここで帰っちゃうんですか!? もうちょっとスライムたちと交流したかったのに……」

「また遊びに来ればいいじゃないですか。ほら、行きますよ」

 スライムたちに駆け寄ろうとしたユールさんをナナと共に取り押さえ、森の中へと引きずっていく。


 スラランもスライムたちのそばに居残ることはせず、僕たちの後を追いかけてきた。


「やだー! プニプニしたいー!」

 森を抜け終わるまで、ユールさんは抵抗し続けるのだった。

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