「午前中はレイカがナナの製薬の手伝い。レンは僕のモンスター図鑑の手伝いってことで大丈夫かい?」
次の日の朝。朝食を終えた僕たちは、レイカとレンの手伝い内容についての話し合いを行っていた。
三人に確認を取ると、ナナとレンはうなずいてくれたのだが。
「ソラさんたちのお仕事を、私たちみたいな素人がお手伝いして、大丈夫なんですか……?」
僕たちの作業を手伝うことに、レイカは不安を抱いているようだ。
ナナの作業はともかくとして、僕が行う作業は僕自身が素人そのもの。
むしろ、協力しながら作業をした方が効率的なのだ。
「調合とかの作業はあるけど、それは私がやるから大丈夫。だから、レイカちゃんには薬の瓶詰めをお願いしたいな」
複雑な作業でなければ、レイカもできるはず。
入れ間違いがないよう、ナナも見守ってくれるはずだ。
「よし、じゃあさっそく始めようか。レンと、スラランも僕についてきてね」
「わかった」
椅子から立ち上がり、レンとスラランを連れて自室へと向かう。
扉を開けて部屋に入ると、レンは意外そうな表情をして室内を見回していた。
「……あんまり物を置いてないんだ」
「この部屋は書類作業や眠る時くらいしか使ってないんだ。ほいっと、ここに座って」
用意した椅子にレンが座るまでの間に、モンスター図鑑の草案を封筒から取り出す。
それを彼に手渡しつつ、作業内容の説明を行う。
「朝食の間に説明した通り、僕はモンスター図鑑を作る作業を行っている。君には添削――というか、意見を貰いたいんだ」
まだ子どものレンなら、大人よりの思考に染まった僕たちとは異なる視点を持っているはず。
僕のミスでモンスター図鑑のことをバラしてしまったことも含め、協力を取り付けた方が利になると判断したのだ。
「分かった、読んでみる」
資料を受け取ったレンは、キラキラと目を輝かせながらページをめくりだす。
だが、すぐさま彼の瞳からは輝きが失われ、表情もつまらなそうなものに変化していく。
「……絵が欲しい」
レンはただ一言、小さくつぶやいた。
なるほど、図鑑なのだから絵は必要だ。
文章を書くことに頭が行きすぎて、大切な部分を見落としていたようだ。
ただ、問題なのは――
「僕は絵があまり得意じゃないんだよなぁ……。とりあえず、スラランを見本にスライムの絵を描いてみようかな」
暇だったのかおもちゃで遊び始めていたスラランが、僕の言葉に反応して作業机に飛び上がってきてくれた。
何も言わずとも、理解してくれるのは非常にありがたい。
「ちょっとの間だけ、動かないで待っててね」
スラランは身体を動かすのをやめ、僕の顔をじっと見つめながら待機してくれた。
彼に感謝しつつ適当な紙を取り出し、スライムの絵を描いていく。
「よし、できた。これでどうかな?」
レンに描いたスライムの絵を見せてみる。
スライムの身体は丸いだけなので、それほどひどい絵にはなっていないはずだ。
「円が丸すぎると思う。スラランの体を見る限りだけど、楕円に近い」
残念ながら、無情な意見を頂いてしまった。
スラランも僕が描いた絵を見ながら飛び跳ねている。
こんなのスライムじゃない! とでも言いたげだ。
「魔法陣はいくらでも描いているから、丸い円には慣れているけど……。楕円となると……!」
何度か描き直しをしてみたが、楕円にならずに丸くなってしまったり、線が歪んでしまったりと全く描けなかった。
まさか、このようなところで詰まることになるとは。
「描いてみたい。いい?」
「え? 構わないけど……」
レンが絵を描いてみたいと言い出したので、紙とペンを渡す。
彼はそれらを受け取ると、早速スラランを見ながらスライムの絵を描きだした。
自分からしたいと言い出したのだから、かなり自信があるのだろう。
「絵を描くことがあるのかい?」
「風景を描くのが好き。ここに来るまでにも色々描いてきた」
レンはスライムの胴体部分を描き終えると、ペンを置いて部屋から出て行く。
その間に彼が描いた絵を見させてもらったが、非常に綺麗な楕円が描かれていた。
「旅の道中で描いてきた物」
レンは一冊のスケッチブックらしきものを持って戻ってきた。
彼からそれを受け取り、ページをめくって描かれている絵を拝見する。
「わぁ……。きれいな絵だ……」
各ページには、非常に美しい絵が描かれていた。
雪が降り積もる山。
港に停泊している帆船。
森の中にある木漏れ日が差し込む泉。
ここに来るまでに、レンたちが見て来たであろう美しい光景たち。
それらがいま、僕の目の前にあるように感じられる程の絵だった。
「すごいね……。これ全部、レンだけで描いたのかい?」
「時々姉さんにも手伝ってもらっているけど……。大体は僕だけで描いてる」
感想を言いながらノートを閉じてレンに渡すと、彼は嬉しそうな表情を浮かべながらそれを受け取った。
これほどの風景画を描けるとなると、スライムの絵にも期待が持てそうだ。
「風景以外はあまり描いたことがなかったから、うまく描けるか少し心配」
再びレンはスライムの絵を描き始める。
彼は何度か自分の絵とスラランを見比べながら、顔部分を少しずつ描き進めていく。
スラランも描かれるのをじっと待ち続けていた。
「……できた」
レンはペンから手を離し、何度か確認を行ってから僕に紙を差し出した。
それを受け取り、期待を込めながら描かれたものに目を落とす。
「こんなに生き生きとした絵、初めて見た……。そうそう描けるものじゃないだろうに……」
紙の上には、いまにも飛び出して動きだしそうなスライムの絵が描かれていた。
このまま図鑑に載せても良いのではないか、そう思えるほどの絵だった。
「良かった、一安心」
僕の感想を聞き、レンはほっと胸をなでおろしていた。
どんな評価が出るか、不安を抱いていたのだろう。
「うん、本当にすごい。このまま図鑑に載せちゃいたいくらいだよ。絵はレンにお願いしちゃおうかな?」
「ホント――ううん、それはダメ、ソラさんの仕事を奪うわけにはいかない。それに……」
一瞬嬉しそうな表情を浮かべたものの、レンは悲しそうに瞳を窓へと向ける。
彼らは、いつまでもこの場にいるわけではない。
分かり切っていたはずなのに、興奮のあまり配慮に欠けた言葉を発してしまったようだ。
おわびとして、二人にしてあげられそうなことはないだろうか。
ここでしか見られないもの、二人にとって思い出になりそうなものは――
「そうだ! あれがいいかも!」
「ど、どうしたの……?」
大きな声を出してしまったため、レンは驚きの表情を向ける。
どうも浮かれているというか、自身の制御をしきれなくなっているが、どうしたのだろうか。
レイカたちが来てからこの状態になっているのだが、まあ、お客を招いているという気負いでもあるのだろう。
「ね、レン。君たちは見聞の旅をしているんだったよね?」
「うん、そうだけど……」
レンは困惑した表情を浮かべながらも小さくうなずく。
そんな彼に、ニヤリと口角をあげてみせる。
「分かった。それじゃあ今度、二人にすごいものを見せてあげるよ」
「本当!?」
「うん、約束する。その代わりに、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
レンは瞳を輝かせつつも、真剣な表情でうなずいてくれる。
彼よりも先を生きる存在としては少々恥ずかしい話だが、背に腹は代えられない。
「その……。図鑑に使えそうな絵の描き方を教えてほしいんだ」
頬をかきながら、僕の願いをレンに伝える。
予想外の要望だったらしく、彼は動きを止めてしまう。
だが、すぐに大きくうなずき、承諾してくれた。
「うわ、曲がっちゃった……。もっと顔を近づけた方が良いのかな?」
「最初は輪郭を描かないといけないから、全体を見ながら描いた方が良いと思う」
休憩の時間になるまで、僕はレンに教わりながら絵を描く練習を行うのだった。