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レイカのお手伝い

「ここが僕の研究室。変なものがあったりするかもだけど、あまり気にしないでね」

「は、はい。し、失礼します……」 

 午前の作業を終えて休憩を終えた僕たちは、午後の作業に取り掛かろうとしていた。


 ナナは午前の作業の続きをレンと共に。

 僕とレイカは研究室に入り、魔法研究の準備を始めているところだ。


「素材の数は問題無いかなっと」

 部屋内の物置から、素材を詰め込んでいる箱と、備蓄数を記録してあるノートを取り出し、差異が無いかチェックをする。


 数値の差異は事故の元。

 レイカが共にいるからこそ、より慎重を期さなければ。


「うん、問題はなさそうだ。ただ、魔法石がちょっと少なくなってきてるなぁ……。購入するか、採取しにいかないと」

 少なくなってきている素材をメモしつつ、必要となる素材を取り出して作業机に置いていく。


 後は用紙を準備して――


「あの……。私は何をすればよいでしょうか……?」

 部屋の出入り口そばに立ってこちらを見ていたレイカが、おずおずと尋ねてきた。


 そんな彼女に手招きをしつつ、作業内容を説明する。


「君には魔法陣に使う触媒を作ってもらおうかなって思っているんだけど……。魔法関連の作業に触れたことはあるかい?」

 魔法に関わる作業をレイカが行ったことがあるかどうかで、彼女にさせるべき作業は変わってくる。


 一部だけをさせるべきか、全て任せていいか確認しなければ。


「祖父がそういったお仕事をしているんですけど、その際にお手伝いしたことがあります。なので、ある程度のことであれば……」

「そうなんだ。じゃあ、混ぜ合わせる作業から任せちゃっても大丈夫そうだね。作業に必要な素材は机の上に置いてあるから、それらをメモ通りに混ぜ合わせてインクを作ってくれるかい?」

 レイカにメモを渡しつつ作業手順を説明すると、すぐに理解をしてくれたようで早速作業を開始してくれた。


 彼女の背から目を離し、僕自身の作業を開始する。

 今日の作業内容は、前回の実験を行った際に爆発が起きた理由を探ることだ。


「爆発が起きた理由は、魔法陣と素材の組み合わせが悪かった、もしくは魔法陣自体が適切なものではなかったってところかな」

 前回の作業内容を思い出しつつ、いくつかの魔法陣を紙に描き出していく。


 ちなみに、爆発の影響で壁に穴や傷ができてしまっていたこの部屋は、既に修理が済んでいる。

 修理の依頼を出していた大工さんたちだけでなく、ギルドからも人員を出してくれたおかげで、レイカたちがやってくる数日前には全て元通りとなっていた。


「今回は違う魔法陣を描いてみるかな。でも、同じように爆発されちゃったらなあ……」

 繰り返し作業を行って理解していくしかないのだが、爆発が起きてしまうのであれば物怖じもしてしまう。


 今回はそばにレイカもいるため、巻き込むことは絶対に避けなければならない。

 対策は色々考えてあるが、被害を出さないためにも、肝心な部分は外で行った方が良いかもしれないなどと考えていると。


「ソラさん。できました」

 背後からレイカの声が聞こえてくる。


 振り返ると、彼女は紫色に光るインクが入った小瓶を持ち、こちらを見つめていた。


「もうできたのかい? 見せてもらっていいかな?」

 作業をしたことがあると言っても、このインクを作るのは初めてのことなのだから、もっと時間がかかると思っていたのだが。


 レイカから小瓶を受け取り、完成品を見せてもらう。


「色は申し分なし、魔力もしっかり感じ取れる。この短時間でこれだけの物を……?」

「あの……。うまく作れていませんでしたか……?」

 ぶつぶつと呟く僕の姿を見て、レイカは不安そうな目でインクを見つめていた。


 僕は慌てて頭を左右に振り、興奮した状態で口を開く。


「とんでもない! むしろ最高レベルの物だよ!」

 レイカが作ってくれたインクは、普段僕が一人で作っている物と比べても何ら遜色が無いどころか、さらに品質が良い物だった。


 レンの絵描きにも言えることだが、この年齢でこれほどの技術を得ているとは末恐ろしいものだ。


「おじいさんのお手伝いをしていただけでなく、君も普段から魔道具を作ることがあるのかい?」

「レンが持つ魔道具の調整をしています。あの子も魔法を使うので……」

 魔道具とは魔法の制御を補助するための道具のことで、僕が使う魔導書や、ナナが持つ杖が最たる例となる。


 それを作るには魔力を宿した素材が重要で、品質が高ければ高いほどより強力な魔法にも耐えられるようになり、術者への負担をも大きく減らすことに繋がるのだ。


「杖や魔導書を最初から作ったことはあるかい?」

「祖父から禁止されてます。素材のチェックがまだうまくできないので……」

 魔道具は品質が高ければ高いほどより強力な効果が得られるのなら、品質が低い魔道具を使用してしまうとどうなるか?


 答えは魔法の不発や、酷い場合では暴走を起こす。

 それらを防ぐためには、深い魔力の知識と技術が必要なだけでなく、より良い素材を選び抜く審美眼も必須な能力となってくる。


「勿体なく思えるけど、こればっかりはしょうがないもんね……。ありがとう、おかげでより良い魔法ができそうだよ」

「お役に立ててよかったです」

 お礼を言うと、レイカは少しだけ口角をあげて微笑んだように見えた。


 彼女は魔法研究や、魔道具の作成に興味を抱いている様子。

 これならば、より深く踏み込ませてみるのもいいかもしれない。


「レイカ、こっちへおいで」

「はい……。なんでしょうか?」

 呼び寄せつつ、先ほど描いておいた魔法陣の紙を手に取る。


 それをレイカに手渡し、自分が行っている作業をより細かく説明していく。


「僕が魔法を研究していることは、一連の作業から理解できると思うんだけど……。実はいま、魔法陣をどんな形にするかで悩んでいるんだ」

 魔法陣には数種類の形が存在する。


 炎を起こし、傷を癒すなどの物体に変化を起こす作用の魔法陣。

 防御壁を作り出す、守護の魔法陣。

 筋力強化などの身体強化を行う支援の魔法陣。


 魔法の特色にあった魔法陣を選ばないと効果が薄れ、うまく作用しない場合がある。

 以前の実験で、爆発へと至ってしまった理由も恐らくはこれが原因だ。


「そこで君に意見を聞きたいんだけど……。どれを使えばいいと思う?」

「わ、私の意見ですか? ずっと研究を続けているソラさんに、私から言えることなんてないですよ……。それに、どんな魔法なのかよくわかりませんし……」

 レイカは顔の前で両手を強く振りながらこう言った。


 彼女の言葉に納得しつつ、魔法についての説明を始める。


「えっと、僕が作ろうとしている魔法はね……。色々なものを圧し縮める力を持つ魔法なんだ」

「あっし……ちぢめる……魔法?」

 適当な紙を手に取り、それをぐしゃぐしゃと小さく丸めて見せる。


 レイカの瞳には、手のひらの上にちょこんと乗る小さな球が映っていた。


「あらゆるものを圧縮する魔法さ。この紙の球みたいにね」

「小さくする魔法ってことですか……? 何か利点があるんですか?」

 レイカの質問に、どう答えるべきか悩んでしまう。


 研究中の魔法は、既にこの世界から使う者が居なくなった古代の魔法。

 利点については、僕自身も理解しきれていないのだ。


 それにあくまで、僕はこの魔法の復活を引き継いだだけ。

 最初に復活を願った人物が何をしようとしていたのかさえ、僕には分からない。


「いくつか使い道を考えてはいるんだけど、分からないことの方が多いんだ。でもきっと、多くに人のためになる魔法になるはずさ。多分ね」

「自信、無いんですか……?」

 どのような魔法であれ、人が使うものであることに変わりはない。


 例えば火を起こす魔法は暗がりを照らすだけでなく、料理やたき火をする時にも使える。

 だが、悪用すれば建物を燃やせるし、取り扱いを間違えれば森を焼き尽くすこともできてしまう。


 研究中の魔法も、進むべき道を間違えれば多くの存在を脅かす魔法となりかねないのだ。


「必ず、多くの人のために役立てられる魔法にしてみせるさ。それより、魔法陣の方に話を戻そう。君が持っている紙に二つ描いてあるんだけど、どっちが良さそうかな?」

「いや、ですから私から言えることなんて――って、二つ?」

 レイカは僕の言葉に疑問を抱いたらしく、持っている紙に目を落としてくれる。


 しばらく魔法陣を観察していた彼女は、それから目を離すとこう言った。


「魔法陣って、基本は三種類のはずですよね? どうして太陽の魔法陣は使わないんですか?」

「実は、ちょっと前にやった実験では太陽の魔法陣を使ってみたんだけど、暴走しちゃったんだ」

 太陽の魔法陣は、物体に変化を起こす魔法を使うための魔法陣。


 残りの二つの魔法陣は守りが月で、支援が星となっている。


「太陽ではダメだったってことですか……。でも、変じゃないですか? 物を圧し縮めるというのなら、作用じゃないですか。太陽を使うのが普通だと思うんですけど……」

 レイカの言う通り、僕も太陽の魔法陣を利用するのが正しいと思っていた。


 だが結果は爆発。部屋が壊れ、しばらく実験ができない状態となってしまったのだ。


「普通なら太陽でいいはずなんだ。それなのにうまくいかない。だから、使うべき魔法陣が間違っていたんじゃないかと考えた訳さ」

 太陽の魔法陣を使ったから、爆発したと結論付けることはできていない。


 だが、同じ実験を繰り替えして同じ目に合うより、先に他の魔法陣を試してみた方が良くも悪くも情報を得られるはず。

 太陽の魔法陣を使う再実験は、最後に回しても良いだろう。


 僕はそう考えていたのだが。


「……ソラさん。その魔法って、もっといろんな効果があるのではないでしょうか?」

「いろんな効果? どういうこと?」

 レイカは魔法陣を見つめながら考え込んでいたが、顔を上げると同時に質問を行う。


 残念ながら僕にはその質問の意味が分からず、首を傾げてしまった。


「守りに支援……。作用も含め、全てに利用できる魔法なのでは?」

「全てに……? う~ん、考えたこともなかったな……」

 レイカから魔法陣を描いた紙を返してもらい、思考を巡らせる。


 だが、太陽・月・星の全てに関わる魔法陣など、僕の知識内には存在していなかった。


「一つの魔法陣に全ての力を組み込んでみるとか、どうでしょう?」

「見たことも聞いたこともない魔法陣だけど……。やってみようか」

 レイカの言葉をヒントにペンを持ち、テーブルに向かう。


 物質そのものを圧し、より強い作用を起こす太陽。

 強く圧することで、より強固な守りを生み出す月。

 力を圧し、より強力にして譲渡する星。


 太陽と月は作用の仕方が真逆に近いため、本来であれば交わることはあり得ない。

 ならば、星を間に挟み込めば、お互いをつなぎ合わせてくれるのではないだろうか。


「よし、描けた! 新しい魔法陣!」

「わ、私にも見せてください!」

 魔法陣を描き終え、ペンを机に置くのと同時にレイカが声をあげた。


 彼女がここに来て初めて出した大きな声に驚きつつ、机の前を譲る。


「えっと、太陽が一番外側でその次が星、中心が月ですか……。これで、うまくいくでしょうか……?」

「僕自身初めて作る魔法陣なわけだしね、実験してみないことにはわからないよ。レイカ、君が作ってくれたインクを持ってきてくれるかい?」

 レイカがインクを準備してくれている間に、本番用の用紙を引っ張り出して机に座る。


 手順が増えるということは、失敗をしやすくなるということ。

 より正確に、より精密に、より慎重に魔法陣を描かなければ。


「お待たせしました。うまくいくといいですね」

「だね。よし、やってみよう!」

 レイカから受け取ったインクをペン先に付け、紙に魔法陣を描いていく。


 ずれでもしたら何が起こるか分からない。ゆっくり、確実に――


「いけない、忘れてた。プロテク!」

 興奮のあまり、実験が失敗したら爆発してしまう可能性があることを忘れていた。


 外に魔法陣を持ち出したいが、描き始めた状態で実験を止めてしまえば何が起きるかわからない。

 防御魔法を使ってある程度の被害を防ぐ方向で動くとしよう。


「描ききらないように少し残して……。全ての魔法陣をほぼ同時に……。よし、描けた!」

 無事、魔法陣を最後まで描ききることができた。


 後は異常が起きなければ良いのだが。


「魔法陣に異常は見られない……! これはもしかして……!」

 しばらく様子を観察していたが、爆発を起こすどころか細かな変化すら起きていない。


 うまく定着してくれたと判断してよさそうだ。


「つまり、この新しい魔法陣が正解だってことだ! よし、よし! これで魔力を取り込んでくれれば!」

 興奮しつつ魔法陣の上に手をかざし、魔力を送り込む。


 もうすぐだ。あと少しでケイルムさんが作ろうとしていた魔法が――


「うわっ!? なんだ!?」

 突如、魔法陣から火が出現した。


 それはあっという間に紙全体に燃え広がり、灰も残さずに燃え尽きてしまう。


「だ、大丈夫ですか……!?」

「う、うん、大丈夫。今度は燃えないようにしないといけないのかぁ……」

 ため息を吐きつつ紙が置かれていた場所に目を落とす。


 あっという間に燃え尽きてしまったからだろうか。

 机には焦げ目一つ付いていなかった。

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