「魔法陣が燃えちゃう原因ですか……。魔力を送り込む量を間違えたとかじゃないですか?」
「何度か繰り返しやってみたし、違うと思うなぁ……」
時は夕暮れ。僕たちは夕食を食べながら、午後に行った研究の話をしていた。
あの後に何度か実験を繰り返したが、どれも魔法陣が燃え上がるという結末に終わってしまっている。
成就には至れなかったが、進展したことは喜ばなければ。
「魔法陣の定着は確認できたから、あれで問題ないはずなんだ。後はなんだろうなぁ……」
料理を口に運びながら思考にふける。
何かが間違っているのは確かだが、見当は全くついていなかった。
こういう時は、基本に立ち返るのが一番だ。
「一度素材を変えて、実験し直してみるかな。燃え上がるってことは、魔力の伝達速度に問題が……?」
「食事中にメモを取り出してまで、魔法のことを考えるのは止めましょうよ……」
魔法の研究で頭がいっぱいの僕を見て、ナナは難色を示す。
詰まっていた部分が一つ解消されたおかげで、やる気もアイデアもどんどん沸いてくる。
思考を止めるほうが勿体ないという感覚に陥ってしまうのだ。
「あなたがその状態になっているのは、誰のおかげでしたっけ?」
咎める言葉を発したものの、ナナはクスクスと笑っていた。
確かに、僕だけの力でここに至れたわけじゃない。ちゃんとお礼を言わなければ。
「レイカ、レン。今日は手伝ってくれて本当にありがとう。二人のおかげで作業が大きく進んだよ」
僕たちとは逆に、静かに食事をしていたレイカとレンにお礼を言う。
二人は持っていた食器を手から離し、お互いの性格らしい反応を見せてくれる。
「い、いえ……。私はただお邪魔していただけです……」
「それほどでもない」
レイカは首を横に振りながら否定よりに、レンは誇らしげな表情を浮かべながら姉弟そろって謙遜をした。
レンは意外と調子に乗りやすい一面があるのかもしれない。
逆にレイカは心配になるくらいに自己評価が低いようだ。
「私がお手伝いしなくても、いずれソラさんなら気付けていたと思いますので……」
「例えそうだとしても、こんなに早く進展したのは君のおかげなんだ。もっと胸を張って良いんだよ?」
自信を持って良いとレイカに伝えるのだが、彼女はうつむき、悲しそうな表情を浮かべてしまう。
魔法研究の時に見せてくれていた、あの明るさはどこに行ってしまったのだろう。
そう思ってしまう程、現在の彼女は暗い顔をしていた。
「すみません……。私、もう寝ます……。お休みなさい……」
食事もそこそこに、レイカは部屋に戻って行ってしまった。
腕を組み、彼女の心を開かせるにはどうすればよいか考えていると。
「レイカちゃんを困らせたりしたわけじゃないですよね?」
「さすがにそれは……。と言っても、いまの彼女の状態では何が原因になるか分からないからなぁ……」
わずかとはいえ明るい表情を見ることができたので、実験が嫌だったということではないだろう。
結果的に実験が上手くいかなかったことを、気に病んでしまったのだろうか。
「姉さんのことはあまり気にしないで」
そう言いながら、レンは食事を続けていた。
彼の様子から判断するに、さっきのレイカの状態はよくあることなのかもしれない。
「それより、姉さんが残した料理、勿体ないから食べてもいい?」
「え? ああ、構わないけど」
まだ自身の分が残っているというのに、レンは姉の分の料理を引き寄せる。
成長期の彼には足りなかったようだ。
「あ、そうだ。ねえ、レン君。レイカちゃんが好きそうな料理って分かるかな?」
「姉さんが好きな料理……。特に嫌いなものは無いはずだけど、好きなものは知らない」
何か思いついたことがあったらしく、ナナが質問を行ったのだが、返ってきた言葉を聞いてがっくりと肩を落としていた。
いきなり家族の好きな料理を答えろと言われても、とっさに答えるのは難しい。
ナナの好物を答えろと言われたら、共にいる僕ですら慌て、長考するはずだ。
「あ、でも、もしかしたらこれが姉さんの好きな料理かもしれない」
レンは食器の上に盛り付けられている料理を指さした。
本日の夕飯に作ったものはハンバーグ。
この大陸に住む子どもたちに、特に好まれる料理だ。
「結構残っちゃってるけど……。なんでそう思ったの?」
「姉さんはああなると、何も口に付けない。それなのに、今日はいつもより多く食べていた」
自室へと戻っていく直前のレイカの姿が脳裏に浮かぶ。
食事を取ろうと思えない心理状態だというのに、それでもある程度食べられたのであれば、好きな料理といえるかもしれない。
「レイカの好物を聞きだそうとするなんて、一体どうしたんだい?」
「ちょっと思いついたことがあるんです。お耳を貸してもらってもいいですか?」
レンにも秘密にしたいことらしく、ナナは僕に小さく手招きをしていた。
そんな彼女のそばに顔を近づけ、ささやき声に耳を傾ける。
「なるほど、いいかもしれないね」
ナナの立てた作戦に大きくうなずく。
問題はその機会が訪れるかどうかだが、来ないなら自分たちから作ればいいだけだ。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
こそこそ話す僕たちに気を留めることもせず、黙々と料理を口にしていたレン。
彼は食事を終えると、食器を手にキッチンへと移動していった。
「後は僕がやるから、置いといてくれればいいよ」
「ううん、作ってもらったからこれくらいは自分でやる。普段は姉さんが片付けるから自信ないけど」
レンはそう言って食器を洗い始める。
洗ってくれるのは嬉しいことなのだが、家に招いている側としては何とも言えない気分に襲われてしまうのだった。
「あ、そうだ。ナナ、今日はゴメンね。昨日出かける話し合いをしてたのに……」
「気にしないでください。どう考えてもあの子たちを優先する方が大切ですから。それに、出かけるチャンスはいつでもありますし」
そう言って微笑むナナの表情を見て、なぜか情けなく感じてしまった。
痛みを抱えるレイカたちのことだけを、考えてあげられなかったからだろうか。
それとも、ナナの希望を叶えてあげられなかったからか。
「ほら、そんな顔してないで早く食べちゃってください。みんな、食べ終わってますよ」
「う、うん。それもそうだね」
ナナに促され、残り料理たちを口に放り込む。
彼女の言う通り、別の日に機会は作れるのだから、気に病む必要は無いのだろう。
「ングング……。よし、ごちそうさまでしたっと。君の食器も運んじゃっていいかな?」
「ありがとうございます。お願いしますね」
自分とナナの食器を手に、キッチンへと向かう。
そろそろ食器を洗い終えている頃だろう。
「食器、洗い終わった。そこのかごに置いておけば大丈夫?」
「うん、それでおっけー。ありがとうね」
キッチンに入ると、レンが水切りかごに食器を立てかけようとしていた。
手伝ってくれたことに対してお礼を言うと、彼は無言でうなずいてからリビングへと戻っていく。
満足そうな後ろ姿を見送り、自分たちの食器を洗おうとするのだが。
「……汚れ、残ってないよね?」
レンが洗った食器を手に取り、指で表面に触れる。
油汚れが残っている様子はなさそうだ。
「……なんか、みみっちいなぁ」
洗ってくれたというのに、隅をつつくような真似をするのはどうなのだろう。
狭量の小さい人物になった感覚がして、大きくため息を吐くのだった。