「ようこそ、アマロ村へ。入り口そばにある建物が冒険者ギルドで、反対側にある建物が宿屋だよ」
レイカたちを連れてアマロ村へとやって来た僕は、村の入り口から見える範囲に置かれている施設を彼女たちに説明していた。
レンは興味津々といった様子で、レイカはおどおどとしつつも周囲に視線を配る。
「静かでいい。落ち着く」
「この時間帯は、畑仕事に人が出て行っちゃってるからねー。昼時とか夕暮れ前は、もうちょっとにぎやかになるよ」
現在の時刻は、果樹園で作業をしている人たちの方が多いはず。
時間があれば、そちらの案内をするのもいいかもしれない。
「ところで、やっぱり辛いかい?」
「少し……」
村にたどり着く少し前から、レイカは僕の背中に張り付きながら行動をしていた。
人目に付きたくないと出会った時に言っていたが、どうやら彼女は人の視線が苦手らしい。
あまり人がいないとは分かっていても、どうしても不安をぬぐい切れないようだ。
「無理はしちゃダメだよ。辛くなるどころか、苦しくなる前にちゃんと言うこと」
「はい……」
村の外で待っていても構わないと言ってあるのだが、レイカは自分の意思でここまでついてきた。
その意思を尊重しようとは思っているが、あまりにも切迫している姿を見ると不安を抱いてしまう。
「知る機会……。知る機会なんだから……!」
レイカの呼吸には、若干乱れがあるようだ。
彼女を僕の背に隠すようにしながら、村へと足を踏み入れる。
出会った村人たちに挨拶を交わし、レイカたちに説明をしながら進む内に商店通りへとたどり着く。
「お店がいくつかある。ここは商店通り?」
「そうだよ。君たちが買い物に来ることがあるかもしれないし、軽く見ていこうか」
看板に近づいたり、店内に入ったりしながら各店舗の説明をしていく。
買い物という話題になったためか、レイカも僕の背から顔を出して陳列されている商品を見つめだす。
が、他人から視線が向けられると、彼女はすぐさま元の場所へと戻ってしまう。
どう考えても人が苦手という次元ではない。
何かしらのトラブルがあり、こうなってしまったと見た方が良さそうだ。
「もしかして、あそこにあるのは図書館?」
商店通りでの説明が一通り終わったため、次に向かう場所を思案していると、レンがとある建物を指さしながら質問をしてきた。
指さす先を追いかけると、建物の中から本を持って出てくる子どもや大人の姿が。
彼の質問の通り、あの建物は図書館だ。
村に図書館があるのは異様な光景にも思えるが、かなり歴史が長い村かつ、観光地でもあるために、多くの書籍が自然と集まってきたらしい。
それらを保存していくうちに、それなりの蔵書量を誇る図書館となったそうだ。
「……レイカが参っちゃうかもしれないし、君たちは村の住人になっているわけじゃないから、今日は近づかないでおこう。まだ、見ていない場所はいくつかあるしね」
「ん、分かった」
レンは素直にうなずき、図書館へと向けようとしていた足を戻してくれた。
彼はレイカと異なり、興味を持った場所には積極的に近寄ろうとする。
人と会話をすることも全く苦に感じている様子はないが、姉弟でこれほど心理状態に差が出るものなのだろうか。
二人で旅をしてきたのに、レイカだけ人を怖がる理由は――
「おや、奇遇ですな。こんにちは、ソラさ――」
「ぴゃああああ!?」
「うわあああ!?」
背後でレイカが悲鳴をあげたことに驚き、つられて大声を出してしまう。
息を整えながら僕に声をかけてきた人物に顔を向けると、そこには動揺した表情を浮かべる村長さんの姿があった。
「そ、村長さんでしたか……。こんにちは……」
「こ、こんにちは……。ど、どうされました? 悲鳴など上げられて……」
挨拶の返事が悲鳴では、動揺するのも無理はない。
驚いた理由を説明しつつ謝罪をすると、村長さんの表情は悲しそうなものへと変化していった。
「わし、そんなに影が薄いんじゃろうか……? 最近はユールにも相手をされなくなってきてしまったのう……」
小声で家族の近況をつぶやく村長さん。
悲しい話になってしまいそうなので、話題を変えるとしよう。
「あー、えっと……。そうそう、村長さんにご相談したいことがあるのですが、お時間を取っていただくことは可能でしょうか? スラランのことなのですが」
「スラランの……。なるほど、そういうことでございましたか。それでしたら、私の家で続きを話した方が良いでしょうな。こちらはいまからでも会議を行えますが、どうされます?」
「ありがとうございます。ですが、少々お時間を置いてからでもよいでしょうか? そこで怯えている子がいるものでして……」
お礼を言いながら村長さんから視線を外し、レンがいる方向に顔を向ける。
そこには、彼の背に隠れて小さくなっているレイカの姿があった。
「……かなり驚かせてしまったようですな。して、その子どもたちは? 村に住む子ではないようですが」
「僕たちの家に居候することになった子たちなんです。今日は村の周辺の案内をしていたのですが……。どうにも人に恐怖を覚えているようなので……」
レイカの様子を見るに、これ以上村内を移動するのは危険そうだ。
案内はここまでにして帰宅した方が良いだろう。
「……事情はあまり詮索しないほうが良さそうですね。っと、スラランの話でしたな。ご自宅と村とを行き来すれば昼時になるでしょうし、午後に改めて話をする方が良いでしょう」
「午後ならばこちらも問題ないと思います。お時間を取っていただきありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした」
深く頭を下げ、悲鳴をあげてしまったことを謝罪する。
「いえ、いえ。では、三時頃に私の家を訪ねてください。その時間ならばユールもおりますので」
「分かりました。では、後程よろしくお願いします」
頭をあげて村長さんの提案を受け入れると、彼は会釈をして去っていった。
僕たちも自宅に帰るとしよう。
「レイカ、家に帰ろう。歩けるかい?」
「グス……! はい……歩けます……!」
涙を流すレイカをなだめながら、僕たちは帰路に付く。
家に帰りついたのは昼を少し過ぎた頃。
村長さんとの約束の時間になるまで、落ち込む彼女を皆で励まし続けるのだった。
●
「ハァ……ハァ……。レイカは大丈夫かな……」
夕刻。村長さんたちとの会議が終わり、僕は寄り道をせずに自宅へと戻ってきた。
レイカがある程度落ち着いてきたのを確認してから家を出たが、再び泣き出していないか心配だ。
「ただいま! レイカは――お、いたいた」
玄関を開いてリビング内に飛び込むと、椅子に座ってコップに口をつけるレイカの姿があった。
室内に漂っている青臭い香りから察するに、以前彼女たちに飲ませた薬湯を再度ナナが作ってくれたようだ。
「お帰りなさい。村長さんとの会議はうまくいきましたか?」
ナナがキッチンから顔を出しながら質問をしてきた。
どうやら夕食の準備中のようだ。
「開催日は満月祭が行われる予定の日、同日に決定したよ」
小さく安堵のため息を吐き、壁に貼られている暦を見ながらナナの質問に答える。
四つの季節と、それをさらに三つの月に分けた十二カ月が、僕たちの住む『アヴァル大陸』の暦。
春・夏・秋・冬の四季に、初・中・深の三月を付けることで一年を表しているのだ。
満月祭と呼ばれる祭りが行われる予定日は、中秋の半ば。
現在は深夏の終わりなので、一カ月と半月後に開催されることになる。
「お祭りの日に、本来の催し以外に別の何かをするってこと?」
「スラランの歓迎会をする予定なんだ。この子はアマロ村の新入りでね、村の人たちに知ってもらうためにそれを行うのさ」
僕たちのやり取りに興味を抱いたレンに、村長さんとの話し合いの内容を説明する。
彼はほうほうとうなずき、更に強く興味を抱いた様子だ。
「もしかしたら、君たちにも関わってくるかもしれないけど……」
「え? どういうこと?」
「いまは気にしなくても大丈夫だよ。そうなるかどうか、まだわからないことだから」
あいまいな答えを返されたことで、レンは不満そうな表情を浮かべた。
この子たちが一カ月後もここにいるかどうかはまだ不透明。
あまり期待させすぎるのも良くはないだろう。
「この話はこの辺りにして、今日の振り返りをしようか。レイカ、レン。僕の案内はどうだったかな?」
「楽しかった」
「勉強になりました。本当に、ありがとうございました」
レンは嬉しそうな表情を浮かべながら、レイカは少し悲しそうな表情を見せつつも各々の感想を答えてくれた。
かなり落ち着きを取り戻せているレイカだが、村での出来事を振り返れば再び涙を流してしまうかもしれない。
そちらの方には話を広げない方が良さそうだ。
「疑問や、不満があったら言ってね。次回に生かしますので」
他者に何かを教えることは初めてに等しかったが、いざやってみるとなかなか面白い。
ただ、間違ったことを教えていないか、不安になるのが辛いところだが。
「不満はない、大丈夫。聞きたいことはいっぱいあるけど、他の日に分かることもあるかもしれないから保留」
どうやらレンには気になる点がいくつかあるようだが、アマロ地方の見聞の旅を始めて一日目ということもあり、ある程度疑問点が固まってから質問をすることにしたようだ。
一方のレイカはどうだろうか。
「私も不満はありません……。けど……あの……」
レイカにも、何かしら気になることがあるようだ。
笑顔を見せ、彼女が質問しやすい状況を作ってから口を開く。
「どうしても気になることがあったら、どんどん聞いちゃって」
「じゃあ、湖でのことなんですけど……」
湖のことで、何か説明不足になっている部分があっただろうか。
あの時のことを思い返しながら、さらにレイカが口を開くのを待つのだが。
「やっぱり、いいです……」
「あ、あれ?」
何かを言おうとする素振りを見せたものの、それ以上の言葉が続けられることはなかった。
かき消えてしまった質問は、湖での会話中にレイカが涙を流したことと、何か関係があるのだろうか。
「ソラさん。そろそろ夕食ができあがるので、料理を運ぶのを手伝っていただけませんか?」
「りょーかい。何か聞きたいことができたら、いつでも言ってね。分かる限りで答えさせてもらうから」
いったん話を終わらせ、ナナの手伝いをするために席を立つ。
すると背後から、小さくつぶやく声が聞こえてきた。
「……お兄ちゃん……」
「え……?」
調理が進む音に消え入りそうな言葉に驚き、背後を振り返る。
レイカは沈んだ様子で、薬湯の入ったコップに口を付けようとしていた。
「ソラさーん? まだですかー?」
「あ、ああ、ごめん。すぐ行くよ」
ナナの催促の声が聞こえてきたため、レイカに向いた意識をキッチンへと戻す。
食後もレイカの言葉が心に突き刺さり続け、呆けたままその日の作業を終わらせる。
入浴を終え、寝間着へと着替えてベッドに入るも、なかなか寝付くことができない。
「お兄ちゃん、か……。あの子たちはどうしているのかな……」
僕が眠りに落ちたのは、日付が変わる時間帯となってしまうのだった。