「次はレイカの出番だけど、何かやってみたいことはあるかい?」
ステージ中央にいるレイカに近寄りながら声をかける。
彼女はすぐさま腕を組み、思考を開始した。
「レンと違って、誰かに直接何かをすることは私にはできません……。皆さんにお見せするのに良さそうなものは……」
悩むレイカの様子を見つめる村人たちの表情は、好奇心に満ちたものに変化している。
レンの治療を見たことで、今度は何を見せてくれるのか興味が湧いてきているのだろう。
「そうですねぇ……。確か、レイカちゃんの魔道具作成技術はかなりのものって、ソラさん言ってましたよね? その過程を見せるのはどうでしょうか?」
「なるほど、それは良い案かもね。ただ、調整するのに良さそうな魔道具がないことが問題だけど……」
魔道具の作成は、まだ禁止されているとレイカは言っていた。
技術自体は問題ないようだが、言いつけを破らせるのは良くないだろう。
「よく見ると、魔導士らしき方も混じっておられるようですよ。物珍しさから様子を見に来た冒険者の方だと思いますが、声をかけてみるのはどうでしょうか?」
「どれどれ……? あ、ほんとだ。どなたか魔道具が損傷、もしくは不調だという方はおられませんか?」
ナナの提案通りに声をかけてみると、村人をかき分けて一人の人物がステージの前に進み出てきた。
ローブを纏って杖を背負っている姿は、いかにも魔導士といった風貌の女性だ。
「あの~……。よろしいでしょうか……?」
「ええ、もちろんです。とりあえずまずは――レイカ、大丈夫かい?」
魔導士の女性から目をそらし、僕のそばにいるレイカに視線を送る。
彼女は女性が気になっているらしく、ちらちらと視線が動いていた。
「あまり大丈夫じゃないですけど……。何をどうすればいいですか……?」
レイカは不安そうに僕の顔を見上げた。
そんな彼女に、僕は手をひらひらと揺らしながらこう答える。
「まずはこの人から魔道具の悩みを聞いてあげて。そして、聞いた内容から何かしらの処置をする。レンの時と流れは同じさ」
「魔道具の調整をしろ、と……? いきなりそんなことを言われても……」
レイカは女性の表情を見ようと顔を上げるが、すぐに下ろしてしまう。
村人にうまく説明ができなかったせいか、かなり萎縮している様子。
まずは勇気を取り戻すことから始めた方が良いかもしれない。
「僕の手伝いをしてくれた時もいきなりだったじゃないか。それなのに、君は僕の想像以上の物を作ってくれたじゃないか」
「あの時は……。ただ、ソラさんたちに嫌われたくなくて、頑張っていただけで……」
一歩を踏み出せずにいるレイカに、視線の高さを合わせて話を続ける。
嫌われたくないという前向きとは言えない理由でも、それはそれで構わない。
居場所を勝ち取るために彼女は戦い、僕たちの家族になるという結果を残したのだから。
「いつも通りにやればいいだけさ。レンの杖の調整をする時のように、僕の実験を手伝ってくれている時のように! 君の技術は本当にすごいんだ。自信を持って!」
「自信を……ですか……?」
「そう。自信を持って、自分の得意なことを表現するんだ。君が見てもらいたいこと全てを……ね」
自分が得意なことを見せるのも、立派な自己紹介。
レイカは誰かに誇れるものを既に持っているのだから、大丈夫だ。
「自信を持って、見てもらいたいことを……。分かりました、やってみます!」
「うん、頑張れ! 修繕道具を持ってくるから、ちょっとだけ待ってて。怖くなったり、不安になったりしたら深呼吸。それで大丈夫!」
僕の言葉にレイカは力強くうなずいてくれた。
その表情に微笑みを返しながらステージ裏へと向かう。
すると、静かに僕たちの様子を見ていたナナが後をついてきた。
「……うまくいきそうですね」
「だね。もうちょっと手伝いが必要かもしれないけど、きっとうまくいくよ」
ステージ裏へと移動すると同時に自分のカバンを開き、中身を確認する。
目的の物である携帯用の修繕キットは、過不足なく入っていた。
これをレイカに渡せば僕の仕事はほぼ終了だ。
「出先で私の杖が不調になった時のために、普段から持ち歩いてもらっていましたけど……。このタイミングで使うことになるとは思いませんでしたよ」
「君は杖を大切に扱っているし、ほとんど戦う機会もないから出番はなかったよね。でも、こうして使う機会が訪れたんだから、持ち歩いていた意味はあったってことだよね」
カバンの蓋を閉め直し、肩にかけてステージに戻る。
ステージでは、レイカが女性と何やら会話をしているようだ。
「やあ、何を話しているんだい?」
「あ、ソラさん。この方から魔道具の不調について聞いていたんです」
どうやら自分から、会話を進めていたようだ。
その行動に嬉しさを感じつつ、カバンをステージに下ろして話を続ける。
「なるほど。で、杖を預かっているみたいだけど、どんな不調か分かったのかい?」
「えっと……。魔法の威力が安定しないそうなんです。強くなったり、弱くなったり……と」
レイカは杖から目をそらさず、僕の質問に答えてくれる。
すっかり、仕事をするための状態へと入っているようだ。
「強まったり、弱まったり……か……。君はどう見る?」
「魔力を伝えるための部分が損傷しているのではと考えています。いま、その場所を探しているんですけど……。あ、これかな?」
レイカは杖の先端にある魔法石と、杖の胴体が接合されている部分を指さす。
目を凝らしてその部分を見つめると、かなり小さいが傷のようなものがついているのを発見できた。
「そこの傷は……! モンスターと戦った時についちゃったのかな……」
女性は傷が付いている部分を見て、がっくりと肩を落としてしまう。
この部分は、使用者の魔力を魔法石に送り込むための、いわば血管とも言える部分。
少しでもここに傷が付いてしまうと、安定して魔法を発動することが難しくなってしまうのだ。
修繕をするには細かい調整をする必要があり、並大抵の魔道具技師では元通りにすることが難しい。
この部分の損傷は、杖の買い替え時と考えられているほどだ。
「すみません……。見て頂き、ありがとうございました……」
女性は悲しげな表情を見せ、杖を受け取ろうとするのだが。
「これくらいなら……。うん、大丈夫です。修繕させていただいてもよろしいですか?」
「え……? な、直せるの……? 本当に……?」
レイカはすぐに杖を返さず、自分が修理をすると申し出る。
修理が難しいことを熟知しているであろう女性は、レイカがそれを行えることに疑いを抱いているようだ。
「はい、問題ないです。ただ、他の部分にも多少の劣化が見られるので、そちらも修繕したいと思います。一度分解することになりますが……?」
一通り杖の調査を終えたレイカは修理内容の確認を行う。
女性はその言葉を聞き、少し迷うようなそぶりを見せた後、意を決したようにうなずいた。
「お願いします! この杖が直るのなら……!」
杖に何か思い入れがあるのだろうか。
そう感じる程、女性の言葉には強い気持ちが込められているように思えた。
「では、開始させていただきます! ソラさん、お手伝いをお願いしてもいいですか?」
「もちろん。準備万端だよ」
レイカの要望を聞き、大きくうなずく。
彼女が僕に向けた表情は、やる気に満ち溢れていた。
●
「削って、削って、サッサッサ……。塗って、塗って、ヌリヌリヌリ……」
レイカは小声で歌いながら杖の調整を行っている。
不安な顔を見せていたのもどこへやら。
すっかり楽しくなってきているようだ。
「なるほど。冒険者として独り立ちをしてから使い続けていた杖なんですね」
「何度も買い替えようかなって思ったんですけどね。でも、ずっと連れ添った相棒ですし、どうしても……」
レイカと僕が杖の修繕をしている間、ナナは魔導士の女性と会話をしていた。
その声を横に聞きながら、村人たちは僕たちの作業の様子をじっと見つめている。
「直らなかったら……どうしようかな。小さく加工してもらって、お守りにしちゃおうかな……」
背後から聞こえてくる女性の声は、寂しさを抱いているように聞こえた。
修繕が上手くいかなければ杖の交換をしなければならない。
それは、長年連れ添った相棒との別れということだ。
杖の修繕が上手くいく保証はどこにもない。
きっと、別れの覚悟を決めている部分もあるのだろう。
「魔法石はめて、トントントン……。仕上げにやすりで、シュッシュッシュッ……。これでよし! 修繕、終わりましたよ!」
杖の仕上げを完了させ、レイカが女性に声をかける。
修繕が終わったそれは、まるで新品かと見紛うほどに美しい。
「ほ、本当!? 直ったの!?」
女性はレイカに駆け寄り、奪い取る勢いで杖に触れようとする。
大切な相棒なので、急いで状態を確認したいという気持ちは分かるのだが。
「わ、わ! 大丈夫です、そんなに焦らなくても……」
「あ……。ごめんなさい! 私ったら……」
女性は顔を赤くし、杖に伸ばそうとした手を引っ込める。
レイカの言葉を待つことにしたようだ。
「異常はなくなっているはずですが、危険な時にいきなり使うのではなく、安全が確立されている場所で、状態を確認してから使ってあげてくださいね」
レイカは説明を行いながら女性に杖を手渡す。
女性はそれを受け取り、感慨深げに見つめている。
「綺麗になってる……。磨いてくれたんですね」
「はい。少しでも綺麗な方がいいかなって思ったので」
杖が新品同様になった代わりに、レイカの手は汚れてしまったが、作業をする上でそうなることは至極当前。
気遣わせないよう、手を後ろに組んでいるところを見るに、技師としての誇りも理解しているようだ。
「感触はどうでしょうか?」
「ほとんど変わらないです……。本当に、ありがとうございます……」
女性は杖を抱きしめると嬉しそうな笑顔を見せた。
その笑顔を見て、レイカの表情も柔らかくなっていくのだが。
「さっきも言いましたけど、試し撃ちはどうしましょうか……。ちゃんと修繕ができたかどうか、私もこの目で確認したほうが安心なんですけど……」
こっそりと僕だけに向けられた表情には、少しだけ不安が織り交ぜられていた。
家に戻れば訓練用の人形が置いてあるが、それを取って戻ってくるには少しばかり時間がかかる。
モンスターが現れるなどという、そんな都合が良いことも――
「うわ!? モンスターだ!」
村人たちがいる観覧席の奥の方から、悲鳴らしき声が聞こえてきた。
杖の修繕がうまくいったかどうかの確認にはちょうどいいが、まずはモンスターの注意を引かなければ。
集まってくれた皆を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「僕が注意を引きます。魔導士さんは杖を使ってみてください」
「はい、分かりました!」
女性に声を掛けつつ、自身に加速と筋力強化魔法を付与する。
悲鳴が聞こえてきた方向に大きく飛びつきつつ、対象のモンスターを探すと。
「向かってきているのはウェアラットが数体か……」
ウェアラットは、最大で50セメルもの大きさに成長するネズミ型のモンスター。
単体での危険はたいしたことがないが、集団となると話は変わり、自分たちよりも大型の生物に襲い掛かることがある。
基本的に地下や洞窟に住んでいるために視力は弱いのだが、その分、嗅覚に優れているそうだ。
「縄張りにされると厄介だし、ちゃんと駆除しておかないと……。念のため、プロテク!」
防御魔法を自身に付与し、向かってくるウェアラットたちの前に立ちふさがる。
数は五体にも満たないため、人を襲おうとしているとは考えられない。
恐らく、歓迎会の最中につまめるように出されていた、食べ物の香りに引き寄せられたのだろう。
「ウィングショット! ほら、お前たちの相手は僕だぞ!」
風の魔法をウェアラットの中心に放りこみ、敵意を僕に向けさせる。
相手が僕だけならばと判断したらしく、奴らは一斉に飛びかかってくるのだが。
「飛んで行け! ブロウファイア!」
それよりも早く女性が魔法を発動してくれたらしく、僕たちに向けて魔力の塊が飛んでくる気配を感じた。
飛び掛かってくるウェアラットたちをギリギリまで引き付け、熱気を背後に感じたと同時に一気に飛び上がる。
視線を足元に落とすと、地面に着弾した火の玉が一瞬で燃え広がり、彼らを炎の渦に飲み込む様子が見えた。
「すげぇ威力……!」
「よっぽど腕のいい魔導士さんだったのね……!」
地面へ降りたち、ステージに戻ろうとすると、女性を褒めたたえる声が村人たちの間から上がりだす。
複数のモンスターを一瞬で薙ぎ払ったのだから、そのような声が出てくるのは当然だ。
だが、肝心の魔法を放った人物は大きく動揺していた。
「なにこれ……? 私、普通に魔法を撃っただけだよね……?」
女性同様、これには僕も驚いていた。
まさか、これほどまでの技術を持っているとは。
「魔力の伝導が少し甘いようでしたので、強化をしてみました。その杖なら、いままで以上の威力で魔法を使えるはずです」
レイカが発した言葉に、この場にいる全員が驚く。
修繕するだけと思いきや、強化もされたとなれば驚くのも無理はない。
「強化……? 修繕が上手くいかなかったとかじゃなくて……?」
女性は信じられないと言いたげな表情を見せていた。
失礼なことを言っている気もするが、魔法の威力が大きく上昇すれば、そう口に出したくなるものだろう。
「はい、修繕は問題ないはずです。魔法を撃った時に、普段より疲れるなどの違和感がなければ……」
女性に疑いを向けられたせいか、レイカは不安そうな表情を浮かべていた。
慣れ親しんだレンの杖ではなく、他者の杖なので最適な調整ができたか分からず、心配なのだろう。
「違和感はなかったです……。それどころか、いままでよりずっと魔法を撃ちやすかった……」
「それならきっと大丈夫です! その杖が真の力を発揮できるようになったと思いますよ!」
女性の返事を聞き、レイカは満面の笑顔で返す。
ひとかけらの恐怖も不安も抱いていない、眩しいと思えるほどの笑顔だ。
「これまで以上に大切に使ってあげてくださいね! 魔導士さん!」
「ありがとう……。修理してくれるどころか、こんなに立派にしてくれて……」
女性は涙を流し、新生した杖を抱きしめる。
レイカの自己紹介も無事に終了。
村人たちはどのような感情を――
「うおおおー! すごいぞ! お嬢ちゃん!」
「魔導士さんも良かったね!」
心配をするまでもなく、村人たちの間から拍手と歓声が巻き起こる。
レイカはそれらの音に驚く様子を見せ、慌てながらも皆に深くお辞儀をしていた。
「ふぅ……。ここまではうまくできたね」
「ふふ……。うまくいった程度なんですか? 大成功だと思いますけど」
ステージ端にいたナナのそばに近寄り、二人だけで会話をする。
彼女の言う通り、大成功と言っていい。
これならば、きっと皆が歓迎してくれるだろう。
「さあ、最後の仕上げですよ。行ってあげてください」
「了解。後でレイカたちと話をする時に、思いっきり褒めてあげてね」
右手をひらひらと揺らしつつ、ナナのそばから離れる。
別の場所で待機していたレンを手招きして呼び寄せ、お辞儀を続けているレイカの横に立ち、その小さな肩をポンと叩く。
「皆さん。二人の力は見て頂けたでしょうか。この子たちの力は、決して皆さんに危害を加えるような物ではありません」
拍手と歓声がなりやまない中、村人たちに向けて声をかける。
少しずつ声が小さくなっていくのを確認し、次の言葉を発する。
「どうか、この子たちのことをもっと知ってあげてください。そして……」
レンの肩にも手を置き、二人の顔を交互にじっと見つめる。
本当に、よく頑張ったね――
心の中で二人を褒め、再度顔をあげてから僕たちの望みを伝える。
「この子たちにもっと! たくさんのことを教えてあげてください! どうか、レイカとレンを村の一員として認めていただけないでしょうか!」
言い終えると同時に頭を深く下げると、レイカたちも同じように頭を下げる気配を感じた。
不安だ、心が押しつぶされそうだ。
だが、横にいる二人は僕なんかよりもずっと不安なはず。
苦しくなるくらいの静寂が続く。
パチ――
小さいが、何かを叩くような音が静寂を破った。
パチパチ――
別の場所からも同じ音が聞こえた。
パチパチパチ――
何かを叩くような音は、あっという間に会場全体に広がっていく。
ゆっくりと顔をあげると、会場にいる全ての人たちが拍手をしている様子が。
村長さんも、魔導士の女性も、目に入る限りの全ての人が大きな拍手をしていた。
レイカとレンの視線が僕に向かってくるのを感じる。
二人の目には戸惑いを含みつつも、安堵の感情が宿っていた。
「ここまでよく頑張ったね、二人とも! さあ、最後の仕上げだよ!」
「はい!」
「うん!」
僕たちはうなずき合い、村人たちに体を向け直す。
「行くよ……。せーの!!」
三人そろって息を吸い込み、同時に声を発する。
「「「よろしくお願いします!」」」
僕たちの声は会場だけでなく、草原全体に響き渡っていった。