「坊ちゃんたちは『アイラル大陸』から来たって言ってたよな? どこにあるんだっけ?」
「この大陸の東にある、世界で最も大きいと言われている大陸がそう」
スラランと姉弟の自己紹介が終了した後、人々は新たな仲間たちとの会話を楽しんでいた。
まずはレンが会話をしている様子を眺めてみるとしよう。
「そうだ、そうだ。しっかしホワイトドラゴンねぇ……。向こうの大陸にはドラゴンたちが大量に住んでいるとか聞いていたが、正しくは坊ちゃんたちみたいな種族だったんだな……」
「あんた、ドラゴンって単語に反応してビビっていたもんね」
「う、うるさいぞ! ほかの奴らもそうだっただろ!? なあ!?」
声を聞く限り、両者とも不安を感じている様子はない。むしろ楽しそうだ。
一方のレイカはどうしているのだろうか。
彼女がいる方向に視線を向けると、村の少女たちとおしゃべりをしている姿が見えた。
「ねぇねぇ! お姉ちゃんが住んでいたのはどんなところなの? そこに住んでいる人たちも、やっぱり白い角が生えてるの?」
「え、えーっとね。私たちが住んでいたところは、雪山のすぐそばにある村なんだ。そこに住んでいる人たちみーんな、お姉ちゃんより大きな白い角が生えてるよ」
こちらも不安を感じている様子はなさそうだ。
同性ということもあり、会話をしやすいのかもしれない。
「そうなんだ! いいなぁ……。私も、お姉ちゃんみたいなきれいな角が欲しいなぁ……」
「う~ん……。カチューシャに白い石をつければそれっぽくなりそうだから……。もし良かったら、お姉ちゃんが作ってあげよっか?」
「本当!? やったぁ! 約束だよ、お姉ちゃん!」
遠目ながらも、レイカが笑顔を浮かべている様子がはっきりと見える。
姉弟どちらも、この村の一員として認められたようだ。
「レイカちゃんもレン君も、とっても楽しそうですね」
「だね。少しくらいは不安視されるかと思っていたけど、そんな様子はない。安心したよ」
僕とナナは木陰に置かれた椅子に座り、主役たちが村人たちと交流している様子を眺めていた。
レイカたちは既にフードを外し、白い髪と角をあらわにしている。
少女たち以外にも、ホワイトドラゴンの特徴に興味の目を向けている者もいるようだ。
「えーい! すごい! スララン上手、上手!」
「きゃー! スラランー! 最高ー!」
スラランもまた僕たちのそばにはおらず、村の少年たちと共にボールで遊んでいる。
なぜかユールさんも参加しているようだが。
「とりあえず肩の荷が一つ下りたかな」
右肩をぐるりと回しつつ、大きく息を吐く。
そんな僕の様子を見つめながら、ナナは重そうに口を開いた。
「あの子たちはアマロ村の人たちに認められただけ……。ですか……」
「うん、そういうことだね」
レイカたちが頑張ったおかげで、自身の姿を気にせずに行動できる範囲が広がった。
村周辺であれば、二人だけでの行動もできるだろう。
だが彼女たちは、知識を求めるために、兄を探すために旅に出なければならない。
他の地域にも人が住む場所はたくさんある。
アマロ村と同程度の規模の村もあれば、それよりも大きい街や、果てには王都も存在する。
それらに住む人々も、この村の人たち同様にホワイトドラゴンのことを知らない。
いずれはレイカたちの素性がバレ、再び恐れられることに繋がりかねないのだ。
「他の集落でもこの村と同じことができれば、興味を持ってくれる人はいるだろうけど……。それはそれで危険だしなぁ……」
「変に知識をつけ、レイカちゃんたちに危害を加えようとする人たちが増える可能性もありますからね……」
例えそれができたとしても、今回ほどの規模で受け入れてくれることはあり得ないだろう。
理由は簡単で、知名度がないから。
レイカとレンのものではなく、僕とナナのものだ。
知らない人物が知らない種族のことを説明していても、話を聞く気にはならないだろう。
それどころか、逆に不安は大きく募っていくことになる。
レイカたちがこの村で認められたのは、この村の住人である僕とナナが、二人のことを知っていたからという部分が非常に大きい。
あくまで知っている人が紹介してくれたから、受け入れやすくなっただけなのだ。
さっきの自己紹介を見ていた村人たちの様子を見る限り、誰からの紹介もない状態で全く同じことができたとしても、歓迎される可能性は非常に低いだろう。
知らないということは、それだけで不安の対象となりやすいのだ。
「なんにせよ、レイカとレンがこの村で気兼ねなく暮らせるようになったことを喜ぼうか。ところで、料理を作りに戻らなくても大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。下ごしらえは全て終わってますし、焼き上げは食堂の女将さんがやってくれることになりましたから」
村の共同食堂に視線を向けると、屋根についている煙突から白い煙が立ち昇っていく様子が見えた。
いまごろ、各種調理器具の中で料理たちが踊っているのだろう。
その光景を想像し、生唾を飲み込んだ。
「皆さん! ご歓談の所に申し訳ありませんが、一度ステージに集まっていただいてもよろしいでしょうか!」
どんな料理が出てくるか想像をしていると、村長さんの大きな声が聞こえてきた。
すっかり腰が良くなったため、彼は再び司会を務めることにしたらしい。
そんな彼の声に反応した村人たちがステージの方に向かって行く。
「あれ? 満月祭が始まるまでの間に何かやるんだっけ?」
「主役たちへの歓迎の言葉があるじゃないですか。忘れていたんですか?」
服のポケットにしまっていたプログラムを確認すると、確かに歓迎の言葉という簡略な文章が記載されている。
レイカたちの自己紹介にばかり気が行き、目に入っていなかったようだ。
「わざわざ改まってまでする必要は無いように思うんだけどなぁ……。いわゆる形式ってものなのかな?」
「父もよくそんなことを言ってぼやいていましたね……。さあ、行きましょう」
先に椅子から立ち上がったナナを追いかけるように、ステージへと歩み寄る。
既に村人たちは集まっており、僕たちが最後の到着となった。
「お集まりいただき、ありがとうございます。それでは本日の主役である、スララン・レイカちゃん・レン君の三名は、ステージに上がっていただいてもよろしいでしょうか」
指名を受けた二人はステージに上がっていき、スラランもユールさんの手の上からステージへと飛び降りる。
皆、歓迎会を始める前と比較するまでもなく良い表情になっている。
家族たちの穏やかな様子に安堵しつつ、うんうんとうなずいていると。
「こんな所にいていいんですか?」
「へ? こんな所って?」
突然、ナナが変なことを言い出したので聞き返してしまう。
皆についていてやれ、と言いたいのだろうか。
既に村人たちから認められている以上、もはや過剰でしかないと――
「では、ソラさんに村の代表として歓迎の言葉を伝えてもらいましょう!」
ナナに反論をしようとしたその時、村長さんから謎の指名が飛んできた。
なぜ僕が、歓迎の言葉を伝えることになっているのだろうか。
「ほら、村長さんが呼んでいますよ。頑張ってくださいね」
「ま、待って、待って! 何のことかわからないんだけど!?」
突然のことに理解が追い付かず、大声を出してしまう。
するとその声に気付いた村人たちが、僕に視線を一斉に向けてきた。
彼らの眼差しには、期待が込められているようだ。
「段取りを決めた日にユールさんが言っていたじゃないですか。歓迎の言葉をソラさんにお願いしたいって。あなたも承諾していましたよ」
「え!? そんなの承諾してな――」
そういえば、考え事をしている最中にユールさんから何か頼まれた記憶がある。
上の空だったので適当に返事をしてしまったが、まさかあれが?
「そんな……。何も考えていないよ……! まずい……どうしよう……!」
「なんで今日一番にうろたえているんですか!? 私もついて行きますから! 皆さん待っているんですよ!」
ナナは僕の背中に回り込み、ステージに向かってグイグイと押し始める。
僕は彼女にされるがまま、ステージそばまで運ばれていくことになった。
「うう……ナナぁ……。どうすれば良いんだろう……?」
「知りません――って、言いたいところですけど……。分かりました、ヒントをあげます。三人を見てください」
何を話せば良いか分からず、ナナに助けを求めるも、よく分からない答えが返ってきた。
三人を見ろとはどういうことだろう。
できれば、話すべき内容を教えてほしかったのだが。
「さあ、ステージに上がりますよ!」
「え!? 待って、待って! 心の準備が~!」
抵抗むなしくステージに上げられてしまう。
そのままステージ中央に立たされ、大勢の村人たちの目が向けられる。
一瞬で向けられた数多くの視線に、僕は萎縮してしまった。
自己紹介の場において何も問題がなかったのは、覚悟が決まっていたから。
絶対に、スララン・レイカ・レンの印象を良いものにしなければ、と考えていたからだ。
黙り続けているわけにもいかず、とりあえず挨拶でもと思い、口を開くのだが。
「え~っと……。皆さん、本日はお日柄も良く――」
「何を言ってるんですか……。落ち着いて話をしてください」
ステージの隅に移動していたナナに発言を遮られてしまう。
より強く動揺した僕は、思考を巡らせることもなく口を開く。
「えっと、えっと……。皆様のご健勝とご多幸を祈念いたしまして――」
「ち が い ま す! ほら、こっちです! 体を向けるべき相手から既に間違っているんです!」
再度ナナにダメ出しを貰いながら、体の向きを無理やり変えられる。
彼女にされるがまま向きを変えると。
「ソラさん……」
「大丈夫?」
視線の先にはレイカとレンがいた。
スラランも二人の横で、こちらを見ながらぴょんぴょんと跳ねている。
「あなたが言葉を伝えるべき相手は村の人たちではありません。この子たちですよ」
ナナがするべきことを示してくれたおかげで、僕は勘違いをしていたことに気付く。
誰も村人たちに挨拶をしろとは言っていない。
歓迎の言葉を伝える。ただそれだけのことだったのだ。
「あー……。ゴホン。失礼いたしました」
咳払いを行い、深呼吸をしながら思考を巡らせる。
やるべきことが分かったからか、伝えたい言葉が無尽蔵に浮かんできた。
それでもまずは、村の代表として言葉を伝えるべきだろう。
「スララン君、レイカさん、レン君。ようこそアマロ村へ。我々はあなた方を歓迎いたします」
自分で言っておきながら、鳥肌が立っていく感覚がある。
こういうことをするのは僕向きではないのかもしれない。
「この村に住むことに、希望だけでなく不安もあると思います。それは、我々の胸の内にもあります」
レイカたちが感じていた希望と不安。
それらは、アマロ村の村人たちも同じように感じている。
「自由にしゃべって、自由に行動してください。我々も、君たちと同じようにしゃべって、行動すると思います」
話さなければ、何も耳には入ってこない。動かなければ、何も目には入ってこない。
やってみなければ、なにも動き出さない。
「それらを繰り返し、たくさんの事を知ってください。たくさんの事を我々に教えてください」
知ろうとしなければ、教えてくれることはない。教えられなければ、知ることはできない。
知識を得、与えるには、動いてみないことには始まらない。
「その果てに、全ての不安を希望に変えていってください。それが我々の願いです」
レイカたちだけでなく、村人たちも無言で僕の話を聞いてくれていた。
伝えたい言葉はまだまだあるが、話をしすぎるのも冗長になってしまうだけ。
あと一つだけ伝えて、話を終わらせるとしよう。
「堅苦しい言葉はここまでにしましょう。……スララン、レイカ、レン。何か困ったことがあったら、いつでも、何でも言って。きっと、ここにいる人たち全員が協力してくれるから」
村人たちに向けて腕を広げる。
僕の言葉にうなずいてくれる人もいれば、自分の手を叩いてやる気をアピールする人もいるようだ。
「それでは最後に、皆でお互いに挨拶をしましょうか。僕だけがその言葉を言っても意味はないですからね」
ステージから飛び降りて村人たちの前に立つ。
そして、ナナも村長さんも手招きし、ステージ上にいる存在をスララン・レイカ・レンたちだけにする。
「ねえねえ! 何をするのかな?」
「ソラ坊の言葉に合わせて俺たちも同じ言葉を言うだけさ。大きな声で言うんだぞ?」
僕の行動に戸惑ったのか話し合う声が聞こえてきたが、すぐに静かになっていく。
何をしようとしているのか、ここにいる皆が理解してくれたようだ。
「それでは、僕の言葉に続いてくださいね。いきますよ~」
大きく息を吸い込みながら、レイカたちのこれからを想像する。
脳裏には、楽しそうに村人たちと交流する彼女たちの姿が浮かび上がった。
その光景を作り出せるよう、強く願いながら言葉を紡ぐ。
「これから……よろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
歓迎の言葉が終わり、歓迎会も閉会の時間へと向かっていく。
やがて空は暗くなり、月が浮かび上がる時間となるのだった。