「レンお兄ちゃん。このサンドウィッチ、鳥のお肉が美味しいよ。食べてみて!」
「うん、頂く」
「レイカお姉ちゃんも、私のママが作ったオムレツ食べてみて! フワフワで美味しいよ!」
「それは楽しみ! それじゃ、いただきまーす。……うん、すっごく美味しい!」
現在は満月祭のメインプログラムが行われる少し前の時間帯。
レイカとレン、それと村の子どもたちが集まっている場所には、祭り会場のあちこちから持ってきたと思われる料理たちが置かれている。
彼女たちは様々な会話をしながら、各家庭自慢の料理を味わっているのだ。
「歓迎会は大成功でしたな! レイカちゃんとレン君。それにスラランも加わって、これでしばらく村は安泰ですよ!」
お酒を飲んだことで酔いが進んだらしく、村長さんが赤い顔をしながら大笑いをしている。
僕とナナは、歓迎会に大きく関わった人たちの輪に混ざり、会食を楽しんでいた。
「さあ、村長! もっと飲んでくださいな! このためにあちこちから最高の酒を仕入れたんですからな!」
村長さんが手に持つコップに、これまた赤い顔をした大柄の男性がお酒を注ぐ。
彼は村の道具屋さん。恰幅の良い愉快なおじさんといった風体をしており、アマロ村産の果実酒を別の集落に売り込む、やり手の商人でもある。
今回彼は、歓迎会に必要な備品や道具を準備してくれていた。
「ソラ君とナナちゃんはもう酒を飲める歳だったっけ? あんたらも飲むかい?」
「いえ、僕が飲める歳になるにはもう少し必要ですね。いまは遠慮しておきます」
「私も同じです。すみませんが遠慮いたしますね」
僕とナナにお酒を勧めてきたのは共同食堂の女将さん。普段はお腹を空かせて食堂にやってきた人たちに、料理を作る元気な人でもある。
今回の彼女は食堂を貸し出してくれただけでなく、道具屋さんと協力して珍しい調味料や食材を用意してくれたそうだ。
「それにしても、異種族の子どもがこの村に住むことになるなんてなぁ。村が始まって初のことだろうな!」
ガッハッハと笑いながら、他の集落から取り寄せたお酒を飲む道具屋さん。
不安は既に消え去っているのか、お酒で陽気になっているだけなのか分かりにくい。
「ドラゴンと名の付く種族なのに、あんなに可愛らしい子たちなんてねぇ。意外とモンスターのドラゴンも可愛かったりするのかねぇ?」
女将さんは料理を楽しむ子どもたちを見つつ、地元の果実酒を口に含んでいた。
ドラゴンは僕たち人より遥かに巨大な風体をしていると聞くので、可愛いという感情は浮かばないような気がする。
幼体のドラゴンであれば可愛い可能性は十分にあるが。
「こうなると本当のドラゴンも見てみたくなるよな! ドラゴンの鱗は強力な素材としても使えるんだろ? いつか手にしてみたいぜ!」
「あんたがドラゴンに近づいても、ハムみたいに焼かれて食われちまうだけだろ」
道具屋さんの願望に、キツイ言葉を投げかける女将さん。
その言葉を聞き、道具屋さんは青い顔をして体を震わせていた。
「歓談中失礼。父さん、ユールを見ませんでしたか?」
歓談が続くなか、背の高い茶髪の男性がやって来た。
黒い眼鏡をかけており、インテリ風の容貌をしている。
「おお、ユールか? 確かスラランと出かけてくるとか言って、どこかに行ってしまったな。多分、料理を食べさせようとあちこちのテーブルを周っているんじゃないか?」
「そうか……。全く、元気に過ごせているのは分かっているものの……。父さんは寂しいよ……」
彼はユールさんのお父さん。復興から日の浅い集落の事務処理等を手伝いに行っているのだが、今日は満月祭ということで帰ってきたらしい。
あまり出会う機会が無く、どんな人なのか良く知らないのだが、子煩悩な一面もあるようだ。
「おっと、そういうことは別の機会にするとして……。ユールからの手紙で読んだぞ、ソラ君。あの子と協力してスライムたちの住処を作ってくれたんだって?」
寂しげな表情を浮かべていたユールさんのお父さんは、一転して笑顔を見せ、僕に声をかけてきた。
彼女を危険に巻き込みかけたわけなので、謝罪をしなければ。
「いやいや。あの子が自分からやると言い出したことなら、君たちに不満をこぼすのはお門違いさ。それよりも私は嬉しいんだよ」
「嬉しい――ですか? それはどうして……」
「君たちは昔のユールを知らないだろ? 幼い頃のあの子はかなり引っ込み思案な性格をしていてね。家の中にあるものすら許可なしには触ろうとしない、大人しい子だったんだ」
幼少期のことを聞かされ、現在のユールさんのイメージからあまりにもかけ離れていることに驚いてしまう。
いたずらをして家を飛び出したことがあると聞いていたので、お転婆な子ども時代を過ごしていたと思っていたのだが。
「あの時は、私も妻も肝を冷やしたな。簡単に言ってしまえば、私たちはあの子に甘えてしまっていたんだ。聞き分けがとてもいい子だと信じ込み、ほとんどあの子と遊んであげなかった。村の業務を優先していたんだ」
「なるほど、いたずらは寂しさの裏返しと……」
「大人しいはずのあの子がいたずらをしたことに驚いてしまってね、つい大声を出してしまった。その後は既に聞いているであろう顛末となるわけだが……。それ以来、自我を出すようになってね、いまではあんな子だよ」
苦笑しつつも、嬉しそうな表情を見せるユールさんのお父さん。
過去の彼女よりも現在の彼女の方が、父として接しがいがあるのかもしれない。
「本音を言えば、もっとあの子と共にいたいが、集落の復興も大事なことだからね。村を守り、あの子の笑顔を引き出せる君のような男がいれば安心だ。だがまあ、君にはナナ君がいるか……」
「え? それってどういう?」
「ふふ、気にするな。私たちは身を引くだけさ」
身を引くという言葉と、年長者たちがニヤニヤとこちらを見ていたことで、ユールさんのお父さんが何を言っているのか理解する。
隣に座っているナナに視線を向けると、彼女も顔を赤くしつつコップに口をつけていた。
「さて、邪魔をするのも悪いし、私は娘を探しに行くとしよう。ユール~! どこに居るんだ~い!?」
甘えたような声を出しながら、どこかへと去っていくユールさんのお父さん。
この親にして、と言ったところなのだろう。
「ふむ、そろそろ時間が来るようだね。村長、音頭を取らないとダメじゃないかい?」
「おや~? もうそんな時間ですか~。ヒック。まあ、皆さん勝手にやるから必要ないと思いますぞ~」
村長さんはすっかり酔っ払ってしまったらしく、ぐらりぐらりと頭を揺らしていた。
お酒を嗜む人ではあるが、ここまで酔い潰れている姿を見るのは初めてだ。
「村長がこんなに酔う姿、初めて見たね……。あんた、飲ませすぎたんじゃないかい!?」
「はぁ!? いや、確かに俺が酒を注いではいたが、例年と比べても全然飲ませてないぞ!?」
言い争いを始める道具屋さんと女将さん。
腰の治療で治癒力を消費したせいで、普段より酔いやすくなってしまった可能性がある。
僕から見ても量を飲んでいたようには思えなかったので、お酒による負担が平常時以上に高まっていたのだろう。
「無礼講とは言うものの、病み上がりに飲ませるもんじゃなかったね……。あんたは村長の看病をしてやんな。私はユールちゃんを探して声をかけてくるから」
「あいよ。ソラ坊とナナちゃんは、レイカちゃんたちの所に行ってやれ。村長のことは俺たちに任せてくれればいいからよ」
道具屋さんは村長さんの看病を始め、女将さんはユールさんを探しに席を立つ。
輪から外されてしまった僕たちは、言われた通りレイカたちの元へ向かうことにした。
道中、村人たちの様子を見ながら歩いていたが、皆一様に楽しそうにしている。
大声で笑ったり、踊っていたり。何かしらの不安を感じている人はいなさそうだ。
「みんな楽しそうだね」
「ですね。元々陽気な人たちが多い村ですけど、今日はいつも以上にそう感じます。新しい仲間たちを迎えようという気持ちが強いんでしょうね」
僕たちが初めて満月祭に参加した時もこうだったはずだが、よくは覚えていない。
歓迎してくれた村人たちに申し訳なさを抱くと同時に、余裕が出始めていることにも気づく。
心の痛みにより強く苛まれていた時ならば、このようなことは思わなかっただろう。
「今日だけでなく、これから先もこんな感じを続けられたらいいんだけど……」
「その心配は要らないと思いますよ。ほら、あそこ」
ナナが指さした先には、村の子どもたちと楽しそうに交流をしているレイカの姿があった。
工具を使って、何かを作っているようだが。
「やあ、楽しそうだね。何をしているんだい?」
「あ、ソラさん。みんなが白い石を拾ってきてくれたので、角付きのカチューシャを作っているんです。どうでしょうか?」
声をかけられたレイカは、作成途中のカチューシャを僕たちに見せてくれた。
赤いそれに白い石が付けられており、なかなか可愛らしいアクセサリーになっているように思える。
「うん、綺麗で可愛いと思う。上手に作れているんじゃないかな?」
「ちゃんと型を作ってから製作すれば、大人にも人気が出るかも……。それくらい、私から見ても魅力的なアクセサリーだと思うな」
僕たちの称賛を聞き、レイカは嬉しそうな笑顔を見せる。
そのまま彼女は仕上げに入り、完成した物を待ちわびていた少女に手渡した。
「はい、これでお揃いだね」
「わーい! ありがとう、レイカおねーちゃん!」
カチューシャを受け取った少女はすぐさま試着を始める。
その様子を、他の少女たちは羨望の眼差しで見つめていた。
「そろそろアレが始まるよ。みんなもパパとママの所に行っておいで」
「はーい! レイカおねーちゃん、カチューシャ作ってくれてありがとー!」
僕の言葉を聞き、少女たちは自分の家族の元へと向かって行った。
去っていく彼女たちの後ろ姿を見送った後、小さく息を吐いてからレイカに話しかける。
「楽しかったかい?」
「はい、とっても楽しかったです。大人の皆さんも親切でしたし、何より子どもたちが楽しそうで。その笑顔を見ていたら、私も楽しくなってきたんです」
レイカの笑顔には一点の曇りすらない。
心の底からお祭りを楽しめていたのは間違いないようだ。
「さて、後はレンたちと合流しなきゃなんだけど……。レンはどこに行ったか分かるかい?」
「レンなら村の男の子たちに誘われて遊んでいるはずです。ほら、あそこに」
レイカが指さした先では、少年たちがボールを投げ合う遊びをしていた。
照明がそこら中にあるとはいえ、夜中だというのにたいしたものだ。
あの子たちにも、もうすぐアレが始まることを伝えてこなければ。
「私が教えに行ってきますよ。ソラさんとレイカちゃんはスラランを探しに――行く必要はあるんでしょうか?」
「ユールさんと一緒にいるから問題はないだろうね。まあ、軽く探してくるよ」
ナナと別れ、レイカと共にユールさんを探す。
ところがなぜか、会場内で彼女の姿を見つけることはできなかった。
「おっかしいなぁ……。どこに行っちゃったんだろう?」
「何か事情があって、出かけちゃったのかもしれませんね……」
同じようにユールさんを探していた彼女の両親や、女将さんと出会ったのだが、ユールさんの姿を見たという人は誰もいなかった。
さすがにこれはおかしいと思い、不安になってきたその時。
「あれ~? 皆さん、お食事もされないでどうされたんですか?」
呑気な声と共に、スラランを頭に乗せたユールさんが歩みよってきた。
見つけられたことは一安心だが、こんなにも皆を心配させた人物の第一声として、これはどうなのだろうか。
「ユール! どこに行ってたんだい!? ずっと探していたんだよ!」
「村長が酔いつぶれちまってね。代わりに音頭を取ってもらおうとあんたを探してたんだよ。何してたんだい?」
ユールさんを探していた人物たちが口々に質問を投げかける。
それらを聞き、彼女は苦笑いを浮かべながら事情を説明した。
「あはは、すみません……。実は、スラランと一緒にお客さんを呼びに行ってたんですよ」
「お客さん? 有名人か何かを呼んでいたのかい?」
父からの質問に、大きく首を振って否定するユールさん。
それ以外にお客さんと言えそうな存在がいただろうか。
「む~……。ソラさんも分からないんですか? スライム同盟の間柄なのに、分からないなんてまだまだですね……」
「いや、スライム同盟に加盟した覚えは――って、そう言うことか。なるほどね」
スライム同盟という言葉で、やっとユールさんが言うお客さんの正体を理解できた。
確かに彼らも、この地域にやって来た新しい住民だ。
「そう言うことです! さあ、スララン! お客さんたちをお呼びして!」
ユールさんの指示を聞き、スラランは彼女の頭上で大きく飛び上がる。
すると各所の物陰や茂みから、たくさんのスライムたちが現れた。
「なんだいこのスライムたちは!? 襲って……来ない?」
「まさか、ユールの手紙にあったスライムたちなのかい!?」
彼らはこの地域に住むスライムたち。
スラランと共にユールさんがいなくなっていたのは、この子たちを誘導していたからだったようだ。
「この子たちは村の住人というわけではありませんが、この土地に住む新たな仲間たちなんです。なので、一緒にお祭りを楽しみたいなって思い、スラランから友達スライムを通じて集めてもらうように頼んでいたんです」
スラランはユールさんの頭の上から手の上に移動し、ぴょんぴょんと回転しながら飛び跳ねていた。
僕たちを驚かせることができて喜んでいるのだろうか。
「君がスラランを連れて散歩に行く時があったけど、そういう時に?」
「そうです! 友達スライムもちょくちょくこちらに戻ってきていたので、お願いするのは簡単でした!」
何でもないように言ってのけるユールさんだが、苦労をしていないはずがない。
それでも頑張ることができたのは、スライムを愛する心からなのか、村を愛する心からなのか。
「月もいい感じの位置に移動してきましたね。では、皆さーん! 酔いつぶれた祖父に代わり、ユールが音頭を取らせていただきます! アマロ湖に視線を向けてください!」
ユールさんの声が会場中に響き、皆の視線がアマロ湖に向けられる。
そのタイミングで、ナナがレンを連れて僕たちの元へとやって来た。
「お待たせしました。ちょうど良かったみたいですね」
「うわ……。スライムがいっぱい……」
スライムたちの姿を見て驚くレンと、特に気にした様子を見せずに僕の横に立つナナ。
二人が見せた表情が、この村の変化を表している気がした。
「ソラさんの言っていた、特別な光景ってこれから始まるんですよね?」
「そうだよ。とってもきれいな光景だから、楽しみにしてて」
レイカの肩に手を置くと、その瞬間をいまかいまかと待ちわびる彼女の気持ちが伝わってくる。
存在することを許された地で、見聞の旅が一つ進む。
いまこの瞬間こそ、彼女たちの旅の始まりだ。
「さあ、もうすぐですよー! 満月が湖に映るその瞬間を、目を離さずに待ちましょう!」
ユールさんが大きな声ではやし立てることで、姉弟の期待が大きく高まる。
何度も見たことがあるはずの僕も、二人と同じような気持ちになっていく。
満月は天上に輝き、ついにその瞬間を迎えた。
「わぁ……。すっごくきれい……」
「こんな景色、見たことない」
満月の光が差し込んだアマロ湖は、新参者たちを祝福するがごとく、一面黄金色に輝きだした。
その光景を見た人々は、再び騒ぎ出す。
満月祭は、湖の上から満月が消え去るまで続けられるのだった。