「二人とも、忘れ物はないかい?」
「私は大丈夫です」
「ウチも! 問題ないでーす!」
ウィートバードの調査を始めてから数日が経ち、必要となる情報を集め終えた僕たちは、海都へ戻ることにした。
向こうで調査資料をまとめ、提出及び報告をすれば調査任務は終了となる。
「村から出るまでは、あまり喋らないようにね? ポロっと口から出たのを誰かに聞かれるとまずいから」
「「はーい」」
レイカとミタマさんに注意をしつつ、各々荷物を背負って村の入り口へと向かう。
道中、農具を持って畑の方へと向かう人物を見かけた。
その足取りは、背負っている道具たち以上に重いように思える。
忍耐を心の中で願いつつ、歩む足を速めていく。
そのまま村の入り口を通り抜け、周囲に人がいないかを確認する。
「よし、もう喋ってもいいよ」
近くに人がいないことを確認できたため、レイカたちに喋ることを許可する。
すると二人は深呼吸をし、口を開閉し始めた。
「ハァ……。無言で村の外に出てくるのって、思ったよりも緊張するね……。ついつい息も止めちゃうよ……」
「感想とかで、絶対お喋りしてたもんね。喋れるのって、気持ちいいー!」
十分にも満たないことだというのに、少女たちは長時間会話を禁じられていたかのような表現をする。
初めての調査任務であること、友人になってからまだ日も浅いため、もっと話をしたいという気持ちが強くあるのだろう。
「さて、初めての調査任務はどうだったかな?」
「すっごく勉強になりました! 調査任務なので、地味なことばっかりなのかなって思ってたんですけど、そんなことはなかった。新しい発見がいっぱいでした!」
僕の質問に先に答えたのはミタマさんだった。
調査任務という名称から偏見があったようだが、それを打ち壊せたようで何よりだ。
「調査って本当に奥が深いんですね……。目的の事柄を知るだけでなく、様々な繋がりも知っていける。本当に、大切なことなんですね」
一方のレイカはと言うと、調査の大切さをさらに深く理解してくれた様子。
両者とも、今回の調査任務が有意義なものになったのであれば結構だ。
「グラノ村の人々や、ウィートバードたちから教えてもらったことを生かして、僕たちは問題解決に奔走しなくちゃいけない。次からが本番ってことは忘れないでね」
僕と言葉に、レイカとミタマさんが強くうなずく。
とはいえ、次の任務に僕たちが携わるかどうかは分からない。
他の任務に回され、グラノ村の問題解決に直接関与できない可能性は十分にあるからだ。
森で出会ったロストル君とアーラちゃんの喜ぶ顔を見たいが、こればっかりはどうしようもない。
「ソラさん。私たちがウィートバードの住処を探した……。ロストル君と、アーラちゃんに初めて会った日のことですね。あの日のことで聞きたかったことがあるんですけど……」
「もちろんかまわないけど……。グラノ村にいた数日間に聞いてくれてもよかったのに」
僕の返答に、レイカは照れ臭そうに笑っていた。
何か聞きにくい理由でもあったのだろうか。
「ああ、いえ。どうしてそんなことをしたのか、私も考えてみようと思ってたんです。でも、思いつかなくて……。アーラちゃんに選択肢を与えたあの時、なんで正体をバラしたんですか?」
「正体をバラした理由か……。あれは希望を与えたかったからだよ」
「希望……? 期待感は上げたくないんじゃ……?」
期待感を上げたくないというのは本当のこと。
利益も多々あるが、準備ができていない現状では面倒事へと繋がりかねない。
「あの子たちは、自分たちがやってしまったことへの責任を取ろうとしていたんだ。でも、どうすればいいのか分からなかった」
ウィートバードの世話をしているうちに数が殖え、グラノ村に影響を及ぼしてしまった。
どこかに連れて行くにしても、子どもだけではどうすることもできず、ましてや命を奪うことなどさらにできるわけがない。
「村の大人にも相談できなかったみたいだしね。実際の所、相当参っていたみたいだし」
ウィートバードたちの喧嘩を見て悲しい表情を浮かべていたこと、僕の提案に、最初は拒絶しながらも耳を傾けてくれたこと。
それらが、あの子たちが苦しんでいた何よりの証拠だろう。
「だから、少しでも楽にしてあげたかった。すごい人が助けてくれると思えば、元気になれるでしょ?」
子どもたちが苦しんでいれば、いずれ大人たちもそれに気付く。
大人たちは子どもたちを苦しめていたことに気付き、それに気付いてしまった子どもたちはさらに深く苦しんでしまう。
負の螺旋に陥れば、次第に人は仲間を傷つけ、自らを傷つけてしまうものだ。
「必ずしも教えることが正しいとは限らない。でも、時に分かりやすく希望になることも、魔法剣士の役目さ」
「私たちが希望……。頑張らないと!」
「だね! ウチらの力で、必ず解決に導こう!」
レイカたちは希望という言葉にプレッシャーを抱くどころか、むしろやる気を出してくれた。
この二人であれば、これからの任務もこなしていけるだろう。
不安視をする必要は、もうなさそうだ。
「さあ、海都へ帰ろう。君たちの評価もしないといけないからね」
「そういえばすっかり忘れてました! ソラさん、良い点をつけてくださいね!」
喜びながら僕の後を付いてくるミタマさん。
そんな彼女とは逆に、レイカは足を止めて別の方向に顔を向けていた。
「海都へ戻るための客車乗り場はそっちじゃありませんよ。寄り道でもするんですか?」
視線の先には、客車の停留所がある。
僕が進もうとしている方向には街道しかないので、教えようとしてくれたのだろう。
「ちゃんと宿屋で休めはしましたけど、あちこち動き回って疲労はあるはずですよね……。ソラさん。何か予定があるのかもしれませんが、寄り道しないで帰りましょうよ」
「いや、寄り道なんかするつもりはないよ。まっすぐ海都へ帰る予定さ」
ミタマさんの提案にも歩みを止めず、街道へと向かう。
まっすぐ、まっすぐに。ただひたすらにこの街道を進む。
「まさか、歩いて海都に行くつもりですか……?」
「え!?」
動揺する声に振り返ると、少女たちは顔を青くして僕のことを見つめていた。
僕は底意地の悪い笑みを浮かべ、こう口にする。
「そう、歩いて海都まで戻るのさ。調査にしろ、討伐にしろ、必ずしも迎えが来る場所に行くとは限らないからね! 行軍の練習も大切だよ!」
「「ええーー!!?」」
レイカとミタマさんの悲鳴が草原に響き渡る。
僕も初めて調査任務を受けた時は、彼女たちと同じように不満を上げたはずだ。
「グラノ村に来た時はお昼前についたし、暗くなる前には必ず到着するさ。さあ、行くよ!」
「そんなぁー!?」
「歩いて帰りたくないー!!」
大きく笑いながら文句を聞き流し、街道を歩いていく。
帰還中、二人はずっとぶつぶつと言い続けていたが、僕たちは何事もなく海都へたどり着くことができるのだった。