「ウィートバードの姿を詳しく調べてみようなんて、一度も思わなかったな……。ほぼ毎日見てるし。でも、こうやってじっくり見てみるのも面白いな!」
「ふふ、そうでしょ。それじゃあ今度は、姿の特徴を調べていこっか。背中側は茶色い……。お腹側は白くて、毛が黒い部分もあるね」
ウィートバードの容姿を調べ、メモに記入しているレイカとロストル君。
普段から見ているからこそ、気付かないものは意外と多い。
良く知っている場所でも時々立ち止まって観察してみると、違った姿を見つけられることはままあるものだ。
「この子たちは、くちばしで突っついたりしないの?」
「ときどき! でも、こわがらせたりしなければ、そんなことしないよ!」
ミタマさんは、アーラちゃんにウィートバードのことを質問している。
ロストル君よりも、アーラちゃんの方がウィートバードについて詳しいらしく、生態について様々な情報を教えてくれるのだ。
「教えてもらった通り、静かに近づけば逃げて行くことはない。でも、一定以上近寄るとさすがに警戒されちゃうか……」
僕は四人から少し離れた場所で、教わったことを実践していた。
近づき方や触れ合い方が分かれば、捕獲するとなっても有効活用できるはずだ。
「あの子たちは、本心からウィートバードのことを知りたいと思ってるのになぁ……」
ロストル君とアーラちゃんは当然として、レイカもミタマさんも楽しそうにウィートバードの観察を行っている。
自分一人だけがあの子たちとは違う方向を見ていることに、寂しさを感じてしまう。
いざとなれば、僕はウィートバードたちを退治することも考えていたので、純真に彼らのことを知ろうと考えている子どもたちが羨ましく思えたのだ。
「傷つけるのは、やっぱりなしだね」
動かないでいると、ウィートバードたちが体の各部に止まってくる。
肩の上で毛繕いをするもの、頭の上で僕の髪を引き抜こうとするもの。
こんなにも人と近い存在の命を、奪う気にはとてもなれない。
「となると、どこかに連れて行くしかないけど……」
音を立てないようにゆっくりと周囲を見渡すと、そこら中にウィートバードたちの姿がある。
羽を伸ばして日光浴をしたり、巣に入って眠たそうにしていたり。
とても愛くるしい姿だ。
「連れて行く場所を考えないといけないな……。候補地の環境を調べる必要もあるし、しばらく様子を見続けないといけない。同じように穀物を生産している村に移住させるとかの案はあるけど、受け入れてくれるかどうか……」
腕を組みながら対処法について考えを巡らせていると、突然、ウィートバードたちがけたたましく鳴きだした。
ここまで大きな声は聞いたことがなかったため、驚きながらそちらに顔を向ける。
二匹のウィートバードが大きく翼を羽ばたかせ、お互いの体をくちばしで突き合っていたのだ。
アーラちゃんが間に入って喧嘩と思われる行動を止めるものの、それに驚いたのか、二匹はどこかに飛んで行ってしまった。
「ウィートバードたち、ずっと喧嘩してばっかりなんだ」
喧嘩を止めたものの、落ち込んでしまうアーラちゃんに変わり、ロストル君が口を開く。
もしや、ウィートバードが増えてきた辺りから、こういった出来事が増えているのではないだろうか。
「去年のいまぐらいから喧嘩が増えだしたんだ。最初はなんで喧嘩するのか分からなかったけど……」
ロストル君の視線が、近くにある巣に向けられる。
その中には一匹だけでなく、複数のウィートバードたちが窮屈そうに座っていた。
「この子たちも、仲間が増えてしまったことに困っているのかもしれないね……」
他の巣にも視線を向けてみると、ほとんどの物に多数のウィートバードが座り込んでいる。
生息数が一気に増えたことが、喧嘩の原因となる可能性はありそうだ。
「ウィートバードさんたちも、ケガしたらいたいんだよね……?」
アーラちゃんはしゃがみ込み、最も近くにいるウィートバードに向けて手を伸ばす。
それに気付いたウィートバードもまた、彼女の手に向かってゆっくりと近づいていく。
「こうやっておててをのばしていると、あたまをぶつけてきてくれるの。なでてって、言ってるみたい……」
ウィートバードは言葉通りの行為をし、気持ちよさそうに撫でられていた。
「あたし、けんかしてるのみたくない……。あたしたちがおせわをはじめたときの、仲良しさんにもどってほしいな……」
アーラちゃんの想いを聞き、僕は質問をしてみようと考えた。
この中で誰よりもウィートバードたちを知っている、小さな女の子に。
「ねぇ、アーラちゃん。もし、お兄ちゃんたちがウィートバードさんたちをどこかに連れて行くって言ったら、君はうなずいてくれるかな?」
「え……。やだ! あたし、ウィートバードさんたちとずっといっしょにいたい! つれてかないで!」
僕の言葉は、強く拒絶されてしまった。
首を大きく振り、悲しそうな表情で僕を見つめている。
「ここにいる子たちみんなを連れて行くわけじゃないんだ。前と同じくらいの数はちゃんと残す。ダメかい?」
言葉を訂正してなだめるも、警戒を解く様子はない。
こちらを見ようともせず、そっぽを向かれてしまった。
「にぃちゃん。コイツは、ウィートバードたちを世話しようと自分から言い出したんだ」
「なるほどね……。だから、こんなに拒絶するんだ……」
誰かに世話を頼まれたのであれば、拒絶をされてももう少し穏やかだったはず。
自らの意思で今日まで続けてきたからこそ、その繋がりは断ち切りがたいほどに強固なものとなっているのだろう。
「助けるための方法があるんだよな? オレが代わりに聞くよ」
「ありがとう、ロストル君。でも、それじゃダメなんだ」
これは僕の提案であり、僕の言葉で子どもたちから許可を貰わなくてはならない。
誰かに代わってもらったとしても、僕の想いが伝わることはないのだから。
「ごめんね、急に連れて行くなんて言って。僕には、それしかウィートバードたちを助ける方法を思いつけなかったんだ」
「……!」
助けるという言葉に、アーラちゃんは小さく反応を示してくれた。
「僕もこの子たちをこの場に残してあげたい。ここはこの子たちが産まれた場所だし、ここで暮らし続けることはとっても幸せなことのはずだからね」
「だったら……。だったら……!」
いまにも泣きだしそうな表情と、嗚咽が混じった声が僕にぶつかる。
ウィートバードたちを助けたいと思っているからこそ、アーラちゃんはこうして悩み苦しんでいる。
だからこそ、この先の未来をきちんと伝えなければ。
「でも、このままにしておけば、この子たちは喧嘩をしちゃう。ケガをしちゃう子が必ず出てくる。もしかしたら動けなくなったり、お空を飛べなくなったりする子も出てくるかもしれないんだ」
「……! そんなのヤダ!!」
頭が激しく振られ、瞳に溜まった涙が散っていく。
「だから、この子たちにはお引越しをしてもらおうと思うんだ。同じように住みやすい場所へ、ご飯もちゃんとある場所に……ね」
「でも、それじゃ、あえなくなっちゃう……!」
心を通わせた存在と離れ離れになることは、大人でも辛いこと。
まだ幼い子どもでは、身を引き裂かれるほどの痛みとなるはずだ。
「君は、ウィートバードのどこが好き?」
「ちっちゃいのに、げんきにおそらをとぶところ……」
「そっか……。こんなに可愛い子たちが元気にお空を飛んでる姿、すごいよね」
「……おにいちゃんも、ウィートバードさんのこと、すきなの?」
アーラちゃんの質問に、コクリとうなずく。
一匹一匹はか弱い存在だが、集団で空を飛んでいる姿は堂々としたものがある。
僕がウィートバードたちを傷つけたくないと思った理由の一つに、彼らのその姿に惹かれたからというものがあるのかもしれない。
「僕は、この子たちにいろんなお空を飛ばさせてあげたい。そこで飛んでる姿を見てみたいと思っているんだ」
「いろんな、おそら……?」
「グラノ村と、この森のお空だけじゃない。他の村や街、草原や山のお空を。あちこちを飛んでるウィートバードたちの姿、見てみたくはないかい?」
「みたい……けど……」
自身の心に浮かび上がってきた想いに、動揺をし始めたようだ。
いきなり色々言っても、混乱させてしまうだけ。
いまは、複数の道があることだけを教えるにとどめよう。
「答えはいま出さなくていいよ。お家でご飯を食べる時とかに考えてみて。ロストル君ともいっぱい話して、君の答えが出たらおにいちゃんたちにも教えて欲しいな」
「あたしの……こたえ……?」
コクリとうなずきつつ、メモとペンを取りだす。
それに素早く文字を書き込み、切り離してからアーラちゃんの手に乗せる。
「ウィートバードさんたちのどんな姿が見たいか決まったら、ここにお手紙を送ってくれるかい? そしたらきっと、僕たちの内の誰かが君たちに会いに行くから」
「う、うん……。えっと、かいとポルト……まほー?」
メモに書かれている文字が読めなかったらしく、アーラちゃんは疑問符を頭に浮かべる。
助け舟を出そうとしたのか、ロストル君が近寄って来て彼女が持っている紙を覗き込む。
「どれどれ……。海都ポルトの――魔法剣士ギルド!? もしかして、にぃちゃんたちは魔法剣士なのか!?」
ロストル君は大きく驚いたようで、紙と僕の顔とを交互に見つめていた。
アーラちゃんは、何のことだか分かっていないようだ。
「そう、僕たちは魔法剣士。グラノ村の問題を知るためにやって来たんだよ」
ゆっくりと立ち上がり、子どもたちに笑顔を見せる。
「ここまでよく頑張ったね、二人とも。あとは魔法剣士にお任せください」
これが僕たち、魔法剣士のお仕事だ。
===================
ウィートバード 鳥系 小鳥族
体長 標準 約 0.1メール 最大 約 0.2メール
体重 標準 約 0.2キロム 最大 約 0.4キロム
弱点 風・雷
生息地 森林地帯および人の住む集落周辺
空を集団で飛行する、小型の鳥型モンスター。
一匹一匹は非常に小さく可愛らしい姿をしているが、集団で空を飛行する姿はなかなかに迫力がある。
穀物と虫を好む食性があるため、各種穀物の収穫時期には畑を荒らしてしまう害鳥とみなされるが、それ以外の時期であれば葉に付いた虫を食べてくれる、益鳥としての側面も。
飼育をし、行動をコントロールすることで、劇的に生活水準を高めた集落も存在し、人の暮らしに密接に関わるモンスターとみなされている。
大きな音を出しながら近づく存在には逃げていくことが多いが、巣がそばにある場所では可能な限り音は出さない方が良い。
家族や仲間を守るため、小さいながら果敢にくちばしで突っついてくるからだ。
====================