「なんでウチらが、掃除をする羽目にあっているんですか?」
「文句は後で聞きますので……」
子どもに見つかった後、僕たちは森の広場で木の葉を拾うなどの清掃活動を行っていた。
背後からは、ミタマさんの失意を抱いた視線が突き刺さってくる。
僕が犯したミスにより、大なり小なり幻滅させてしまったようだ。
「おーい! 手が止まってるぞ、にぃちゃん! ねぇちゃん!」
「「……はーい」」
背後から子どもの声が聞こえてくる。
振り返ると、茶髪の男の子が木を登っていく姿が。
彼が森で出会い、追いかけていた子どもだ。
「フードのおねえちゃん! とりさんのおうち、キレイになった?」
「う、うん。綺麗にはなったと思うけど……。これでいいのかな?」
会話が聞こえてきた方向に顔を向けると、少年と同じ髪色の幼い女の子が木上を見つめている。
彼女は少年よりもさらに幼いようだ。
「ありがと! あたしちっちゃいし、木のぼりできないから、おそうじできなくてこまってたんだ! 中に入ってたのはあたしにちょーだい!」
「はーい。よいしょっと……。これが中にあったものだよ」
木の上に登っていたレイカが、何かを手に持って下りてくる。
ゴミや羽根くらいしかないように見えるが、少女は嬉しそうにそれらを受け取っていた。
「わーい! おうちのざいりょうになりそうなのはあるかなぁ? おねえちゃんもいっしょにさがそうよ!」
「私も? うん、分かった」
お家の材料ということは、ここにあるウィートバードの巣たちは少年と少女が作った物なのだろうか。
広場をぐるりと見渡すと、あちこちに手作りと思われる巣が置かれている。
形は不揃いの物が多いが、中に抜け落ちた羽根が存在しているところを見るに、ウィートバードはこれらを住処にしているようだ。
「君たちが、ここにある巣を作ったのかい?」
「うん。ウィートバードが作る巣を真似して作ってみたんだ。結構人気があるんだぜ!」
言いながら、少年が木の上から飛び下りてきた。
レイカが何かを持って地上に戻ってきたように、彼もまた何かを手に持っているようだ。
「ウィートバードたちが巣作りのために色々集めてくるんだけど、中には危ないものがまざりこむことがあるんだ。ほら、これとか」
少年はこちらに歩み寄り、僕の手のひらの上に何かを置く。
まじまじと見つめてみると、それは先端が鋭く尖った金属片だった。
「なるほど。ウィートバードたちがケガをしないよう、掃除をしてるんだね! 偉いじゃない!」
「へへ! こんなの大したことじゃないって!」
ミタマさんの誉め言葉に、少年は照れ臭そうに笑みを浮かべた。
子どもたちの様子からだけでも、グラノ村がウィートバードと共生していることがよくわかる。
「でも、それだと僕たちから逃げようとした理由がよく分からないな。掃除をするのならいいことじゃないか。逃げる必要、ないよね?」
僕の質問に、少年は困ったような顔を向けてきた。
何かしら話しにくい理由があるのだろうか。
「にぃちゃんたちのおかげで掃除も早く終わったし、知りたければ教えるよ。でも、村の大人たちには内緒だからな! 別の所から来たって話、信じるからな!」
「う、うん。それは大丈夫だよ」
有無を言わさぬ気迫に気圧される。
子どもたちにとって、よっぽどの事情があるようだ。
「じゃあ、言うよ。オレがにぃちゃんたちから逃げた理由はね、ウィートバードが増えたことと関係があるんだ」
少年は一旦会話を区切り、深呼吸をしてから言葉を紡いでいく。
「オレたちが作った巣はウィートバードに人気があるって言っただろ? そこまでは良かったんだ。でも、アイツらはたくさん卵を産んで……」
「想像以上に殖えて、村に影響が出始めちゃったと……」
僕の言葉に、少年はうつむいてしまった。
良かれと思ってやったことが、結果的に不利に働くことはいくらでもある。
今回の場合は村の存続に関わる事態にまで至ってしまったので、大人への相談が余計にし辛くなってしまったのだろう。
「ロストルくんがわるいんじゃないよ! あたしが、ウィートバードさんのおうちをつくろうっていいだしたから……」
レイカと話していたはずの少女が、いつの間にか僕たちのそばにやって来ていた。
彼女は服の裾を強く握り、瞳に涙を浮かべながら僕の顔を見上げている。
「大丈夫。僕たちも君たちが悪いなんてこれっぽっちも思ってない。ほんとだよ?」
「……」
声をかけたものの、少女はうつむいて泣き出しそうになってしまう。
その様子を見て、慌てた様子でロストル君と呼ばれた少年が声をあげた。
「お、オレとアーラの話はこんな所! そろそろウィートバードが帰ってくる時間だし、掃除も終わり! にぃちゃんたちのやりたいことをやったら?」
ロストル君はアーラと呼んだ少女を連れ、僕たちから離れたところに移動していった。
どうやら、彼女のことを泣き止ませようとしているようだ。
「ソラさん、どう見ますか?」
「結構ややこしい問題だね……。子どもたちは、自分たちのせいで村が困っていると考えてしまっている。確かにその通りなのかもしれないけど……」
遠方から聞こえてきた羽ばたき音に振り返ると、空に黒い雲が浮かんでいるのが見えた。
グラノ村の小麦畑で見た、ウィートバードの大群だ。
「ソラさん。あの子たちにも調査を手伝ってもらうのはどうでしょう?」
「調査を? 確かに君の言うことは最もだけど、まだ早い気もするなぁ……」
ミタマさんの提案に、僕は難色を示す。
まだ調査段階のため、あまり部外者を巻き込みたくないのだが。
「……いや、あの子たちも行動をした方が、罪悪感に押しつぶされずに済むかもしれないね。協力を取り付けてみようか」
子どもたちは、自らの行動によって起きてしまった事象に悩んでいる。
ならば一筋でも解決法を見いだせれば、彼らの心も晴れるかもしれない。
「ねえ、ロストル君とアーラちゃん……だっけ? 君たちも、ウィートバードのことを調べてみないかい?」
「調べる……? まさか、体をバラバラにするんじゃ――」
「しない、しない! あくまで観察するだけだから! アーラちゃんも、怯えた顔で僕を見つめないで!」
説明を省いてしまった僕が悪いのだが、そんなにウィートバードたちを退治しに来たように見えるのだろうか。
「……本当に、アイツらをやっつけるためじゃないんだよな? 観察するだけなんだよな?」
「うん、そんなことしないよ。僕たちは、ウィートバードのことを知りに来ただけなんだから。で、どうかな?」
僕の質問に、二人は顔を見合わせ悩みだす。
しばらくしてアーラちゃんが意を決したように強くうなずき、その場で飛び跳ねながら右腕を空へと高く伸ばした。
「ウィートバードさんのことなら、あたしもお手伝いしたい!」
「アーラ……。分かった、オレも手伝うよ。ちゃんと掃除も手伝ってくれたし、疑っちゃったお詫びってことで!」
二人の表情を見て、この子たちも問題を解決するつもりがあることを理解する。
幼くとも、自分たちの行いに対する責任を取ろうとしているのだろう。
「分かった。じゃあ、みんなでやってみようか。君たちは、ウィートバードを連れてきてくれるかい?」
子どもたちは大きくうなずくと、地面に降りてきたウィートバードたちの元へと向かって行った。
僕たちも、本来の仕事を始めるとしよう。