目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

少女たちの関係

「日が沈むまでにはまだまだ時間があるけど、のんびりはしていられないね」

「でも、焦らず慎重に、だよね。ソラさんが見てくれているからって、無茶な行動はとらないようにしないと」

 僕の前を、レイカとミタマさんが元気に歩いている。


 話し合いの結果、僕たちは森の探索を続行することにしていた。


「でもまさか、こんな森の中で話し合いをすることになるとは思わなかったな~」

「喧嘩するよりは有意義だと思うよ」

「あははは……。そ、そうかもしれませんね……」

 僕の反論に、レイカとミタマさんは苦笑を浮かべ合っていた。


 言い争いをしてしまい、それを止められてしまったのだから、バツが悪くなる気持ちは分かる。


「ふぅ……。ソラさんが止めてくれなければ、私は一人で森の中に入っていったかもしれないんですよね……。止めていただき、ありがとうございました」

「ウチも! ウチも一人で森から出ようとしたはず! ソラさん、本当にありがとうございます!」

 レイカの感謝に負けまいと、ミタマさんも大きな声で感謝をしてくれる。


 そして、お互いの行動に思うことがあったのか、二人は顔を見合わせてから言葉を発した。


「レイカちゃんが、誰かのためにあそこまで大声を出せる子だとは思わなかった! ゴメンね、さっきは変なこと言っちゃて……」

「ううん! 先に悪口を言っちゃったのは私だし……。私の方こそごめんなさい! 私も、ミタマちゃんの冷静さを見習わなきゃ!」

 謝罪し合った少女たちは、今度は朗らかに笑い合う。


 己の意見をぶつけ合っただけでなく、きちんと謝ることもできている。

 きっと、ミタマさんであれば――


「ミタマさん、ちょっといいかい?」

「はい、なんでしょうか?」

 ミタマさんだけを手招きして呼び寄せ、レイカに聞こえないような小声で話をする。


「レイカとぶつかってくれてありがとうね」

「ぶつかる……。さっきの喧嘩のことですか? どう考えても感謝されるようなことじゃないと思うんですけど……」

 ミタマさんは、僕に訝しむような視線を向けていた。


 口喧嘩を止められたのに、むしろ推奨されるようなことを言われ戸惑ったのだろう。

 僕たちが話をしている間を利用し、周囲の警戒を始めたレイカの後ろ姿を見ながら会話を続ける。


「あの子には、本音を言い合える人がまだいないんだ」

「本音を……。でも、あの子の家族なんですよね? ソラさんが聞いてあげればいいんじゃないんですか?」

 確かに、レイカを守るだけでなく、彼女の悩みを聞いてあげるのも家族である僕の役目だ。


 そのうちの一つをミタマさんに押し付けるつもりはない。


「僕たちが子どもの頃からの付き合いだったとしても、僕は兄のようなもので、レイカは妹のようなもの。対等な関係じゃないんだ。魔法剣士の先輩でもあるわけだしね」

 例え幼なじみであることが正しかったとしても、僕とレイカは離れていた期間が長い。


 既に喧嘩ができるほどの関係ではないのだ。


「いくら僕に心を許してくれていても、言いにくいことはいっぱいある。でも、同年代の女の子で、同じ魔法剣士である君の方が、話をしやすいことはあると思うんだ」

 いつまでも僕とレイカが共にいることはあり得ない。


 ミタマさんには、彼女と共に歩む人物になってほしいのだ。


「レイカちゃんの本音を聞けるのは、ウチだけ……。なんか、嬉しいかも!」

 ミタマさんの表情が柔らかいものになっていく。


 普段から朗らかな子だが、この笑顔は見たことがない。


「分かりました! ウチがレイカちゃんのこと、ちゃんと見ておきます! あの子は放っておいたら、一人でどんどん行っちゃいそうですし!」

「ふふ……。それじゃ、よろしく頼むね」

 話が終わると、ミタマさんはレイカの元へと駆けていく。


 そのまま二人は、辺りへの警戒をしながら森の奥へと歩みを進める。

 彼女たちのその姿を微笑ましく思いつつ、僕も後を追いかけようとすると。


「……あれ? これって足跡かな?」

「ほんとだ。この大きさだと、多分さっきの子どもだね」

 二人は何かしらの痕跡を見つけたらしく、しゃがみ込んで地面を調べだした。


 急いで彼女たちの元へと歩みより、上から覗き込む。

 確かに、子どものものと思われる小さな足跡が地面に残っていた。


「歩幅は小さいね……。追いかけてきてないと判断して、歩き出したのかな?」

「まだ新しいみたいだし、近くにいるのかもね?」

 二人は意見を交わしながら状況判断をしている。


 もう、僕があれこれ言い出す必要はなさそうだ。


「もしかしたらだけど、走るのをやめたのは巣が近いからじゃない?」

「そういえば、畑にやって来たウィートバードたちを見て、農家さんたちは離れてたね。音とかの刺激で逃げちゃうのかも」

 少女たちの判断は恐らく正解だ。


 ウィートバードたちがやって来たところで何も警戒をされないのであれば、農家の方々がいちいち畑から離れる必要はない。

 そのまま畑での作業を続けていればいいのだから。


「とすると、ここからは足跡を追いながら慎重に行動……だね」

「音を立てないように気をつけないと……。ちょっと、ドキドキするかも」

 防音魔法を使うことも考えたが、止めておくことにした。


 音が拾えなくなるということもあるが、なによりレイカたちは自分で考えて行動しようとしている。

 危険があれば手を貸すが、それ以外は見守るだけでよいだろう。


 子どもの痕跡を追い、僕たちは森の奥へと進んでいく。

 ぬかるんだ道を、木々の根を踏み越えながらしばらく歩いていると。


「あれ? なんか聞こえない?」

 ミタマさんが耳に手を当て、周囲の様子を探り出す。


 僕とレイカも彼女に習い、耳をそば立てると。


「うん、確かに聞こえる。チュピチュピって音。ウィートバードの声っぽいね」

 僕の耳にも、その音は確かに聞こえてくる。


 畑でも聞いた、ウィートバードの鳴き声で間違いないだろう。


「よし、ここからは話をするのも禁止。近寄って様子を探ってみよう」

 レイカとミタマさんは黙ってうなずくと、音が聞こえる方角に静かに歩き出す。


 歩みを進めるたび、音が大きくなっていく。

 すると、音に混じって人の声らしきものも聞こえてくる。


「――いな。――に見られたら……」

「そう――でも――」

 追いかけていた子どもの声だろうか? 別の声も聞こえてくるので、少なくとも二人いるようだが。


 息を潜めながらさらに歩いていくと、薄暗い木々の切れ目から光が零れだした。

 あの先は木が生えていない、森の広場になっているのかもしれない。


「チュンチュン!!」

「んあ?」

 ウィートバードの大きな声が聞こえるのと同時に、頭の上に何かが乗る気配を感じた。


 そして、その何かは僕の髪の毛を一本掴むと――


「い、痛たた!?」

 反射的に右手で頭を払う。


 すると頭の上から重さがなくなったが、代わりにプチッという音と共にさらなる痛みが頭部に走った。


「うがっ……。てて……。髪の毛が……」

 気を取り直しながら頭をさすっていると、毛を咥えた鳥が飛び去っていく様子が見えた。


 どうやら、頭を払った拍子に髪の毛を抜き取られてしまったようだ。


「いまのこえ、なぁに?」

「まさか、さっき見かけた奴らじゃ!?」

 動揺した様子の子どもたちの声が聞こえてくる。


 僕が騒いだせいで、バレてしまったようだ。


「ソラさん……」

「やっちゃいましたね……」

 レイカとミタマさんが、幻滅したような視線を僕に向けてくる。


 まさか、僕が彼女たちの邪魔をしてしまうとは。

 先輩としての威厳が無くなりかけていることに、少しだけうなだれる。


「声が聞こえてきたのは……こっちか?」

 草をかき分ける音がこちらに向かってくる。


 この場から逃げたいという思いに駆られるもそれを飲み込み、光に向かって自ら歩き出す。


「ああー!? やっぱり!」

「や、やぁ……。見つかっちゃったね……」

 お互いの間に、気まずい空気が流れるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?