「日が沈むまでにはまだまだ時間があるけど、のんびりはしていられないね」
「でも、焦らず慎重に、だよね。ソラさんが見てくれているからって、無茶な行動はとらないようにしないと」
僕の前を、レイカとミタマさんが元気に歩いている。
話し合いの結果、僕たちは森の探索を続行することにしていた。
「でもまさか、こんな森の中で話し合いをすることになるとは思わなかったな~」
「喧嘩するよりは有意義だと思うよ」
「あははは……。そ、そうかもしれませんね……」
僕の反論に、レイカとミタマさんは苦笑を浮かべ合っていた。
言い争いをしてしまい、それを止められてしまったのだから、バツが悪くなる気持ちは分かる。
「ふぅ……。ソラさんが止めてくれなければ、私は一人で森の中に入っていったかもしれないんですよね……。止めていただき、ありがとうございました」
「ウチも! ウチも一人で森から出ようとしたはず! ソラさん、本当にありがとうございます!」
レイカの感謝に負けまいと、ミタマさんも大きな声で感謝をしてくれる。
そして、お互いの行動に思うことがあったのか、二人は顔を見合わせてから言葉を発した。
「レイカちゃんが、誰かのためにあそこまで大声を出せる子だとは思わなかった! ゴメンね、さっきは変なこと言っちゃて……」
「ううん! 先に悪口を言っちゃったのは私だし……。私の方こそごめんなさい! 私も、ミタマちゃんの冷静さを見習わなきゃ!」
謝罪し合った少女たちは、今度は朗らかに笑い合う。
己の意見をぶつけ合っただけでなく、きちんと謝ることもできている。
きっと、ミタマさんであれば――
「ミタマさん、ちょっといいかい?」
「はい、なんでしょうか?」
ミタマさんだけを手招きして呼び寄せ、レイカに聞こえないような小声で話をする。
「レイカとぶつかってくれてありがとうね」
「ぶつかる……。さっきの喧嘩のことですか? どう考えても感謝されるようなことじゃないと思うんですけど……」
ミタマさんは、僕に訝しむような視線を向けていた。
口喧嘩を止められたのに、むしろ推奨されるようなことを言われ戸惑ったのだろう。
僕たちが話をしている間を利用し、周囲の警戒を始めたレイカの後ろ姿を見ながら会話を続ける。
「あの子には、本音を言い合える人がまだいないんだ」
「本音を……。でも、あの子の家族なんですよね? ソラさんが聞いてあげればいいんじゃないんですか?」
確かに、レイカを守るだけでなく、彼女の悩みを聞いてあげるのも家族である僕の役目だ。
そのうちの一つをミタマさんに押し付けるつもりはない。
「僕たちが子どもの頃からの付き合いだったとしても、僕は兄のようなもので、レイカは妹のようなもの。対等な関係じゃないんだ。魔法剣士の先輩でもあるわけだしね」
例え幼なじみであることが正しかったとしても、僕とレイカは離れていた期間が長い。
既に喧嘩ができるほどの関係ではないのだ。
「いくら僕に心を許してくれていても、言いにくいことはいっぱいある。でも、同年代の女の子で、同じ魔法剣士である君の方が、話をしやすいことはあると思うんだ」
いつまでも僕とレイカが共にいることはあり得ない。
ミタマさんには、彼女と共に歩む人物になってほしいのだ。
「レイカちゃんの本音を聞けるのは、ウチだけ……。なんか、嬉しいかも!」
ミタマさんの表情が柔らかいものになっていく。
普段から朗らかな子だが、この笑顔は見たことがない。
「分かりました! ウチがレイカちゃんのこと、ちゃんと見ておきます! あの子は放っておいたら、一人でどんどん行っちゃいそうですし!」
「ふふ……。それじゃ、よろしく頼むね」
話が終わると、ミタマさんはレイカの元へと駆けていく。
そのまま二人は、辺りへの警戒をしながら森の奥へと歩みを進める。
彼女たちのその姿を微笑ましく思いつつ、僕も後を追いかけようとすると。
「……あれ? これって足跡かな?」
「ほんとだ。この大きさだと、多分さっきの子どもだね」
二人は何かしらの痕跡を見つけたらしく、しゃがみ込んで地面を調べだした。
急いで彼女たちの元へと歩みより、上から覗き込む。
確かに、子どものものと思われる小さな足跡が地面に残っていた。
「歩幅は小さいね……。追いかけてきてないと判断して、歩き出したのかな?」
「まだ新しいみたいだし、近くにいるのかもね?」
二人は意見を交わしながら状況判断をしている。
もう、僕があれこれ言い出す必要はなさそうだ。
「もしかしたらだけど、走るのをやめたのは巣が近いからじゃない?」
「そういえば、畑にやって来たウィートバードたちを見て、農家さんたちは離れてたね。音とかの刺激で逃げちゃうのかも」
少女たちの判断は恐らく正解だ。
ウィートバードたちがやって来たところで何も警戒をされないのであれば、農家の方々がいちいち畑から離れる必要はない。
そのまま畑での作業を続けていればいいのだから。
「とすると、ここからは足跡を追いながら慎重に行動……だね」
「音を立てないように気をつけないと……。ちょっと、ドキドキするかも」
防音魔法を使うことも考えたが、止めておくことにした。
音が拾えなくなるということもあるが、なによりレイカたちは自分で考えて行動しようとしている。
危険があれば手を貸すが、それ以外は見守るだけでよいだろう。
子どもの痕跡を追い、僕たちは森の奥へと進んでいく。
ぬかるんだ道を、木々の根を踏み越えながらしばらく歩いていると。
「あれ? なんか聞こえない?」
ミタマさんが耳に手を当て、周囲の様子を探り出す。
僕とレイカも彼女に習い、耳をそば立てると。
「うん、確かに聞こえる。チュピチュピって音。ウィートバードの声っぽいね」
僕の耳にも、その音は確かに聞こえてくる。
畑でも聞いた、ウィートバードの鳴き声で間違いないだろう。
「よし、ここからは話をするのも禁止。近寄って様子を探ってみよう」
レイカとミタマさんは黙ってうなずくと、音が聞こえる方角に静かに歩き出す。
歩みを進めるたび、音が大きくなっていく。
すると、音に混じって人の声らしきものも聞こえてくる。
「――いな。――に見られたら……」
「そう――でも――」
追いかけていた子どもの声だろうか? 別の声も聞こえてくるので、少なくとも二人いるようだが。
息を潜めながらさらに歩いていくと、薄暗い木々の切れ目から光が零れだした。
あの先は木が生えていない、森の広場になっているのかもしれない。
「チュンチュン!!」
「んあ?」
ウィートバードの大きな声が聞こえるのと同時に、頭の上に何かが乗る気配を感じた。
そして、その何かは僕の髪の毛を一本掴むと――
「い、痛たた!?」
反射的に右手で頭を払う。
すると頭の上から重さがなくなったが、代わりにプチッという音と共にさらなる痛みが頭部に走った。
「うがっ……。てて……。髪の毛が……」
気を取り直しながら頭をさすっていると、毛を咥えた鳥が飛び去っていく様子が見えた。
どうやら、頭を払った拍子に髪の毛を抜き取られてしまったようだ。
「いまのこえ、なぁに?」
「まさか、さっき見かけた奴らじゃ!?」
動揺した様子の子どもたちの声が聞こえてくる。
僕が騒いだせいで、バレてしまったようだ。
「ソラさん……」
「やっちゃいましたね……」
レイカとミタマさんが、幻滅したような視線を僕に向けてくる。
まさか、僕が彼女たちの邪魔をしてしまうとは。
先輩としての威厳が無くなりかけていることに、少しだけうなだれる。
「声が聞こえてきたのは……こっちか?」
草をかき分ける音がこちらに向かってくる。
この場から逃げたいという思いに駆られるもそれを飲み込み、光に向かって自ら歩き出す。
「ああー!? やっぱり!」
「や、やぁ……。見つかっちゃったね……」
お互いの間に、気まずい空気が流れるのだった。