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冒険者のリーダー

 『アイラル大陸』へ向かうための許可が下りてから、一ヶ月が経過した海都ポルトの港。


 僕たち家族は、積み荷が帆船に積み込まれる様子を眺めつつ、見送りに来た人物たちと会話をしていた。


「ごめんね、ミタマさん。色々任せることになっちゃって」

「気にしないでください! 元々はウチがお願いしたお仕事なんですから、ソラさんの力に頼らずにやらなきゃいけないこともあるはずなので!」

 そう言うミタマさんの右手には、一枚の紙が握られている。


 グラノ村でウィートバードの世話をしていた少年と少女、ロストル君とアーラちゃんから届いた手紙だ。

 それには、あの子たちが出した答えが書かれている。


「子狐ちゃんだけではどうしようもできない部分は、俺たちもサポートする。君たちが望む結果にすると言い切ることはできないが、頑張らせてもらうよ」

 ルペス先輩が、僕とレイカを交互に見つめながら宣言してくれる。


 彼が手伝ってくれるのであれば、特に心配する必要はないだろう。


「それよりも白雲君。君たちは危険に足を踏み入れようとしていることを忘れないでくれよ? ここ二十年、この大陸から他の大陸には誰も渡っていないんだからね」

 優しい表情からうって変わり、先輩は少し険しい表情で僕たちのことを見つめた。


 ただ海を渡るだけでなく、『戻りの大渦』を越える必要があるのだから、釘をさしておくのは当然だろう。


「分かっています。必ず皆さんを『アイラル大陸』まで導き、そして帰ってきます。帰ってくるまでが調査ですからね」

 不安がないと言えば噓になるが、それ以上に興奮が心の底から湧き上がってくる。


 過去に『戻りの大渦』を越えようとした人たちも、同じ気持ちを抱いたのだろうか。


「里帰りできることも、ワクワクする理由の一つかい?」

「いや、それは……」

 もう一つ、湧きだしている思いを言い当てられ、レイカとレンを見つめてしまう。


 自分の故郷へと向かうわけなのだから、里帰りには違いない。

 義父さんと義母さんに会ったら、何から話すべきだろうか。


「レイカちゃん。向こうでケガしたり、風邪とか引いたりしちゃダメだよ? ちゃんと元気な顔で帰ってきてね?」

 ミタマさんはレイカの両手を握り、不安そうな声で話しかけていた。


 友達が自分の知らない場所に行ってしまうのであれば、心配になるのは当然。

 しかも、多くの人が越えられなかった海を越えようとしているのであれば、なおのことだろう。


「ソラさんがいるから大丈夫だよ! たくさん知識をつけて、もっと強くなって帰ってくるから、そしたらまだ模擬戦をしようね!」

 レイカはとびっきりの笑顔を見せ、ミタマさんの不安を取り除こうとしていたのだが。


「帰ってきたら戦おうなんて言う女の子が、どこにいるのよ……。そこは、一緒に買い物に行こうとか、スイーツを食べに行こうとか言うんじゃないの? 心配して損しちゃった」

 ミタマさんは呆れ顔を見せていた。


 たとえ男性の友人だったとしても、同じことを言われれば呆れるだろう。


「……分かった。レイカちゃんがその気なら、ウチだってもっと強くなる。たっくさん、黒星つけてあげるから!」

「そうはいかないよ! 今度は私が勝つからね!」

 案外、レイカは人を焚きつけるのが上手いのかもしれない。


 二人が研鑽し合う姿を想像し、微笑みを浮かべていると。


「これがレジナ・ウェントゥス号かー! 大陸一の船で未知の大陸に向かうなんて、冒険者冥利に尽きるぜ!」

 遠方から、聞きなれない男性の声が聞こえてきた。


 元気が有り余っている様子だが、冒険者ギルド側から派遣された人物だろうか。


「元気なのはいいけど、調子に乗って酔ったりしないでよ?」

 先ほどの声の後に、女性の声が聞こえてくる。


 どこかで聞いたことがある気がするが、いつのことだっただろうか。


「ハハッ! 船には乗るが、調子には乗らないぞ。お前にしては、なかなかいい言葉遊びじゃないか?」

「褒められても――って、違うわよ! ほら、ご一緒する魔法剣士の人たちがいるからご挨拶しなきゃ!」

「お、ほんとだ。よし! リーダーとして最高の挨拶をしてこないとな!」

 声が聞こえてきた方角へと視線を向けると、男性と女性がこちらに歩いてくる様子が見えた。


 男性は見たことがないが、やはり女性はどこかで会ったことがある気がする。


「あちらの女性、どこかで見かけた記憶が……?」

「ナナもかい? じゃあ、僕の記憶違いではないんだろうけど……」

 ナナも記憶にあるのであれば、確実に会ったことがあるのだろう。


 レイカとレンも、見覚えがある様子だ。


「え~っと、おたくらが魔法剣士さんで良いんだよな?」

「はい、そうですけど」

 話しかけてきた男性は、赤い鉢巻を金の髪に巻き、腰に剣を下げた人物だった。


 僕よりも背が低く、あどけない顔をしているように思えるので、恐らく年下だろう。


「魔法剣士って、魔法と剣を使ってモンスターと戦うんだろ? 同時に使うなんて、大変じゃないのか?」

「え、えっと……」

 いきなり質問が飛んできたことに面食らう。


 自己紹介もまだ済んでいないというのに、ずいぶん変わった人のようだ。


「あれ? あの人たちどこかで……。しかも、あの女の子は……」

 後ろの方で男性を心配そうに見つめている女性が、僕たちの姿を見て何かを思い出そうとするそぶりを見せている。


 彼女も、僕たちのことが記憶のどこかに存在しているようだ。


「お兄さん、誰?」

「よくぞ聞いてくれました! オイラは――」

 男性は、レンの質問を待っていたと言わんばかりに胸を張り、答えようとするのだが。


「ああっーー!! 思い出した! アマロ村のお祭りで会った人たち!」

「ぐえっ!?」

 突如として走り寄ってきた女性に、突き飛ばされてしまった。


 地面に倒れた男性に目を向けることもせず、彼女はレイカのそばに近寄ると、その手を強く握る。


「ここで知り合いに会えるなんて嬉しい! 『アイラル大陸』の調査、一緒に頑張ろうね!」

「え、えええ!? ががが、頑張りますけど、ななな、なんですか!?」

 女性に両手を上下に振られ、レイカは激しく動揺する。


 アマロ村の祭りで会ったとなると、彼女はもしかすると――


「レイカちゃんの知り合い?」

「う、ううん。知らない人だと――あれ? 背負っているその杖……もしかして?」

 女性は杖を背負い、魔導士らしい装束を身に纏っていた。


 その容姿を見て、レイカは納得がいったと言いたげな表情を見せる。


「私に杖の修理をさせてくれた魔導士さんですか!?」

「正解! 覚えていてくれたんだ!」

 女性の正体は、アマロ村の満月祭で出会った魔導士さん。


 破損した杖をレイカに修理してもらい、より強力な杖となったことを喜んでいた様子が脳裏に蘇ってくる。


「イテテテ……。なんだよ、せっかくオイラが最高の自己紹介をしようと思ってたのに……」

「な~にが最高の自己紹介よ。程度の低い自慢話でしょ」

「自慢じゃない! 程度も低くない!」

 女性は、起き上がった男性を呆れた様子で咎めるが、その言葉に彼は反発していた。


 自慢話であろうと、最高の自己紹介とやらには興味がある。

 一体どんな話が飛び出してくるのだろうか。


「ったく……。んま、気を取り直していきますか! 複数の遺跡や洞窟を踏破し、その功績から今回の『アイラル大陸』調査隊リーダーに抜擢された男! その名もウォル! 上位冒険者の一人だぜ! よろしくな!」

 右手を天に突き上げ、ポーズをとりながら口上を述べるという、よく分からない自己紹介をするウォルさん。


 個性的な人物だということは、とてもよく分かった。


「上位と言ってもたかが五年程度の組織なので、木の実の背比べみたいなものなんですけどね」

 ウォルさんの傍らへと移動しつつ、女性が注釈を入れてくれる。


 だとしても、調査隊のリーダーに抜擢されていることから、上位内でもかなりの実力を持つ人物なのだろう。


「さて、私も自己紹介をしないとね。初めまして――ではないですけど、私の名前はアニサと言います。このバカの仲間兼、保護者みたいなものです。よろしくお願いします」

 魔導士の女性――アニサさんは、とても丁寧に自己紹介をしてくれる。


 以前の時は深い関わり合いにはならないだろうと思っていたので、名前等を聞くことはしなかった。

 それがまさか、このような形で再会し、交流を深めることになるとは。


「つーわけで、オイラたちが『アイラル大陸』調査隊、冒険者ギルド側のリーダーだ! 改めてよろしくな! ……ところで、そっち側のリーダーって誰なんだ?」

「一応、自分が魔法剣士側のリーダー、ソラと申します。こちらこそよろしくお願いします」

 リーダーと言っても、今回はお飾りに近い。


 僕より経験豊富な魔法剣士が数多く今回の調査に参加している上、『戻りの大渦』を何度も越えたことがある人物もいるほどだ。

 そんな人たちと比べれば、自信を持ってリーダーとは名乗れない。


「おー! 兄ちゃんがリーダーなのか! もっと歳食った奴かと思ってたぜ!」

「なんて失礼なこと言ってんのよ……。私たちは参加させてもらう側なのよ? 分かってんの?」

 ウォルさんの側頭部を突きながら、呆れた様子で咎めるアニサさん。


 どうやら彼らも、相応に心を通わせてきているようだ。


「出航準備はどうなんだ? もうすぐ船に乗れんのか!?」

「もうすぐ準備が整うと思います。完了次第、合図用の鐘が鳴らされることになっているので、もう少しお待ちを――」

 その時、レジナ・ウェントゥス号の甲板から美しい鐘の音が鳴り響いた。


 どうやら出港準備が整ったようだ。


「話し合い等は船の中でしましょうか。ウォルさん、アニサさん。他の冒険者の方々へのご連絡をお願いします」

「おう! 任せろ! オイラがスパッと行ってくるぜ!」

 ウォルさんは、他の冒険者が待機しているであろう待合室がある方へと走っていく。


 そんな彼の小さくなっていく背を見つめながら、小さく息を吐きだす。

 彼が言っていたように、僕も年上の人物が冒険者側のリーダーだろうと思っていた。


 ところが、現れた人物は同い年、もしくは年下の男性。

 あまり落ち着きのない人物のようだが、不思議と苦手には感じない。


 同志という区切りだけでなく、交流を深められると良いのだが。


「それじゃ、僕たちは船に移動していようか。ルペス先輩、ミタマさん。行ってきますね!」

「ああ、頑張って行っておいで!」

「みんな、気を付けてねー!」

 ルペス先輩と、ミタマさんに手を振りながら乗船口へと進む。


 ふとマスターインベルのことが気になり、マスターの執務室に顔を向ける。

 取り付けられている窓は開け放たれており、そこからこちらを見つめる彼女の姿が見えた。


「マスター! 行ってきますね!」

 マスターに向かって声をかけつつ、大きく手を振る。


 声は返ってこなかったが、手を振り返してくれたようだ。


「さあ、出航だ! 『アイラル大陸』へ!」

 研究中の魔法が完成へと至るきっかけと、新たな知識を求めて。


 レジナ・ウェントゥス号は風に乗る。

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