「皆様、ご自分が気に入った物を購入できましたか?」
「「「「はーい」」」」
買い物を終えた僕たちは、再び車に揺られて次の目的地へと移動していた。
前日は主にゴブリンが働く研究所を見てきたわけなので、今回はドワーフたちが働く場所を見に行く予定だ。
「ドワーフの人たちは採掘や、冶金が主な仕事でしたよね?」
「ええ、そうです。『アヴァル大陸』で行われることとさほど変わりませんので、少し懐かしさを感じるかもしれませんね」
シルバルさんが、ドワーフの仕事場について説明をしてくれる。
彼らがミスリル鉱を冶金できるように、まだ知らない技術は多数存在するはず。
少しでも見ていけると良いのだが。
「そうだ、プラナムさん。先ほどのお店で、あなたが所属する研究所で働いているという方に出会ったんですけど」
「研究所の? その方は何かおっしゃっていました?」
特に何かを言われたわけではない。
ただ、声をかけたかっただけだったらしいと伝えると。
「ふむ……。お名前は言っておりましたか?」
「えーっと、確かアラムさん――と名乗ったはずです」
「アラム……? そんな名前の研究員、いましたっけ……? わたくしたちが離れている間に入った新人でしょうか?」
僕が発した名を聞き、プラナムさんは怪訝な顔をみせる。
どうやら、彼女も知らない人だったようだ。
例え昔からいる人物でも、部門が違えば知らないのは無理もないだろう。
「お嬢様、もう間もなく到着いたしますが」
「……ええ、分かりました。では、到着したら守衛所にお願いします。シルバル、事情説明は頼みますわよ」
「承知いたしました」
会話を聞きながら、車の窓から進む先を見つめる。
進行方向には、鉄製の大きな扉が見えた。
一部には切れ目があり、その前方に小さな建物が一つ置かれているようだ。
僕たちが乗る車が停車すると、早速シルバルさんが車を降りて事情を説明しに行く。
彼が説明に出ている間、プラナムさんは首を傾げるなどして何やら考え事をしている様子だった。
「入場許可を頂けました」
「承知いたしました。では、発進いたします」
戻ってきたシルバルさんが乗り込むと同時に、車は敷地内へと入っていく。
内側は、ほぼオーラム鉱山と同じ作りになっているように思える。
鉱山内へと続く坑道に、周囲に建てられた製錬所等の建物。
それらを、鉱士と思われる方々がトロッコと共に行き交っていた。
「到着いたしました。ヒヒロ鉱山です」
この鉱山は、かなりの歴史がある鉱脈らしい。
採れなくなった鉱石もあるそうだが、全体的な産出量はいまだにトップクラスだそうだ。
それにしても、なぜ大陸間でこれほどまでに技術の差がつくのだろう。
他の種族との争いが進歩の主因とはあまり考えたくないが、『アヴァル大陸』にも異種族が複数住んでいれば、技術の成長速度は変わっていたのかもしれない。
「早速、鉱山内の見学を致しましょうか。かなり広い鉱山なので、迷わないようについてきてくださいませ」
光源を持ち、プラナムさんが坑道内へ入っていく。
彼女の後に続いて行こうとするのだが、シルバルさんだけ無関係な方向に視線を向けていることに気付いた。
「あれ? シルバルさん、どうかしましたか?」
「……ああ、いえ。何でもありません。知り合いの姿が見えた気がしただけですよ」
そう言ってシルバルさんは視線を戻し、プラナムさんの後に続いて行く。
彼が見つめていたのは敷地の入り口の方。
そちらに顔を向けても、誰かがいるようには思えなかった。
「お兄ちゃーん! 早く来ないと、みんな中に入っちゃったよー!」
「うん、分かった!」
皆を追いかけ、小走りで坑道内へと入っていく。
このメンバーで坑道に入るのは、なんだか懐かしい気分だ。
「ずいぶんと湿度がある洞窟なんですね。外はあんなに乾燥しているのに……」
移動をしていると、岩肌が湿り気を帯びていることに気付く。
近くに水源があるのだろうか。
「この大陸の地下には、非常に多くの水源があるのです。我々の国があそこまで大きな国になったのも、その水を使えるようになったことが理由の一つですわ」
地上は砂だらけでも、地下に入れば豊富な資源が存在する。
そういった点も、技術が大きく伸びた一因なのかもしれない。
「鉱山の最深部には地底湖が存在しています。鉱脈を広げる上では邪魔なだけですが、なかなか美しい光景が広がっていますわ」
「楽しみ」
レンは自身のカバンに触れ、期待に満ちた表情を見せていた。
自身の心にもワクワクとした想いが浮かび上がってきており、意外と僕も冒険者としての素質があるのではと小さく思ってしまう。
「ここからは昇降機でさらに地下へと進みます。多少揺れますが、まあ落ちることはないでしょう」
「怖いことを言わないでくださいよ……。僕たちは、無条件にゴブリン製なら大丈夫って思いこんでいたんですから……」
引きつった笑みを浮かべながら、昇降機に全員で乗り込む。
取りつけられたレバーをシルバルさんが引くと、ギシギシと音をたてながら昇降機はさらに地下へと下りていった。
「全部が全部、機械を使っているわけではないんですね」
「ええ。整備も大変ですし、何より精密なものが多いのです。こういった整えられていない環境で使うことは、ほぼ不可能ですわ」
そういう時には、木造の方が整備をしやすいのだろう。
金属と比べれば加工も容易なので、劣悪な環境にはもってこいのようだ。
「採掘をしやすくなる機械はないんですか?」
「あるにはありますが、ほとんど使っていません。機械では加減をするのが少々難しく、鉱石を掘り出す際、必要以上に削ってしまうこともあるので」
「なので、鉱石を掘るためには機械を用いず、作業員たちの安全を守るために機械を使うことにしていますわ!」
崩落等の危険に常にさらされているようなものなので、生命管理や危険の探知は機械に任せる方が良いのかもしれない。
もちろん頼りっきりになるのは危険なので、訓練等はしているだろうが。
「間もなく到着いたしますわ。揺れるので、お気を付けてくださいませ」
プラナムさんがそう言うと、昇降機が地下へと進む速度が下がっていく。
大きな揺れを感じるのと同時に、移動は停止したようだ。
「採掘現場はもう少し先になります。ここから先はより地面が濡れているのでご注意を」
シルバルさんが昇降機から降り、先導をしてくれる。
彼の後に続きながら周囲の壁を見てみると、土の隙間から水が流れ出ていることに気がつく。
地下にあるという水源に、かなり近づいてきたのだろう。
「崩れたりしないよね……?」
「最初から考慮して土を掘ってるだろうから大丈夫さ。不安になるのは分かるけどね」
靴を濡らしながら、暗闇を進み続ける。
やがて坑道が続く道の先から、ゆらゆらと青い光が漏れ出しているのが見えた。
岩の壁に不思議な紋様を映し出しているが、一体何だろうか。
「到着しました。あの先が現在の採掘現場である地底湖です」
坑道を抜け、広い空洞へと足を踏み入れる。
淡い光に包まれた、色とりどりの鉱石たちの楽園。
碧く透き通る美しい地底湖が、ここにはあった。