「本日の採掘状況はどうでしょうか?」
「こ、これはプラナム様!? 上々です!」
プラナムさんが、地底湖の採掘現場の監督者に声をかけている。
少々慌てた様子を見せる彼らだったが、警戒をしている様子は全くない。
見知った関係なのだろうか。
「お嬢様は、時折ここに採掘をしに訪れることがあるのです」
「そういえば、自分で使う鉱石は自分で採掘することもあるって言ってましたね。国を導く家に生まれ、研究員だというのに、こうして採掘までなんて……。すごいなぁ……」
僕も似たような形で研究をしているが、プラナムさんはそれ以上だ。
優秀な人材も多くいるというのに、何が彼女をそこまでかき立てるのだろうか。
「ここで色付けしたいくらいだけど……。画材持ってこなかった……」
「プラナムさんの家に戻ってからじゃないと無理だね……。私も覚えておくから、とりあえずデッサンしちゃおうよ」
レイカとレンは地底湖に近寄り、風景を描きだしたようだ。
こんなにも美しい光景なのだから、何かに残しておかねばもったいないだろう。
「あの人たちって、鉱士の方々ですよね? ずいぶんと変わった格好をしていますけど……。これから何をするんですか?」
地底湖付近に建てられた小さな小屋から、ピッケルと筒状の塊を背負った鉱士たちが現れる。
とても布とは思えない服をまとっているが、あれは何だろうか。
「これから水中で採掘をするのです。纏っている服は、水中でも体温が下がらないように作られたもので、背負っている物は空気シリンダー。水中でも呼吸ができる道具ですね」
水中での採掘なんて、僕たちにとっては前代未聞だ。
ぜひとも作業内容や仕組みを知っておきたいものだが。
「ちょうどそこにシリンダーが置かれていますね。これを使って説明を致しましょう」
シルバルさんは、壁に立てかけられているシリンダーを手に取り、説明をしてくれる。
全てを理解することはできなかったが、説明の内容から僕でも再現できそうな部分を発見した。
「空気を機械で圧縮して、より多くの空気を詰め込む……。まるで、ミスリル容器の時みたいですね」
「ですね。我々が機械で圧縮するように、ソラ殿も魔法で同じものを作れるのではないでしょうか?」
空気を圧縮し、密閉した容器に封入することは十分可能だ。
ただ、目の前のシリンダーほどに密閉された容器を作ることができないわけだが。
「よろしければ、ソラ殿専用に作成させていただきますよ。水中に潜りたいと思う時があるかもしれませんからね」
「良いんですか!? ありがとうございます!」
機材を貰えるだけでなく、使い方の講習をも受けさせてくれることになった。
『アヴァル大陸』はアマロ湖を含め多くの湖沼があるので、活用できる場所は多そうだ。
「ソラ様。お話中に申し訳ありませんが、少し採掘をしてこようと思います。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
プラナムさんの声に振り返ると、そこにはピッケルを手に持ち、水中に入るための機材を身に纏った彼女の姿があった。
許可を取る前から、潜る気満々のようだ。
「もちろん構いませんよ。僕たちも採掘している様子を知っておきたいので」
「ふふ。わたくしの作業を見て、新たな知見へと繋げてくださいまし。シルバル、説明などは頼みますわよ!」
「承知いたしました。お気を付けて採掘をするようお願いいたします」
プラナムさんは、地底湖にかけられている桟橋を進んでいく。
彼女は桟橋の先端に付けられている網状の足場に乗ると、首まで覆うヘルメットらしきものを被って合図をする。
すると足場がゆっくりと降下を始め、彼女ともども水の中へと沈んでしまった。
「……大丈夫なんですよね?」
「何かしら異常があればすぐに戻ってくるはずです。それがないということは、問題なく各種機材が作動している証左です。ご安心ください」
言葉とは裏腹に、シルバルさんは少し心配そうな表情で水の中を見つめている。
水の中という手も足も出ない環境に、主人が入っていったとなれば心配もするだろう。
「……お嬢様の指示通り、説明をせねばなりませんね。まず、水中に入ったら泳いで岩壁を探索し、掘り進める場所を決めます。そこに自身を固定する道具を取りつければ、採掘開始です」
思ったよりも単純な作業に、僕でも容易にできそうだと一瞬考えてしまう。
だが、水中という身動きが容易ではない空間では、ピッケルを振り下ろすだけでも一苦労。
長年の経験と技術が、水中での採掘を可能にしているのだろう。
「ここまで来るのにお疲れでしょうし、よろしければ休憩をなさってください。お嬢様が戻るには、しばらくかかると予想されますので」
「分かりました。では、休憩をさせていただきますね」
シルバルさんから離れ、湖際でしゃがみ込んでいるナナの元へ歩み寄る。
近くに鉱士の方々もいないので、邪魔になることもないだろう。
「やあ、どうしたんだい? きれいな光景だっていうのに、寂しそうで」
「ソラさん……。いえ、ちょっと無力感に苛まれてしまって……」
ナナは僕に視線を向けることはせず、湖の絵を描いている姉弟に視線を向けた。
「機械技術か~。まるで、私たちとは全く違う体系の魔法を見てるみたい」
「魔法以上に魔法をしてる」
二人の会話を聞き、何を思い悩んでいるのか理解する。
魔法を主に扱うナナにとっては、かなり重要な話だろう。
「魔法以上に魔法……。魔法を使うことが本職の私としては、複雑な言葉ですね……」
「そう、だね……」
願った分だけ力を与えてくれるのが魔法だが、できないことは意外と数多い。
人を吹き飛ばすことはできるが、空に浮かばせることはできず、深い傷を癒すことはできても、失った命は取り戻すことができない。
水の中に長時間潜れるようになる魔法すら、存在していないのだ。
だというのに、機械は人を水中に進ませ、大空に挑戦させようとしている。
夢を叶えるという力は、魔法の方が遥か下のように思えるほどだ。
「これが、魔法の限界なんでしょうか……」
ナナは寂しげにうつむいてしまった。
この国に来てから、機械技術の凄まじさに僕たちは圧倒され続けている。
もしも機械が日々の生活に入り込んできたら、あっという間に魔法は淘汰されてしまうのではと思ってしまったほどだ。
「魔法は、機械以上に素晴らしい力ですよ」
「シルバルさん。……どういうことですか?」
僕たちの会話が聞こえていたのか、シルバルさんが歩み寄りながら声をかけてきた。
機械以上に素晴らしいと言われても、あまり実感が湧かない。
どのような点がそれ以上だと思ったのだろうか。
「機械ではできないこと、人の力そのものを信じぬくことです」
「人の力を……」
「信じぬく……?」
言葉の意味が分からず、ナナと共に聞き返してしまう。
シルバルさんはくるりと視線を変え、鉱士さんたちが出入りをする小屋を見つめた。
「確かに、機械は絶大な力を我々に与えてくれました。できなかったことをできるように、難しいことを容易に行えるように。我々も、この力を誇りに思っています。ですが……」
再びこちらに顔を向けられる。
その表情は、寂しそうなものだった。
「それは機械があるからできるのであって、機械が無くなってもできるようになったわけではないのです」
車が無くなれば歩いて目的地に向かう必要があり、この場にある機械たちが無くなれば水中に潜ることもできなくなるのだろう。
だがそれは、魔法も同じではないだろうか。
「炎の魔法が無くなっても、火を起こすことはできるでしょう? 風の魔法が無くなっても、濡れたものを乾かすことはできるでしょう? 仮に機械を作れなくなったとしたら、我々は一気に衰退します。言うなれば、機械に生かされているのですよ」
「機械に生かされる……。便利なあまり、依存していると……」
シルバルさんはこくりとうなずく。
機械は資源が無くなれば新たに作れなくなってしまうが、魔法にはそれがない。
いままでもこれからも、人の内に宿る力を利用して発動するのだから、命尽きるその時まで使い続けることができるのだ。
「魔法は、絶大な力とは言い難いのかもしれません。ですが、それはその人自身の力として共に成長していき、大きな助けとなってくれる。素晴らしい力ですよ」
シルバルさんの言葉を噛みしめながら、ナナと顔を見合わせる。
できなかったことができるようになる、機械技術が羨ましい。
だが、そんな技術を持つ人たちが、僕たちの魔法を素晴らしい力と言ってくれた。
「じゃあ、さらに羨ましいと思えるほどに魔法を磨かなければいけませんね」
「そうだね。魔法を、機械に負けない力に成長させないと」
手のひらに火の玉を生み出し、圧縮魔で小さく縮める。
僕がこの魔法でやるべきことも、見つけていかなければ。
「シルバル、戻りましたわよ! 鉱石を持ちなさい!」
「おや、お嬢様が戻ってきましたね。ええ、承知いたしました」
たくさんの鉱石を胸に、プラナムさんが水中から戻ってきた。
彼女が持ってきた鉱石の鑑定が終わると同時に、僕たちは地上へと戻る。
大空はオレンジ色に染まっており、今日の見学はここまでとなった。