「やっぱりナナも強いなぁ……。全然勝てないよ」
「少しだけ勝ち星が多いくらいなのに、何を言ってるんですか。ソラさんも強いですよ」
テーブルに置かれた遊び道具を片付けている僕に、ナナは笑顔で褒めてくれる。
帝都の見学から戻り、食事等を済ませた僕たちは、買ってきた遊び道具で楽しんでいた。
本来であれば嬉しい言葉のはずなのだが、今回ばかりは皮肉にしか聞こえない。
「露骨に手を抜かれてたのに、そりゃないよ……。まともに勝負してたら確実に完敗だったんだろうからさ……」
これまでの勝負の流れから、手加減をされたことは容易にわかる。
取れる駒を取らず、僕に取らせることもあったのだから。
まあ、それも作戦の一つだったのかもしれないが。
「手加減に気付けているのなら、あなたも上達しますよ。」
「ほんとかなぁ……。でもま、君がそう言ってくれるなら、また相手をしてもらおうかな」
遊び道具の片づけを終え、ナナと談笑を続ける。
今日の出来事の振り返りから、明日起きるかもしれない出来事の想像。
彼女と話せば話すほど、期待感は高まっていく。
「今日も驚きすぎて疲れちゃったよ。レイカたちも、ぐっすり眠れてるんだろうね」
買い物に始まり、採掘場での見学、どれもこれも想像を絶することばかりで驚きっぱなしだ。
この国だけでも一割も見終わっていないだろうに、この大陸にはあと二つの種族が住んでいる。
それらを見て回る中でも驚くことがあるだろうに、既にこれほどまでに疲れてしまっていては先が思いやられる。
全てを見終わった時、僕たちはどう変わっているだろうか。
「話しこんでいるうちに、いい時間になっちゃったね。そろそろ休もうか」
「そうですね。では、私は自室へと戻ります」
ナナは席を立ち、扉へと向かおうとする。
だが、それよりも早く扉が叩かれて――
「ソラ殿。まだ起きておいででしょうか?」
「シルバルさん? はい、大丈夫ですよ」
聞こえてきた声とノックに返事をすると、扉を開いてシルバルさんが入って来た。
普段は鎧姿の人物なので、薄着の彼を見るのはなんだか新鮮だ。
「おや、ナナ殿もおられましたか。お嬢様が、お茶でも飲みながら会話をしたいと申されたのですが……。お二人とも、かなりお疲れのようですね」
「ああ、全然。僕たちは大丈夫ですよ。早速伺いますね」
誘ってくれたというのに、疲れたからと断るのは失礼だろう。
ナナと共にプラナムさんの元へ向かおうとすると。
「お疲れであれば、休まれることを優先してほしいとも承っておりますので。見たところ、まぶたがかなり下がっている様子。無理せず休まれてください」
「いや、それは……。まあ、そうですね……」
プラナムさんとの会話中に、眠そうな様子を見せてしまえばそちらの方が失礼か。
シルバルさんの言う通り、今日は休むべきかもしれない。
「会談はいつでもできますので、今日はこのまま退散します。ではお二人とも、良い夜を……」
「わかりました。では、また明日……」
扉が閉じられ、一息ついてからナナも部屋を出ていく。
寝間着へと着替え、素足となってベッドに体を横たわらせる。
まぶたを閉じるのだが、ふと目が冴えてしまい、急に眠りたくなくなってしまった。
「まいったな……。これじゃ眠れないよ……」
この状態であれば、プラナムさんたちとごく普通に会話ができただろうが、いまから出ていくのも気が引ける。
何か眠くなるための手段がないかと、周囲を見渡していると。
「あれ? いま、夜空が……?」
窓から見える夜空が、一瞬明るく光ったような気がした。
ベッドから起き出し、窓に近寄って外を眺めてみるも、特に異変らしきものは見当たらない。
流れ星でも見えたのだろうか。
「それか気のせい……だったのかな。見えるのは帝都の街並みと、砂漠に……。それと、地平の果てに一本だけ見える巨大な樹……か」
遥か彼方に見える大樹の根元には、これまた広大な森があるらしい。
そこに『エルフ族』と呼ばれる種族が住んでいるらしいのだが、訪れるのはいつになるだろうか。
「あの樹、なんだろうなぁ……。好奇心がそそられるというか、興味を引かれるというか」
なぜかは分からないが、あの樹を見るたびに、行きたい、行かねばならないという気持ちが膨らんでくる。
これは僕の好奇心によるものなのか、それとも。
「ふあぁぁ~……。急に眠気が……。これなら眠れるかな……」
再びベッドに入り、瞳を閉じると、自身の呼吸が小さくなっていくのを感じる。
この日の夢は、背の高い大樹を登っていく夢だった。