「展示物がこんなにたくさん……。でも、いまいち必要性が分かんないな……」
オーバル研究所を訪れた僕たちは、一般から応募された数々の展示品を見ていた。
いまは機械部門にいるためか、展示されている物は機械製品が多い。
他の部門に行けば、多種多様の発明が置かれているのだろう。
そんな中、白色の展示台の上に置かれた容器を見つめながら、レイカが思案をしていることに気付く。
傍に置かれている小さなプレートには、持ち運び可能冷蔵庫と書かれているようだ。
一瞬便利とも思ったが、魔法を使えばいつでも物を冷やすことができるので、お世話になることはないだろう。
「背負える冷房器具に、着る送風機……? 体を冷やす発明が多い?」
「夏場は街中でもかなりの暑さとなります。少しでも暑さを和らげる研究は、数多く行われているんですよ」
展示物の関連性に気付いたレンに対し、シルバルさんが説明の補助を入れてくれる。
帝都ドワーブンは、ほぼ年中夏に近い気候らしい。
このような環境では、涼しさを求めてしまうのも仕方ないだろう。
「研究員や製作者だけでなく、一般の方たちも多く来場されているんですね」
「ええ。見物のみのお方もいれば、目玉商品になりそうな発明を探しに来る商人の方もおられますわ」
よく見ると、テーブルについて商談らしきことをしている人たちがいる。
この研究発表会は、様々な方面の人々に大きなチャンスとなっているようだ。
「最初は研究員の発掘を目的に始めたことなのですが、いまではこのような形になっております。複雑な感情は……無いとは言えませんわね」
苦笑しながら商談の様子を眺めるプラナムさん。
悪いことではないのだろうが、目的からそれてしまったことに思う所があるようだ。
「気になったことがあるんですが、発明ができない方はどうされるんですか? 全員が全員、発明ができる環境にあるとは限りませんよね?」
「そういった方々には、論文等を出して頂くようにお願いしておりますわ。開発ができそうなものであれば発案者を招き、共に開発を行うこともあります」
どうやら、そのあたりもしっかり考慮されているようだ。
素晴らしいアイデアはあっても、発明ができずにこの場に参加できないのではあまりにも勿体ない。
とはいえ、全てを引き上げることなど到底不可能なので、ある程度の線引きは仕方がないだろう。
「わたくしもこの研究所に論文を提出し、研究員として採用されたのですわ。ダイアと共に……」
プラナムさんとダイアさんは、アカデミー時代のライバルとシルバルさんが教えてくれた。
そこで研究もしていたはずなのに、成果ではなく論文を提出したのはなぜだろう。
「わたくしたちが作ろうとしていたのは飛空艇です。専門の機材があるような場所でなければ、作成どころの話ではなかったのですわ」
学生の時点で、既に飛空艇を作ろうと考えていたようだ。
難題は多々あっただろうに、夢を諦めずにここまで来たその心、是非とも見習いたい。
「いまでもエネルギー不足やら浮かせるための仕様やら、行き詰っているところはたくさんあります。それでも、少しずつ進んで行こうと思っていますわ。いつか、真の夢を叶えるために」
「真の夢……。研究者を志すようになった始まりと言ったところですか?」
コクリとうなずいてくれたものの、夢や始まりを話し出すことはしなかった。
少し残念に感じはしたが、プラナムさんのプライベートな部分に触れる可能性もある。
聞き出すようなことはせず、いつか話したいと思う時が来るのを待つとしよう。
「お兄ちゃん! 他の部門を見に行ってきてもいい?」
「あちこちの研究を見てきたい」
近場にある成果物を見学しようとしたところ、レイカとレンが興奮した様子で許可を求めてくる。
展示されている多種多様の道具たちを見て、好奇心が大いに刺激されたようだ。
「行ってらっしゃい。人が多いから、一応気を付けるようにね」
「「はーい!」」
元気よく返事をすると、二人は他の研究が置かれている部門へと移動していく。
プラナムさんも、立ち入り禁止と書かれた紙を貼りつけている部屋へと入ってしまったので、残されているのは僕とナナだけとなってしまった。
「んじゃ、僕たちも見学を再開しようか。ナナ、どこに行ってみる?」
「そうですね……。向こうにある医学部門が気になります。行ってみましょう!」
ナナが興味を持った部門に向け、共に歩き出す。
医学部門の展示が行われている場所に足を踏み入れると、そこには一口飲んだだけで元気になる薬や、三日三晩徹夜を続けても大丈夫になる薬などが置かれていた。
試飲コーナーもあるようだが、飲んでみようという気にはさすがになれない。
「傷があっという間に治る薬……。これって、どのように調合されているんですか?」
「おや、お姉さんお目が高いねぇ。これは『エルフ族』が住むエルル大森林の薬草を使っているんだ。調合法は残念ながら秘密だよ!」
薬を作る者として、ナナは置かれている薬たちに強い興味を抱いたようだ。
試しに飲んでみるということはさすがにしないと思うが、遠巻きに様子を見ておくとしよう。
「必須の栄養を一度に取れる錠剤……。味はどのように調整しているんですか?」
「気になるなら飲んでみますか? 一粒なら構いませんよ」
「あー! ナナ、向こうにも面白そうなものがあるよ! 行ってみよう!」
少々嫌な予感がしたので、無理矢理手を引いてその場を離れる。
その後も医学部門の見学中に何度か試飲を勧められたものの、ナナの口にそれらが入れないよう、あれこれ妨害をするのだった。
●
「これで一周かな。色々あったねぇ」
各種部門の研究成果を見て回った僕とナナは、研究所に来て最初に見た成果物である、持ち運び冷蔵庫のそばに戻ってきていた。
「いろんな発明品があって面白かったですね。作った意味がいまいちわからない物も結構ありましたけど」
そういった物たちも、この大陸の人々にとっては必要なのだろう。
もちろん僕たちでも有効活用できそうな物もあり、自動硬貨選別財布といった生活補助的な発明は、地味ながら多くの人に恩恵がありそうだった。
「そこのお二人方、少々よろしいですかな?」
「え? あ、はい」
ナナと気になった物について会話をしていると、突然男性に声をかけられた。
研究員らしき白い服を着ているので、恐らくゴブリンの方だとは思うが、ずいぶんと恰幅の良い体つきをしている。
「あなた方がプラナム殿と会話をされているところを、先ほど拝見させていただきました。ぜひ、私とも話をしていただきたいですな」
「は、はあ……」
ずいぶんと高圧的な人物かつ、傲慢さをも感じる。
こういった人物との会話は不得意なので、さっさと離れるべきだろうか。
「いやはや、研究所という崇高な場所に一般の者だけでなく、異種族の者まで入れるとは。あの娘が何を考えているのか分かりませんな」
「……僕たちに何の用でしょうか? 大した用でないのなら去らせていただきますが」
名乗ることもせず、いきなり悪態を突かれれば機嫌も悪くなる。
あまり会話をしたい人とは思えず、ナナと共に離れようとしたのだが。
「おおっと、失礼。私はただプレゼントを持ってきただけですぞ。楽しんでくださると幸いですな」
離れようとした僕たちの手を掴み、男性は手紙らしきものを押し付けてきた。
受け取ってしまってはしょうがないので、中を広げて見てみようとしたその時。
「あなた方のお力、使わせていただきますよ」
「え? あ!?」
突然、部屋の中が真っ暗になった。
どうやら照明が落ちてしまったらしく、あちこちから悲鳴が発せられる。
その中には、親しい人物の声が含まれていた。
「な、何が……。きゃあ!?」
「ナナ!? く……! ファイア!」
視界を確保しようとしたところにナナの悲鳴が聞こえてきたので、慌てて炎の魔法を使用する。
狭い範囲ながら周囲が見えるようになったが、すぐそばにいたはずの彼女の姿がない。
しかも僕に手紙を渡してきた男性の姿もなかった。
研究所の入り口に向け、走り去っていくような足音が聞こえてくる。
「まさか……。ナナ!!」
足音を追いかけ、暗闇の中を走り出す。
どうやら研究所の入り口に向かったらしく、外からの光が増えてくるたびにナナを連れ去ったと思われる人影が見えてくる。
同時に最悪の光景も見えてきていた。
「あの車……! ナナを乗せて逃げるつもりか!」
ナナが車の中に放り込まれる姿が見えたのだ。
前方座席には、先ほどの男性が乗り込もうとする姿もある。
「逃がすか! 飛んでいけ、ファイアショット!」
走り出そうとする車のタイヤに向け、発生させていた魔法を投げつける。
一個壊すだけでもまともに走れなくなるはずなので、最適な考えだと思ったのだが。
「な!? そんな……! 弾かれた……!?」
タイヤに直撃する寸前で、魔法は透明な壁に阻まれて消滅してしまう。
やむなく加速魔法を使用して飛び掛かるのだが、その手は届かずに車は走り出してしまった。
「そんな……。ナナ……!」
あっという間に、車は魔法が届かない距離まで移動してしまう。
地面に膝をつき、手を震わせながら渡された手紙を開く。
「ソラ様!」
「お兄ちゃん!」
プラナムさんたちが研究所の入り口から飛び出てくる。
皆が僕のそばに駆け寄り、声をかけているようだ。
「ソラ兄。ナナさんは……?」
「……誘拐された」
心の奥底から怒りがわなわなと吹き出し、持っている手紙を引きちぎりかけてしまう。
だが、それを何とか抑え込み、手紙をプラナムさんに渡して事情を説明する。
「ナナ様を助けたくば、ミスリル容器と魔法機械の技術をよこせですって……? ふざけるなですわー!!」
出された要求に、人目もはばからずに咆哮をあげるプラナムさん。
連れ去られたナナを救うため、僕たちは話し合いを開始するのだった。