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潜入準備

「有事の際の避難経路ですか……。帝都の外まで繋がっているんですよね?」

「ええ。ですが、数年どころか数十年まともに使われていない通路です。ちょくちょく修繕を行ってはいるものの、痛みが激しいので閉鎖しようと話し合っていたところだったのですわ」

 歩く地面には、ポツポツとひび割れや小さな穴が開いている。


 歩きにくいとまではいかないが、気を抜くと転んでしまいそうだ。


「避難経路だってのは見てりゃ分かるけどさー。お相手さんはこの道を知らないのは確実なのかい? ふいうちで捕まるとか嫌だよ~?」

「我が家の地下から繋がる通路ですよ? 他所の者が知っていたら、それこそ我が家系の恥ですわ」

 僕たちがいまいる場所は、プラナムさんの家から帝都外に繋がる秘密の通路。


 目的地である廃研究所の方向に向かって続いているらしいので、姿をくらませながらの移動には最適だ。


「それに、出口は頑丈な扉で封印されておりますので、向こうから入ってくることはできません。ご安心なさい」

 プラナムさんは、複数の鍵が繋がった鍵束をくるくると回しだす。


 これらの内のどれかが、件の扉を開くための鍵のようだ。


「廃研究所に着いたら、お兄ちゃんとプラナムさん、それとダイアさんが潜入するんだよね? 三人だけで、本当に大丈夫かな……」

「ソラ君は剣と魔法の腕だけじゃなく、盾としての素質もあるんだろ~? 遠距離攻撃ができるプラナムに、研究所内が分かってるこのボク。潜入には十分すぎると思うけどな~」

 不安そうなレイカの声に、努めて明るく話すダイアさん。


 ナナ救出作戦の内容はこうだ。

 通路から脱出後、レイカの圧縮移動で一気に廃研究所まで接近し、下水道から僕とプラナムさんとダイアさんで潜入。


 罠や見張りを排除しつつ、ナナが捕縛されていると思われる場所に移動し、彼女を救出する。

 ベリリム所長及び、協力者の積極的な捕縛は考えず、救出と脱出を第一にすること。


 ただし、発見、もしくは攻撃を仕掛けられた場合は、捕縛を優先して動く。


「積極的に動けるのはソラ君だけだからね~。無茶をするのはやめてくれよ~?」

「僕がお二人をお守りしなければならないわけですからね。倒れないように努めさせていただきますよ」

 作戦の最終確認をしつつ、地下道を歩き続ける。


 やがて、視界には大きな鉄の塊が出現した。


「さて、持って来た鍵の出番ですわね。鍵穴に鍵を――あら?」

 プラナムさんが扉に触れて鍵を開けようとするのだが、なぜか彼女は首を傾げた。


 鍵が合わなかったのだろうか?


「なぜ、鍵が開いているのでしょうか……? 我が家族とシルバルしか知らない場所なのに……」

 プラナムさんが力を込めて扉を押すと、それはゆっくりと開かれていく。


 僕たちの間に、言いようのない不安が広がっていった。


「誰か侵入者がいたということでしょうか?」

「可能性は無きにしも非ず、ですわね……。前回の整備の際に鍵をかけ忘れた可能性もありますので。とにかく、この先に地上に向かうための昇降機がありますので、急ぎましょう」

 地下道を更に進み、壁に取り付けられた昇降機に乗り込む。


 これもなぜか動力が既についていたが、あまり気にしないことにした。


「到着です。こちらの鍵は――かかっているみたいですわね。やはり、後始末を忘れていたと考えて良いでしょう」

 昇降機が停止した先の扉が解放されると、細かい砂が僕たちの体に降りかかってくる。


 外の世界は既に夜のとばりが下りており、美しい月と星が僕たちを照らしていた。


「こういう時じゃなければ、みんなでこの景色を堪能できたのに……。ままならないな……」

「解決したら、ぜひ皆様で星を見に行ってくださいませ。テント等もこちらで用意させていただきますわ」

 プラナムさんの提案にうなずきつつ、レイカに圧縮移動を使ってもらう。


 何度かの移動が行われ、とうとう視線の先に廃研究所らしきものが見えてきた。

 カバンに手を入れ、遠眼鏡に目を当てて周囲の観察を始める。


「あれが目的地……。周囲に幾人か見張りがいますが、決して多いわけではないみたいですね。これなら警戒をかいくぐって接近できると思います」

「見取り図によると……。潜入ができそうな下水道管は北にありますわね。近くに身を隠せる場所もあるようなので、そこに移動しましょうか」

 息を潜め、素早く目的の場所に移動する。


 移動した先には、四角形の大きな穴が開いていた。

 いまは何もなく、荒れきっているが、工場から出る廃液を集めておくための溜め池だったらしい。


 ここならば、待機組もある程度隠れることができそうだ。


「下水管には鉄格子をはめられていますか……。だいぶ痛んでいるようですし。これくらいなら切断できるでしょう。シルバル、よろしくお願いいたします」

「ええ、承知しました」

 プラナムさんの言葉にうなずいたシルバルさんは、鎧の隙間から小さなやすりらしきものを取り出した。


 それを鉄格子に当て、ゆっくり上下に動かしていく。

 音が周囲に響かないよう、僕は消音魔法を発動することにした。


「ひさしぶりにこんなことをする必要が出てくるとは。全く、どのような因果なのでしょうね」

「……二十年近く経ちますからね。もう、あなたも自身のことを許して良いのでは?」

 二人は、よく分からない言葉のやり取りを始める。


 小さく困惑していると、ダイアさんが近寄ってきて小声で話しかけてきた。


「シルバル君はね、昔、プラナムの家に忍び込んだ盗賊だったんだよ」

「え……!? そ、それって、どういことですか……!?」

 とんでもない情報に耳を疑う。


 シルバルさんが盗賊だったなど信じられない。

 何かの間違いではないのだろうか。


「ボクとプラナムが出会う前の話だから、詳しくは知らないんだよね~。でも、やむにやまれぬ事情があって盗賊に身をやつすしかなかったんだってさ」

 シルバルさんが鉄格子を切り終わるまでの間、僕たちはダイアさんから彼の過去を教えてもらった。


 盗賊になる前は鉱山で鉱士をしており、裕福といかないまでもそれなりの暮らしをしていたとのこと。

 だが、鉱山から鉱石が採れなくなり、業績が悪化した末に廃棄されてしまい、やむなく別の鉱山で働きだしたものの、正当な賃金を払ってもらえなかった。


 そのせいで家族は食べる物に困り、一人、また一人と病に倒れ、治療を受けさせることすらできなくなってしまう。

 悩みぬいた末に悪事に手を付け、家族を癒す日々を過ごしていたそうだ。


「そんなある日、彼の妹さんが重病に侵された。市井の人々から盗むだけでは治療ができないと判断した彼は、プラナムの家に侵入することにしたんだ。広く門戸を開かれている家だから、警戒が緩いと考えたんだろうね」

「そこで彼は捕縛されたのでしょうか……?」

 コクリとうなずき、ダイアさんは話を続ける。


「プラナムは、数日間シルバル君と鉄格子越しに対話をしたらしい。そこで彼の家族が病に侵されていること、鉱士にひどい扱いをする鉱山の存在を知った。急いで両親に進言し、告発と治療のための援助を行ったんだけど……」

 ダイアさんは作業を続けるシルバルさんから目を離し、帝都の方へと視線を向けた。


「既に妹さんは命を落としていた。そして、息子が悪事に手を染めていたことを知ったご両親も心を痛め、同じく病で亡くなってしまったんだ」

「シルバルさんに、そんな過去が……」

 あんなに立派な人でも、家族を守ろうとして道を誤ってしまう。


 誤った理由も、自身のためではなく家族のために――


「そっか、シルバルさんが助けることは自分本位だって言ったのは……」

 当時の出来事を、シルバルさんは心に縛り続けているのだろう。


 家族が元気な姿を見たいから、盗賊に身をやつした。

 家族が笑っている姿を見たいから、他者から金銭を奪い取った。


 その自分本位な想いは、他者にバレた瞬間に崩れ去ってしまった。


「さて、ソラ君。君は彼のことを悪事に手を染めた愚か者だと思うかい? それとも、自身を捨てても他者に尽くす忠義の人だと思うかい?」

 シルバルさんの背に視線を向け、思考を巡らせる。


 彼は他者のために動ける素晴らしい人物だと思っている。

 だが、悪事に手を染めた人物として、軽蔑の想いが浮かんでしまっているのもまた確かだ。


 知らなければ、素晴らしい人だと思い続けていただろう。

幻滅することもなかっただろう。


 僕は――


「家族を想うあまり、家族の想いを考えられなくなってしまった。それが彼の過ちだったのだと思います。少しでもそれに気を配ってあげられたら、悪事を働いたことを知られた時のことを想像できれば――」

 状況次第では、僕も悪事に手を出してしまわないとは言い切れない。


 大切な人たちが元気で笑っていることは、僕の願いなのだから。


「いまの僕では、悪人とも善人とも判別できません。強いて言うなら、現在だけを見てあげればいいんじゃないですか? 彼は過去を後悔し、贖罪のために戦っている。その姿だけを……」

 過去を振り返らず、ただ生きているだけでは何も変わらない。


 過去の醜い自分を見つめ、それに再び陥らないようにすることが大切なのだから。


「ふむ、君は本当に面白い人だね~。右にも左にもよらず、ただ中央を歩き続けようとする。誰にでも平等な人なのか、それともただの逃げなのか」

「に、逃げ……? 僕が何かから逃げていると……?」

 僕の質問に、ダイアさんは首を左右に振る。


「君だけじゃない。ナナ君も何かから逃げている。それが何なのかはボクには分からないけどね~」

 ナナも何かから逃げているとなると、思いつくのは五年前の事件のことだが。


「ま、大人は見たくない物から逃げるもんよ。あんまり深く考えないようにね~」

「大人は逃げる……。僕も……」

 少しの後、シルバルさんは鉄格子の切断を完了する。


 僕はプラナムさんとダイアさんと共に、暗い下水管を進んで行くのだった。

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