目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

廃研究所

「よっと……。お二人とも、上がってこれますか?」

「強化魔法がかかっていても、わたくしたちではさすがに……。ロープを下ろして頂けると嬉しいですわ」

「あまり配管も触りたくないしね~。面倒な病気はご勘弁だよ」

 下水管を進み、廃研究所に侵入した僕とプラナムさんとダイアさん。


 彼女たちをロープで引き上げ、現在地の確認を行う。


「研究の過程で出た排水を、一時的に貯めておく場所のようですね。ゴミや汚れがひどいわけですわ」

「あまり長居したくないね~。上の方に別の部屋へと続く通路があるみたいだけど、手は届かなそうだ~」

 頭上を見上げると、通路らしきものが天井からぶら下げられている。


 高さは五から六メールと言ったところだろうか。


「排水施設と言えど、手入れをしなければ設備は痛んでしまいます。どこかに行き来するための梯子が――あれですわね」

 プラナムさんの視線の先に、折り畳み式の梯子が備え付けられていた。


 あれを使えば皆で通路へと出られそうだ。


「梯子を下ろす装置もそばにあるでしょうか?」

「恐らく……。ソラ様、お願いできますか?」

 大きくうなずき、軽く足のストレッチをしながら強化魔法を付与する。


 周囲に監視の目はなさそうなので、動くのならばいまの内だ。


「よし、行ってきます!」

 通路に向けて大きく飛び上がる。


 無事に通路には手が届き、登ることに成功した。


「レバーらしきものがありますね。これを下げれば大丈夫でしょうか?」

「うん、それでいいはず~。ソラ君、ナイスだよ~」

 ダイアさんの指示通りにレバーを下げると、梯子は軋みながらも下りていった。


 二人は下りてきたそれを掴み、するすると登ってくる。


「やはり魔法の力は素晴らしいですわね……。応用が利きやすいのが特に良いですわ!」

「魔法と機械を組み合わせるだけでなく、魔法そのものを使いたくなっちゃうよ~。そういのも研究してみますかね~」

 褒めてくれたことに対して笑みを浮かべつつも、二人が登り終わるまで周囲の警戒を続ける。


 見張りの姿は見えないが、ここから先は音を立てるのも厳禁だ。


「防音魔法を張っておきます。外の音は聞こえませんが、僕たちが出す音が誰かの耳に入るのは防げますので」

 半透明の膜が僕たちを覆い、外界とは完全に音が分断される状態になった。


 あまり範囲が大きくても不自然なので、小さめに広げておかなければ。


「ソラ君、安全が確保された場所ではこの魔法を切ってくれるか~い?」

「え? もちろん構いませんが、ずっと張り続けていた方が安全ですよ?」

 何が原因で音を立ててしまうか分からない。


 そのせいで侵入がバレてしまっては意味がないと思うのだが。


「わたくしたちも音を拾う必要があるのです。ここは研究所。古びているとはいえ、機能が生かされている場所があるはずなので」

「機能が……? ああ、機械を使って何かをしているのであれば、そこに監視がいるはずですしね」

 音を頼りに監視を探し、捕縛をすることで戦力を削ぐ作戦のようだ。


 何かしら情報も手に入ると思われるので、急速の時などに魔法を解除するとしよう。


「まずは研究所全体を監視するための部屋、監視室に向かいましょう。わたくしが先導しますので、お二人は周囲の警戒をお願いいたしますわ」

「りょーかい。罠の解除等は任させてもらうよ~」

「よろしくお願いします。お二人のことは僕が必ず守ります!」

 まずが通路を隔てている扉へと向かう。


 それをプラナムさんに開いてもらい、内側へと進むと、そこは広大な部屋となっていた。

 薄暗い室内にガラスでできた容器が大量に置かれており、どことなく不気味だ。


「む、監視カメラがありますわね……。ここから狙撃いたしますので、お下がりくださいまし」

 プラナムさんは銃を取り出し、遠く離れた機械に向けて射撃を行う。


 弾は見事に命中し、それは煙を噴き出して壊れてしまった。


「監視室へ急ぎますわよ! カメラの故障に気付いて報告されるのは避けたいので!」

「だったら壊さないで隠密を優先したほうが良かっただろうに……。ま、放置したまま動いて、不意に発見されるよりかは良いか~」

 駆け足で次の扉に向けて移動する。


 見たところ、この部屋には監視カメラは存在しないようだ。


「おっとと、熱感知システムか~。コイツは解除しておかないとまずいね~。ちょちょいのちょいっと」

 工具を駆使し、ダイアさんが壁に取り付けられた機械を取り除いてくれた。


 高い場所だけでなく、足元にも罠が仕掛けられている。

 仮に僕一人だけでこの場に潜入していたら、たちまち捕縛されていただろう。


「あの扉の向こうが監視室のようですわ。む? 扉が開いて――」

「アクセラ! せや!」

「むぐ!?」

 扉から出てきた人物に素早く飛び掛かり、声を出される前に締め落とす。


 監視室の様子を調べるが、中に他の人物はいないようだ。


「お見事ですわ! さあ、監視システムを停止させますわよ!」

「りょーかい。ぱぱっとやっちゃうよ~」

 プラナムさんとダイアさんが機械を操作し、監視装置の解除を行っていく。


 モニターに映し出された映像が、一つ、また一つと消えていき、暗い画面が映し出されるだけとなった。


「これで映像による発見は回避できるようになりましたわね。もう一つの熱感知システムによる監視は解除できませんでしたが……」

「研究員たちがいるから、数はそう多く使われてないはずだよ~。普段使われていなさそうな部屋を移動するときに、注意するくらいで良いんじゃないかな~」

 二人が作業をしている間に、気絶させた監視員をロープで縛り、ロッカーの中に放り込む。


 報告をする者がいなくなったので、周知が行われる速度も下がっただろう。


「にしてもちゃちな監視システムだね~。二カ所、三カ所って分けておくでしょ」

「人が増えれば悪事が露見する可能性も高まる。外の監視は多くとも、この研究所内には最低限の人物しかいないのでしょうね」

 逆に考えれば、これだけの警備でも僕たちを撃退できると思われているわけでもある。


 まだ楽観的に見ることはできなさそうだ。


「機械が動いている部屋がモニターに映っておりましたね……。見取り図で言うとどのあたりでしょうか?」

「ベリリム所長に、魔法機械技術を持って来いって言われてた場所だね~。あと二区画先ってとこかな~」

「音のチェックもしてみましょうか。防音魔法を解除するので、音をたてないよう注意してください」

 半透明の膜が消え去ると同時に、研究所の奥の方から音が響いてくる。


 見取り図で指し示された部屋がある方向と一致しているようだ。


「恐らくナナ様もそこにおられるでしょうし、作戦を再開いたしましょう。ソラ様、お願いいたします」

「ええ、もちろんです」

 再び半透明の膜が現れ、廃研究所内に響く音が消えていく。


 僕たちは監視室の外に出て、目的地に向けて歩き出す。

 罠を解除し、見かけた研究員を無力化しているうちに、ナナが捕まっていると思われる部屋にたどり着く。


 防音魔法を解除し、室内にいる人物に気取られぬよう注意をしつつ、窓から様子をうかがう。

 そこには――


「いた……。ナナです……!」

 大きなガラス容器に閉じ込められ、眠っているかのように瞼を閉じるナナの姿があった。


 助けに行きたいという思いを押しとどめつつ、カバンに手を入れて通話石を取り出す。

 それに魔力を通し、外にいるレイカたちに向けて会話を行う。


「レイカ? 聞こえるかい、レイカ?」

「お兄ちゃん。通話をしてきたってことは、もしかしてナナさんが?」

「うん、見つけたよ。これから救出するから、続けて周囲の警戒をお願いするね」

 通話石から返って来た嬉しそうな声に微笑みつつ、室内に入ってナナの救出を開始する。


 プラナムさんたちの操作によりガラス容器は開かれ、彼女はゆっくりと瞼を開けてくれた。

 そんな彼女を抱き起こし、僕は嗚咽を漏らしながら謝罪をする。


「こうして助けに来てくれたじゃないですか……。謝る必要なんかありませんよ……」

「ナナ……? もしかして、魔力が……?」

 ナナの体には特に傷がついている様子はないというのに、かなりの衰弱が見られる。


 魔力量が少なく感じるので、以前、僕が圧縮魔を暴走させた時と同じ症状に苛まれているのかもしれない。


「……必ず連れ出すからね。レイカ、聞こえるかい? 侵入した下水管を使ってそっちに向かうから、もう少しだけ――」

 ナナを背負い、通話石に声をかけるのだが。


「え!? あなたたちは――きゃあ!?」

「レイカ? レイカ!? どうしたんだい!?」

 暴れまわるような音が聞こえてくるものの、レイカの声が聞こえてこない。


 やがて向こうからの通話は完全に途絶え、手に持つ通話石に魔力を込めても返答はなかった。


「まずいかもね~……。今度はレイカ君たちが……」

「とにかく急いで脱出しましょう! 下水管を通っている暇はありませんので、入り口を正面突破して――」

 走り出そうとしたその時、扉が開く音が室内に響く。


 剣を構えてその音の出所に視線を向けると。


「おやおや、もうお帰りですかな?」

「な!? あなたは……!」

 いつか見た、恰幅の良いゴブリンの男性。


 体を大きく揺らしながら、ベリリム所長が部屋の中に入ってきた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?