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奪ったモノでできたモノたち

「ベリリム所長……! わたくしたちは、泳がされていたという所でしょうか?」

「さすがはプラナム嬢、話が早くて助かりますぞ。ですが、事情が呑み込めていないそちらの方のためにも、種明かしとさせていただきましょうか」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ベリリム所長が懐に手を入れる。


 出てきたのは、ダイアさんが解除し続けてくれていた熱感知のトラップだ。


「この中には現在地を知らせる発信機が入っております。つまり、罠を解除した時点であなた方の行動は筒抜け。そうですよね? ダイア」

「そんな……。じゃあ、僕たちは……?」

 簡単に解除ができる人物が、その発信機とやらに気付かないわけがない。


 警戒を続けつつも背後へと振り返ると、プラナムさんが呆れたような表情を浮かべつつ口を開いた。


「少しだけ嘘を混ぜるなんて、いやらしい説明をしますわね。あんな小型の装置に、複数の機能を付けられるわけがないでしょう? それとも何か? ダイアがそんなことも分からない愚か者だとでも思っているのでしょうか?」

「愚か者なのは確かでしょう? そちら側にいるのですから。いまからでもミスリル容器と魔法機械の資料を持ってきていただけるのなら、あなただけはこれから行う実験から対象外とさせていただきますが?」

 どうやら、僕たちの不信を煽るための発言だったようだ。


 だが、ダイアさんが裏切っていないと決まったわけではない。

 祈りながら、彼女が口を開くのをじっと待つ。


「悪いけど、そいつはお断りだね~。こんな汚らしい研究所で研究をするなんてぞっとするし、なによりね~」

 腕を組み、大きく息を吐くダイアさん。


 彼女から飛び出した言葉は、激しい怒りを孕んだものだった。


「他者から奪おうとする魂胆が気に入らない。繰り返そうとしていることが気にくわない! 機械であれ技術であれ、独占しようとするあんたが許せない!」

 ここで初めて、プラナムさんとダイアさんの仲が良い理由に気付く。


 水と油のような性格の二人だが、根底には機械を愛し、技術を愛する心がある。

 根が同じだからこそ、彼女たちは仲が良いのだ。


 そして、その心をベリリム所長が有していないからこそ、彼女たちは彼を毛嫌いしているのだろう。


「奪って何が悪いのです? 奪わなければ、この国はここまで発展しなかった。あなた方が研究していることも、全てはそこから始まった――」

「じゃあ、ボクたちがあんたから奪ってもいいわけだ」

 ダイアさんの短い言葉に、ベリリム所長は口ごもる。


「いい加減気付きなよ。同じことを繰り返しても何も変わらないってことに。昔からそうだったよね? 他者の研究成果を横取りし、自分の手柄に変えて……。今度は危害を加えてまで何を得るつもりだよ?」

「知識を持ち、技術を持ち、良き友人に恵まれたあなたには言われたくないですね……。持たざる者があがき、苦しむさまを見たことがないあなただけには……!」

「自分で捨ててった奴が何を言ってんだか。あんたにはボクがいた、環境があった。それでもいまの道を歩いたのはあんただろ?」

 諫めるような口ぶりを聞き、心に疑念を抱く。


 遥か以前からの知り合いに語り掛けるような口ぶりに聞こえるが、二人の関係は何なのだろうか。


「ええ、全ては私の選択。これまでにしてきたことも、これからすることも私の道です。何を奪うつもり? 全てですよ。お金も、名誉も、機械も、技術も、ありとあらゆる所有権が欲しい。私では手に入れられないはずだったものたちが欲しいのですよ」

 人と対面して、これほどに嫌悪感を抱いたのは初めてだった。


 いままでにも言い合いや喧嘩に近いことは起きても、会話をしたくないと思ったことは一度としてない。

 目の前にいる人物を、僕は認めることができなかった。


「問答はもうよろしいでしょう。私の要望が飲めないのであれば、あなたもそこの者たちと共に実験に参加してもらいます」

 所長は服の内側から謎のボタンを取り出すと、何のためらいもなくそれを押した。


 すると周囲から機械が動き出す音が聞こえだし――


「うわっ!?」

「きゃああ!?」

「わわわわ!!」

 足元の床が突如外れ、僕たちは暗闇に向かって落ちていった。


「ここまでは潜入ゲーム。ここからはアクションゲームです。お楽しみくだされ」

 所長の下卑た声が上から聞こえてくる。


 落とし穴の先は斜面になっていた。

 滑ることを止められず、別の場所へ移動させられる。


 しばらく滑り続けると、正面からは光があふれ出す。

 その光に包まれるのと同時に、僕たちは空中に投げ出された。


「まず……! せい!」

 この勢いのまま落下しないよう、風の魔法を床に向けて発射する。


 強風が僕たちの落下速度を下げ、衝撃を和らげてくれた。


「あてて……。ここは……?」

「何やら実験施設のようですが……。ダイア、何か分かりますか?」

「さあね~。ろくでもないことを考えてるってくらいしかわかんないよ~」

 周囲の壁には、金属製の扉がいくつも取り付けられていた。


 あの中には何が入っているのだろうか。


「お集まりの皆さま、準備はよろしいですかな?」

 僕たちより上の方から所長の声が聞こえてくる。


 ここにも通路が天井からぶら下げられており、所長はそこから見下ろしていた。

 防御壁がついているらしく、こちらからの攻撃は届かないようだ。


「目的はわたくしが得てきた情報と研究資料なのでしょう? なぜ、わざわざこのようなことをなさるのです?」

「もちろんそれらも頂きます……が、そんなことよりも実験を行いたいのですよ。得た力を使ってみたくなる、人とはそういうものでしょう? さあ、実験開始です!」

 プラナムさんの臆さぬ言葉に対しても、所長は余裕を崩さない。


 彼が右腕を上げて合図をすると、壁に取り付けられている扉が上がっていく。

 その中からは、ゴブリンやドワーフの人たちに似た姿をした機械たちが現れた。


「機械人形……。よりにもよってこの技術で、人を傷つけようとするとは……」

 プラナムさんの両手がわなわなと震えだす。


 共に歩んできた機械技術を、悪用されたことに対して憤りを感じているようだ。


「そちらのお嬢様が持っていた魔力を、動力として使用させていただきました。おかげで大変たくさんの機械人形たちの起動ができましたよ。本当に、ありがとうございます」

「ナナの魔力を……か。ふざけやがって……」

 ナナを壁際に移動させ、守ってもらうようにダイアさんにお願いしつつ剣を抜き取る。


 プラナムさんも銃を抜き取り、戦う準備を始めていた。


「破壊しましょう。それがこの子たちのためですわ」

「僕も、ナナの魔力が人を傷つけるところを見たくありません。プラナムさん、ご協力お願いします!」

 強化魔法をかけ、最も近くにいる機械人形に向けて剣を振り下ろす。


 だが、僕の攻撃は甲高い音を立てて弾かれてしまった。


「かった……! せい!」

 機械人形の攻撃を回避しつつ、反撃に回し蹴りを放つ。


 人形は吹き飛ばされて地面を転がるが、何事もなかったかのように起き上がってきた。


「剣では硬すぎます! 何か弱点は……!」

「人形と言えど相手は機械、動力は必ず存在します。それさえ見つけられれば……!」

 頭の部分だろうか、それとも胸?


 機械に疎い僕では分からなかった。


「大きく動く関節部分は強度が弱い場合が多いよ~。そこを狙えば無力化はできるし、細かくしてボクの方に飛ばしてくれれば弱点を調査する~」

「分かりました!」

 一旦自動人形たちを大きく吹き飛ばし、お互いの距離が離れた一体に飛び掛かる。


 人形の右腕関節部分を狙って複数回剣を振り下ろすと、バキッという音ともに腕が地面に落ちていった。

 だが――


「関節でもかなりの硬さだ……! こんなことを続けていたら、剣が……!」

 いまのところは問題ないが、このまま続けていればいずれは折れてしまう。


 そうならないことを祈りつつ、他の関節を破壊してからダイアさんに向けて放り投げておく。


「せい! はあああ!」

 次から次へと襲ってくる人形たちを吹き飛ばしつつ、分解を続ける。


 ギシギシ、ミシミシと剣は悲鳴をあげ、剣身には刃こぼれができていく。

 これ以上の無理はさせられない、徒手空拳でしのぐしかないか。


 剣を鞘に戻し、機械人形に飛びかかろうとしたその時。


「プラナム! 胸部向かって右側!」

「分かりました! せぇい!」

 大きな破裂音が鳴り響き、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。


 銃での攻撃を受けた人形は、胸部に穴が開いていた。


「もう一発、喰らいなさい!」

 再び破裂音が響き、人形の胸に付けられた穴に向けて弾が飛び込んでいく。


 すると、バチバチと音を立てて人形は地面に崩れていった。


「わたくしが銃で弱点に穴を開けます! ソラ様はそこに攻撃を!」

「了解です!」

 プラナムさんの言葉にうなずきつつ圧縮魔を発動させる。


 銃でつけられた小さな穴には剣では攻撃が入らない。

 より小さく、破壊力に長けた圧縮魔なら弱点を破壊できるはずだ。


「ブラスト!」

 魔法を機械人形の胸部に侵入させ、かけた圧縮を解放する。


 内部で強力な爆発が起きたことで、人形は胴体からプスプスと煙を吐いて動かなくなってしまった。


「ほう、無力化どころか破壊してしまうとは……。やはり魔法とはすばらしい。ぜひとも手に入れたい力ですな」

 ベリリム所長が再び右手を挙げると、まだ解放されていなかった扉の奥からさらにたくさんの人形たちが現れる。


 弱点を見つけたとはいえ、このままではジリ貧だ。

 状況を打破するための手段を考えるが、思いついたものは現実的ではない作戦だった。


「いまの魔力量じゃ、人形たち全てを圧縮するのは無理か……!」

 目の前にいる人形たちを圧縮し、小さくなったところを薙ぎ払えば、硬さを気にせずにすみ、破壊がより楽になるだろう。


 だが、数も範囲も膨大になるので、とてつもない速度で魔力を失うことになる。

 もし圧縮しきれずに魔力を失ってしまえば、戦える人物はプラナムさんだけになってしまう。


 まだ戦力を隠している可能性がある以上、動けなくなってしまうことは避けたい。

 確実に一体ずつ倒していく、それが僕の導き出した判断だった。


 一体、また一体と動かなくなっていくが、それ以上に人形たちが押し寄せてくる。

 それらを押し返しつつ、魔法を詠唱しなければならないので、疲労、魔力共に消費が激しくなっていく。


「なかなか頑張ったようですが、さすがに物量には勝てないようですな。良いデータも取れましたし、これで終わりにするとしましょうか。次は、外で捕縛した者たちで異なる実験をしてみましょう」

 扉の奥から、再々度機械人形たちが現れる。


 その絶望的な光景を見たこと、体力魔力共に大きく消費してしまったことも含め、諦めたくなってしまう。

 だが、僕が折れてしまえば、プラナムさんやダイアさんにシルバルさん、僕の家族たちまで苦しめられることになる。


 ここで止まってなどいられない。


「魔力……。魔力がもっとあれば……! 僕の魔力がもっと強ければ……!」

「あるよ、君の魔力」

「え……?」

 聞こえてきた声に振り返ると、ダイアさんは持ってきていた大きなカバンからミスリル容器を取り出した。


 キラキラと水色に輝いているそれは、内側に大量の魔力を蓄えている証拠だ。


「ほう、それがプラナム嬢の旅の成果……。命乞いと言ったところでしょうかな?」

「いいや、反撃の時だ!」

 容器に飛びつき、蓋を勢いよく開け放つ。


 魔力が容器から飛び出し、僕の体を包み込んでいく。

 それを利用して、圧縮魔を発動する準備を行う。


「これだけあれば……! 圧縮!」

 人形たちに向け、一度に圧縮をかける。


 激しい勢いで魔力が消費されていくが、圧縮が終わるまでに枯渇することはなかった。


「何!? 私の人形たちが!?」

 小さくなろうとも、人形たちは僕たちに向かってくる。


 そのひたむきな行動に心の中で謝罪をしつつ、剣を横なぎに振り払う。

 人形たちはバラバラになり、地面に散っていった。

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