「素晴らしいですわ! この数の人形たちを一瞬で破壊してしまうなんて!」
散らばった破片たちを見て、プラナムさんが歓喜の声をあげる。
これで残すは所長だけだ。
体力魔力共に限界に近いが、必ず捕縛して見せる。
「おのれ……。よくも我が人形軍団を……! 許しませんぞ……!」
ベリリム所長は体をプルプルと震わせている。
だが、その行動はあっという間に止まり、彼はこの部屋から出るための扉めがけて走り出した。
「あ! 待ちなさい! 逃げるつもりですの!?」
「当然です。捕まらない限り、いくらでも手を打てるのですから。あなた方から得た情報、捕まえた者たちを利用し、必ず復讐を――」
「次の機会などあると思うな」
ベリリム所長が開こうとした扉が勝手に開き、奥から誰かが入ってくる。
黒色の服で身を固め、腰に剣を下げた男性。
いつか見た記憶があるが、どこで会ったのだろうか。
「ゴルドル兄様!? どうしてここに!? どうやってこの場所に……」
「うるさいぞ、プラナム。ソラ殿方の調査過程でたどり着いただけさ」
ゴルドル兄様と呼ばれた人物の言葉を聞き、どこで会ったのかを思い出す。
商業施設での遊び道具コーナー。
自身をアラムと名乗って声をかけてきたあの人と、同じ声だ。
「なるほど、アラムという名はゴルドル兄様の偽名だったのですね……。わたくしが連れてきたソラ様たちが、危険人物でないか調査をしていたと言ったところでしょうか」
「いくら我が妹の客であろうと、外から来た人々を容易に信頼するわけにはいかないからな。が、おかげで我が国にはびこる影をあぶりだせたわけだが」
ゴルドルさんの視線がベリリム所長に向けられる。
所長はドラゴンに睨まれたがごとく、微動だにしない。
「ラウンド研究所所長ベリリム、貴殿には複数の罪状がある。ついてきてもらうぞ」
懐から書状が取り出され、所長に突き付けられる。
かなりの長さがあるところを見るに、これまでに相当数の悪事をやらかしてきたようだ。
「こ、ここまで来たのに諦めてたまるか……! 邪魔をするというのであれば……!」
所長は懐から小型の銃を取り出し、ゴルドルさんに向けようとした。
ここからでは防御壁のせいで手が出せないが、小さいながらできることはある。
残る魔力で自身を強化するのと同時に、破壊した人形たちの圧縮を解除し、元のサイズへと戻った機械の破片を思いっきり投げつける。
やはり防御壁を破壊することはできなかったが、突如鳴り響いた轟音に、所長は大きく怯んでくれた。
「いまです! レイカ殿、シルバル!」
機と見たゴルドルさんが、捕まっているはずの人物たちの名を叫びながら突っ込んでいく。
漫然と飛び掛かってくる彼に、所長は再び銃を向けようとするのだが。
「了解です!」
「承知!」
「な!? い、一体どこから……!?」
突如として出現したシルバルさんに体を拘束され、金属の床へと押しつけられていた。
彼は所長の私兵に捕縛されていたはず。
もしや、ゴルドルさんが助けてくれたのだろうか。
ということは、レイカたちも――
「いつの間に脱出を……!? 捕縛したと連絡が――」
「残念ながら、それをしたのは我々だ。初めから捕まってなどいない」
説明をしながら、シルバルさんは所長の体にロープを、ゴルドルさんが銃を取り上げつつ腕に錠を付けていく。
やりとりを呆然と見つめていると、レイカとレンが扉から顔を出した。
「お兄ちゃん! ナナさん!」
「みんな、大丈夫?」
「二人とも……! よかった、無事だったんだね!」
ケガをしている様子は微塵もない。
突如通信が途絶えたことに気をもんだが、心身共に健康のようだ。
「通信できなくてごめんなさい! ゴルドルさんに助けてもらって、協力してほしいって言われちゃって……!」
「そうだったんだ……。ううん、元気であれば何よりさ。所長の捕縛を手伝ってくれてありがとうね」
僕が褒めると、レイカは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。
その間に所長の捕縛も完了したようで。
「では行くぞ、ベリリム。シルバル、彼の連行を頼む」
「承知いたしました」
「こ、こんなところで……! おのれ……! おのれぇぇぇぇ!!」
所長はわめき続けながら、ゴルドルさんたちに連行されていく。
うらみつらみがこめられた声も小さくなり、やがて聞こえなくなるのだった。
「ナナ、大丈夫かい?」
「ええ……。改めて助けていただき、ありがとうございます」
ナナのそばに駆け寄り、容体を見るために顔を覗き込む。
少し青白く見えたが、それでも彼女は優しい笑顔を僕に返してくれた。
「本当に、本当にごめん。この手を離さないって約束したのに……」
「もう、いいですって……。また、こうして繋げられたじゃないですか……」
僕の右手に、ナナの手が乗せられる。
冷たくも温もりを感じられるその手により、心に刺さったとげが抜け落ちていった。
「……帰ろっか!」
「……はい!」
ナナの体を抱き上げ、落ちないように密着させる。
彼女も僕の首に腕を回し、しっかりと抱き着いてくれた。
「ひゅ~、お熱いね~。人の目があるってのに大胆なんだから~」
「いいじゃないですか、これくらい。……ね?」
「ええ、あなたの温もり、触れさせてください」
ダイアさんに何度か茶化されつつ、僕たちは廃研究所を脱出する。
道中、黒い服を着た人々が、資料の接収や機材の押収を行っていた。
皆、ゴルドルさんと同じ服を着ているが、彼の配下なのだろうか。
「研究者、および見張りに出ていた者たちも、捕縛しだい所長と同様に連行すること。集めた資料も鑑識に回せ」
「ハッ! 承知しました!」
入り口前で指示を出していたゴルドルさんが、こちらへ近寄ってくる。
既にベリリム所長は連行された後らしく、彼の姿はこの場からなくなっていた。
「まずは自己紹介を。私の名前はゴルドル。既にご存じだと思いますが、お二方に告げたアラムという名は、調査を行う上での偽名とさせていただいております」
頭を下げたゴルドルさんに対し、僕たちも自己紹介を行う。
僕たちの情報はほとんど得ていたらしく、すり合わせのようなものになってしまったが。
「皆様を疑い、嗅ぎまわるような真似をしてしまったこと、ここに謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「いえ……。おかげで僕たちが助かったようなものですし……。ね?」
「うん。ゴルドルさんが来てくれなければ、私たちは数に押されて負けちゃうところでした。助けていただき、ありがとうございました!」
レイカの動きに合わせ、皆でゴルドルさんに頭を下げる。
事情聴取等もあり、しばらく彼と会話を続けていると、二台の車が僕たちの元へやってきた。
どうやら、帰るための手段を手配してくれていたようだ。
「本当はもう少しお話を聞きたいところですが、ナナ殿はかなりの負担を受けている様子。今日はこちらの車で帰宅し、お体をお休め下さい」
「ありがとうございます。じゃあ、プラナムさんの家に帰ろうか」
ナナを抱き上げ、車の席に座らせる。
続々と皆も車に乗り込み、いつでも発進できる状態となった。
「あら? ダイアもこちらの車に乗り込むんですの? あなたの家に向かうための車も用意してくれているというのに」
「え~? ボクだけ仲間外れなんて、ひどいよプラナム~。ボクだってクタクタなんだから、最高級のベッドで眠らせてくれたっていいだろ~?」
二人のやり取りに笑っていると、車がゆっくりと動き出す。
隣で眠りについたナナに微笑みを浮かべつつ、僕も瞼を閉じるのだった。