「ベリリム所長が悪いだけですのに、ラウンド研究所そのものが閉鎖ですか……」
「所長の元で働いていた、善良な研究員たちには不憫な話ですがね……」
翌日のオーバル研究所にて。ナナ誘拐事件が起きた結果、誘発されるであろう影響について、プラナムさん、ダイアさんと共に話し合っていた。
最も有名な研究所の、しかも所長が悪辣な研究を実践していたと世に知れ渡ったことで膨大な量の批判が発生。
ラウンド研究所に与えられた認可等は全て没収され、閉鎖へと至ることになったのだ。
「各研究所で再雇用することにはなると思います。が、しばらくは後ろ指を指されることもあるでしょうね……」
「そういう人たちはボクらが支援をするから、ソラ君たちは心を痛めたりしないでくれよ~? 君たちは巻き込まれた側。な~んも、悪いことをしてないんだからね~」
うなずく二人を見て、ほっと息を吐く。
僕たちは被害者側とはいえ、無関係の者を巻き込んだことには変わりない。
そう言った人々のケアも考えてくれているようなので、一安心だ。
「さて、そろそろナナ君の検査結果が出てくるはずだけど……。うん、終わったみたいだね~」
ガラス越しに隣の部屋を覗くと、体の各部から検査道具を取り外してもらっているナナの姿が見える。
強制的に魔力を抜き取られたということもあり、体に異常がないか調査してもらっていたのだ。
「こりゃまたとてつもない数値だね~。ソラ君が譲ってくれた魔力量を優に超えるどころか、十数倍あるんだけど」
「元々は、強力な魔法を自由自在に扱うほどの人物だったんですよ。ただ、心に大きなショックを受けたせいで、うまく魔法を使えなくなってしまったのですが……」
プラナムさんとダイアさんは数値の大きさに対して、僕はナナが魔法を使えなくなったことに対して唸りだす。
この研究所で彼女の体を調べ続ければ、解放の一助になるだろうか。
「ん~……。可能性としては薄いんじゃないかな~。ボクたちは魔力について学び始めたばかりだからね~。機材が整っていても、知識がなければどうにもできないよ~」
「ナナ様が魔法を取り戻すには、彼女自身が戦うしかないでしょうね。あなたという、彼女にとっての最大の理解者がおられるのですから、諦めずに共に歩み続けてあげてくださいな」
「そう、ですか……。何がきっかけに戻るかな……」
オーラム鉱山の件で、ナナの魔法は少しとはいえ解放ができている。
何かしら心に働けば残りの魔法も復活するとは思うが、同じ状況を繰り返して心労を与えたくはない。
やはり乗り越えることこそが復活の鍵になるのだろうか。
「おっと、忘れるところでした。ソラ様、あなた様の剣をお貸ししていただいてもよろしいでしょうか?」
「剣を? 構いませんけど、かなりボロボロですよ?」
カバンの中から圧縮魔で縮めた剣と鞘を取り出し、机の上に置く。
プラナムさんは元の大きさに戻った剣を静かに抜き放ち、値踏みするかのように調べ始めた。
「この剣にもかなりの無茶をさせてしまいましたね……。金属を、よりにもよって合金を斬り続けていたのですから……」
「でも、最後まで持ってくれて助かりましたよ。途中で折れていたら、なすすべもなくやられてしまっていたでしょうし」
剣の頑丈さもさることながら、正しく手入れをされていたからこそ、ここまでもってくれたのだろう。
この剣の研師であるシャプナーさんに感謝しなければ。
「……もしよろしければですが、この剣をしばらくわたくしに預けていただけないでしょうか?」
「構いませんが……。ボロボロの状態では振ることすらままなりませんよ?」
素振りに使用するだけでも、いまの状態では折れてしまいかねない。
このままでは何にも使えないと思うのだが。
「この剣を糧に、新しい剣を作ろうと思っているのです。これまでのお礼として……」
「え……!? 本当ですか!?」
剣がない状態のままでは戦う力が大きく減少してしまうので、新しい剣に乗り換えようと考えてはいた。
プラナムさんからそれを提案してくれたのであれば、乗らない理由がないだろう。
「あなた方の技術を愚弄するわけではありませんが、この剣には多くの無駄が存在しています。我々の技術であれば、より強靭に、鋭い刃を作ることができますわ」
「より強い武器に……。もしかして、機械技術が発達する前は……?」
「お、いいとこ気付くね~。ボクたちの遥か昔のご先祖様たちは、優れた武器を作ることに長けていたんだ~。機械技術は、それらの延長線上ってことだね~」
機械技術は勝つために生まれた技術だと聞いた。
武器も相手に勝つことを目的としているので、これほど大きく技術が発達するのも、むべなるかな。
「どうでしょう? ソラ様の判断にお任せしますが?」
世界を巡る旅を続けていれば、より大きな困難に襲われるはず。
より強く、より良い武器は絶対に必要だ。
「その提案、受け入れさせていただきます。どうか、よろしくお願いします」
「承知いたしました。この剣は一旦溶かし、新しい剣の素材として混ぜ合わせていただきますわね」
いままで使い続けてきた剣が、さらに強くなって帰ってくる。
想像するだけで、心は嬉しさに包まれるのだった。
「剣が完成するまでには一から二週間ほどかかると思います。それまで、ぜひ帝都を楽しんでくださいまし!」
「分かりました。お二人とも、本日はありがとうございました」
共に年月を過ごした剣を預け、部屋を出ようとする。
だがその直前で、聞きたいことがあることを思い出す。
「そうだ、ダイアさん。どうして廃研究所に、ミスリル容器を持ってきていたのですか?」
「ああ、あれ? もしもの時の最終手段になればって思っただけさ~」
ケラケラと笑いながらそう言い放つダイアさん。
そんな彼女に、プラナムさんは呆れたように口を開く。
「にっちもさっちも行かなくなった時は、ミスリル容器で交渉をしようと考えていたのでしょう? 結局、それ以前にあなた自ら交渉を蹴っていましたが」
「へへ~、プラナムにはバレちゃうか~。技術を持ってかれるのは癪だけど、外の大陸から来たソラ君たちにより大きな被害を出すよりマシだからね~。ああなるとは思わなかったけど、役に立って良かったよ~」
最悪を想定しての行動が、逆転の一手になるとは思わなかっただろう。
救出に協力してくれた二人に改めて感謝をしつつ、部屋の外へと出る。
ナナの元へと向かう道中、剣が出来上がるまでの過ごし方を考えることにした。
「事件もあって疲れたし、思いっきり休みたいところだけど……」
帝都内を見て回るだけでなく、外に出れば砂漠に住むモンスターの調査だってできる。
休んでいるだけではもったいない。
「ゴブリンとドワーフの知識も得られた。情報を纏め始めるのもいいかもしれないなぁ」
どんな内容を書き記すか想像しながら、合流したナナと共に帰路に付くのだった。
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『ゴブリン族』 『ドワーフ族』
体長 0.7メール ~ 1.1メール
体重 10.0キロム ~ 30.0キロム
生息地 『アディア大陸』砂漠地方
技術という力を追い求める種族。
主にゴブリンは技術の開発を、ドワーフは採石や採取などの集める者たちのことを指している。
従事する職種によって区別をするため、それらの名称を使っているだけであり、両者に身体的・能力的な差異は存在せず、本質的には同一の種族。
小柄な体躯をしており、魔法の力も持たないが、見た目以上に筋力に優れており、力に特化した種族ともいえる。
自動で動く人形や、高速で移動が可能な乗り物、果てには空を飛ぶ機械を作り出すほどの技術を持ち、武器や道具を作り出す技術もまた最高クラス。
わざわざ種族を分ける必要はないのではという声も上がっており、新たな種族名を決める会議なども行われているそうだ。
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