「よおーし、準備完了! 二人も終わったかい?」
「うん、終わったよ!」
「スケッチブックもちゃんと持った」
プラナムさんの家の玄関口にて。僕とレイカとレンは外出をする準備を行っていた。
街中ではなく、帝都の外にまで行くので、普段より多くの荷物が積み上げられている。
「ま~う、ま~う、まうまう!」
「ワウ、ワウワウ」
「キャウ! キャウ!」
荷物の最終確認をしていると、トコトコとモンスターたちがやってきた。
彼らの背後にはカバンを肩にかけたナナの姿もある。
「君たちも準備ができたみたいだね?」
「ええ。しばらく出かけるのがお預けだったせいか、みんな興奮してなだめるのが大変でしたよ」
ナナの言葉に同意するかのごとく、スラランがぴょこんぴょこんと飛び跳ねる。
他の子たちも、僕を期待に満ちた瞳で見上げていた。
「よし、じゃあ出かけよう! 夜の砂漠へ!」
「まうまーう!」
「ワオーン!」
一家勢ぞろいで玄関から外に出る。
美しく整備された道の先には、二台の車が停まっていた。
「お待ちしておりました。それでは、帝都の外までの送迎という形でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
それぞれの車に皆が乗り込み終えたのを確認すると、運転手が車を発進させる。
静かに揺れながら車は郊外を抜け、巨大な建物たちが立ち並ぶ市街地へと入っていった。
「建物や道がキラキラ光っていて、きれいだね……」
「街の絵を描いてみるのもいいかも」
共に車に乗っているレンが、窓に張り付きながら街並みを照らす光を眺めていた。
道を照らす街灯の光、建物に取り付けられている窓から零れる光。
自然界では決して見ることができない、幻想的な風景がそこにあった。
「人が作り上げた美しさ。とても興味深い」
「気に入っていただき、ありがとうございます。ですが、この景色も巨大なエネルギー源が存在しているからこそ。いつの時代になるかは分かりませんが、見られなくなってしまう可能性もあるのです」
「この景色が……? 何か手は打たれているのですか?」
車を走らせるにも機械を動かすにもエネルギーが必要と聞いたので、それが枯渇すればこの国の機能は停止することになる。
あの明かりたちが消えてしまえば、日々を過ごす人々はどうなってしまうのだろうか。
「お嬢様が魔力を求めたのも、これが理由の一つなのです。いまある文明を存続させるために、新たなエネルギーとなりうる物を探しているそうです」
「魔力がエネルギーに……。考えたこともなかったな……」
街の光景を眺めながら、『アヴァル大陸』の村々に思いをはせる。
小麦の名産地であるグラノ村ではやっていないらしいが、風の魔法を使って風車を動かし、いつでも小麦を挽けるようにしてある村もあるらしい。
その方法と似たようなことを、この都でもしようとしているのか。
揺れにあくびを浮かべていると、いつの間にか車はトンネルに侵入していた。
暗い道をオレンジ色の光が照らす様子は、どことなく不気味だ。
トンネルを抜けると、先ほどまでの幻想的な光景とは打って変わり、寒々しい荒涼の大地が目に映る。
帝都内とはあまりにも真逆な光景を見たことで、僕の腕には鳥肌が立っていた。
「到着です。お迎えは明日の朝方でよろしかったでしょうか?」
「はい、それでお願いします。送っていただきありがとうございました」
車から降りて運転手たちにお礼を言う。
彼らは僕たちに頭を下げた後、車を発進させて帝都の中へ戻っていった。
「さあ、設営を終えたらさっそく調査を開始しようか!」
「「「はーい!」」」
皆で協力しつつ、砂の上に調査拠点を作り出す。
これから一晩掛けてモンスターの調査をすることになる。
疲れてもいつでも休めるようにと、プラナムさんが大型のテントを貸してくれたので、まずはそれの組み立てから始めるとしよう。
「キャウ! キャウーン!」
「ま! まーう!」
「ああ、こらこら。部品で遊んじゃダメだよ。おもちゃを持って来てあるから、レンたちは遊んであげてて」
「「うん!」」
遊び盛りのモンスターたちに邪魔をされつつも、テントの組み立てを完了する。
中は男女で眠る場所を分けられるほどに広く、一人につき一つ作業机を置くこともできるほど。
これなら快適に作業を行えそうだ。
「お兄ちゃん。スラランがサンドスライムを連れてきたみたいだよ」
「ルトが遠くを見つめてるみたいだけど……。あ、二足歩行で歩いてるモンスターが居る」
作業が終わった途端、モンスターたちが調査を手伝いだしてくれる。
まずはスラランが連れてきてくれた、サンドスライムの調査から始めることにした。
「ふ~ん……。砂を除けると普通のスライムみたいにプニプニしてるんだね。でも、どっちかって言うとグラススライムに近い感じなのかな」
砂漠に住むスライムは、王都周辺に住むスライムと生態が似ているようだ。
この子も臆病な性格をしていると聞いたが、もしかするとこういった性格のスライムが何かしらの物質を身に纏うようになるのだろうか。
「砂を取り外しちゃってごめんね。すぐに戻すよ」
サンドスライムの体に砂をまぶし、手元から離す。
僕から少し距離を取られたものの、スラランと交流をするつもりのようだ。
「あのスライムが、いずれストーンスライムになるのか……。不思議な生態だなぁ」
近くにある岩を見つめながら、小さくつぶやく。
調査記録をつけつつ、ルトが見つめる視線の先に顔を向ける。
「二足歩行で歩くモンスター、まだ見えるかい?」
「うん、肉眼でもギリギリ見えるところにいる」
モンスターを探しつつ、遠眼鏡を目に当てる。
拡大されて映し出されたモンスターは、二足歩行をする、茶色い鱗を持つトカゲのようなモンスターだった。
あれも王都周辺に生息しているモンスターに似ているが、近縁種だろうか。
「結構でかいな……。危険性もありそうだし、遠くからの調査だけにしておこう。分かる範囲だけでいいから、メモを作っておいてくれるかい?」
「ん。任せて」
レンに遠眼鏡を渡すと、彼はトカゲのモンスターを眺めつつメモを取り始めた。
この大陸にはどんなモンスターが居るのかという情報を、僕たちは持ち合わせていない。
今日は姿と名前の結びつけぐらいにして、後日ちゃんとした調査をした方が良いだろう。
「サンドスライム。グラススライムに似た性質を持ち、砂を身に纏うスライム。年月が経つとストーンスライムに――」
遊んでいるサンドスライムを見ながら調査ノートに書き記していると、レンが首をかしげるような仕草を取る。
遠方にいるモンスターが、何か特別な行動でもとったのだろうか。
「急にモンスターが倒れた」
「え? どれどれ……」
レンから遠眼鏡を返して貰い、遠方にいるモンスターの状態を確認する。
彼の発言通り、トカゲのモンスターは砂の上で突っ伏していた。
息をしているかは分からないが、体をぴくぴくと動かしているようではある。
「いきなり眠りにつくのはあり得ないし……。毒にでもやられたかな?」
視線を動かし、モンスターの脚部が見えるようにする。
茶色い鱗の上で動き回る、小型のオレンジ色の生物を見つけた。
空に向かって掲げられるような形の尻尾がついているが、どうやら毒針の類のようだ。
「毒虫にやられちゃったんだね。多分麻痺性の毒なんだろうけど、一匹であんなに強力だと――うええええ!?」
よくよく見ると、トカゲのモンスター周辺には大量の毒虫が集まっていた。
あまりの気持ち悪さに、思わず遠眼鏡を取り落とす。
レイカがそれを手に取り、代わりにモンスターたちの様子を調べてくれた。
「そういえば、ソラさんって虫が苦手なんでしたっけ」
「一度に大量の虫を見るのがどうもね……。虫系モンスターの調査においては致命的だよ……」
戦うとなれば我慢するが、嫌悪感と吐き気が押し寄せてくる状態で観察を続けるのは不可能だ。
手伝ってくれる家族がいるので、苦手な部分は任せるとしよう。
「うわ、食べてる……。どんどん原型が無くなっていってるよ……」
「わざわざ口に出さなくていいから……。とりあえず、ここの周辺だけ侵入を防ぐための防御結界を張っておこう。いきなり刺されるなんてことは防げるからね」
魔法を詠唱すると、周囲に防御壁が生み出された。
侵入さえされなければよいので、簡易的なもので十分だ。
「わずかとはいえ、魔力を消費していくことを忘れないでくださいね。私も途中で交代するので」
「よろしく。さあ、まだ調査は始まったばかり。どんどん情報を集めよう!」
皆でうなずき合い、モンスターの調査を続行する。
調査ノートには、砂漠のモンスターたちの情報が数多く書き記されていくのだった。