「みんな眠っちゃったね」
「ええ、起きているのは私たちだけです」
閑寂な夜の砂漠。空を彩る星々を除けば、光と言えるものは小さなランタンの明かりだけ。
それでも、隣に座るナナの顔がよく見えるほどに、光は大地へと降り注いでいた。
「五年前を思い出しますね。私とソラさんだけで荒野に出て、星を見に行ったあの日を」
「ふふ、懐かしい。あの日の流星雨、すごい綺麗だったよね」
アルティ村へ守護任務に行った際、二人だけで村を抜け出し、星を見に行ったことがある。
僕とナナの、始まりの思い出と言ってもよい出来事だ。
「あの時はびっくりしましたよ。眠ろうとしていたら窓を叩く音が聞こえてきて、恐る恐る近寄ってみたらソラさんが窓の外にいたんですもの。お化けかと思っちゃいました。あれ、三階だったんですよ?」
「君のお願いにうなずけなかったようなものだったから、普通に誘いにくくて……。まあ、素直になれなかったってところなんだろうね」
ナナから星を見に行きたいとお願いをされたのだが、僕は彼女のお父さんにお伺いを立てると言ってしまった。
立場上それをするのは正しいことだったのだが、状況を理解しきれていなかったために彼女にしこたま怒鳴られてしまったのだ。
「事情が事情とはいえ、家に閉じ込められて暮らしていたようなものだからね……。いまなら君が怒り出した理由もよくわかるよ」
「あははは……。私も、ソラさんに怒りを向けるべきじゃなかったんですよね……。改めて、ごめんなさい」
モンスターたちの動きが活発になった時期に、大切な娘が出かけるのは避けたい。
子どもを心配する親心だったのだが、肝心のナナはそれを不満に思っていた。
それに気付かず告げ口をする形になってしまえば、怒り出すのは当然だろう。
「ソラさんに抱きしめられながら家の壁を降りて、近くの高台で満点の星空を見て。眠くなった頃に家の壁を登り、また明日と言ってくれた。私の大切な思い出です」
「いま思うと、とんでもないことばかりしてるなぁ……。誘拐もいいところだよ……」
僕もナナも、若かったということだろう。
現在の僕が同じ状況にめぐり合ったとしたら、どのように行動するだろうか。
「さあ、君もそろそろ休みなよ。今日は久しぶりに見張りをしないとだから、眠気が残っていると大変だよ」
「はーい。じゃあ、三時間ほど先に休ませていただきますね。それじゃ、お休みなさい……」
微笑みを浮かべてから、ナナはテントの中へ入っていく。
一人残された僕は、調査記録をつけながら星空を眺めることにした。
満天の星空から、一つの星が零れ落ちていく。
心の中でいまある生活が続くことを願いつつ、大きくあくびをするのだった。
●
「うにゅ……。ふあああ~……。おはよう、お兄ちゃん、ナナさん……」
砂漠を朝日が照らしだした頃、レイカがテントの中から出てきた。
瞼を擦り、まだ眠たそうにあくびをしている。
「おはよう。ベッドじゃなかったから眠りにくかったかい?」
「ううん。砂が柔らかかったから、思ったより眠りやすかったよ……」
普段と異なる環境のために眠り足りないのだろう。
小型の鍋で温めておいた飲み物をナナがコップに入れ、レイカに手渡してくれる。
「火傷しないように、気を付けて飲んでね」
「はーい……。いただきます……」
レンもそろそろ起きだしてくるはずなので、朝食の準備をするとしよう。
カバンを引き寄せ、中からハムやチーズ、野菜などの食材を取り出す。
それらを薄く切ったパンに挟みこみ、四角いフライパンを二つ接合したような調理器具
に入れて火にかける。
裏返したりしながらしばらく調理を続けていると、小麦が焼ける良い香りが周囲を包み込んでいく。
「おはよう……」
「おはよう! レイカ、レンに飲み物を入れてあげてくれるかい?」
「はーい」
起きだしてきたレンに、レイカが飲み物を手渡す。
その間に調理器具から料理を取り出し、それをナイフで四分の一に切り分ける。
サクッという小気味よい音と共に、中からはチーズがとろけだしてきた。
「はい、朝ご飯だよ。次を焼くから先に食べちゃって」
小皿に移したホットサンドを家族に渡し、先ほどと同じ要領で調理を行う。
背後からは、サクサクと小気味よい食事をする音が響いてきた。
「ん~! お兄ちゃんが作ってくれたご飯、美味しいよ!」
「チーズのとろけ具合が絶妙。美味しい」
「あははは。久しぶりの調理だったから、少し心配してたけど……。満足してくれて嬉しいよ」
『アディア大陸』に来てからは、プラナムさんが雇っているコックの料理を食べていたので、自分で調理をするのは久しぶりだ。
簡単な料理とはいえ、火加減を間違えたりしないで良かった。
「そういえば、ソラ兄とナナさんは誰にご飯の作り方を習ったの?」
「え? 習う?」
「うん。毎日ご飯を作ってくれるし、時折難しそうな調理をすることもあるから気になって」
握る調理器具を見つめながら、これまでの日々を思い返す。
『アヴァル大陸』に向かう一年前だっただろうか。
お母さんに頼み、料理の仕方を教えてもらったことが始まりだ。
「私はソラさんや、アマロ村の人たちに教えてもらいながらだね。頑張ってお勉強したんだから」
僕もナナも、よく毎日毎食料理を作れていたものだ。
それだけ、料理をするのが楽しかったのだろうか。
「……私たちも、もっとお料理の勉強をした方が良いかな?」
「自分好みの味付けができるようになるわけだし、こういった野営をする時には必須になる技術だからね。難しい料理はできずとも、最低限はできるようになっていた方がいいさ」
レイカもレンも、焼いたり茹でたり、煮たりすることは問題なくできる。
味付け等はゆっくり覚えていけばいいので、苦戦することはそうそうないだろう。
「大丈夫、心配せずとも上達していくさ。いまはとっても料理が上手なナナだって、最初はパンを黒焦げにしてたくらいだからね」
「ちょ!? いきなり暴露しないでくださいよ!」
現在とは異なるナナの一面に、姉弟は大きく驚く。
帝都から迎えが来るまで、僕たちは朝食をとりながら料理の思い出話に花を咲かせるのだった。