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研究者と諜報者

「ふぅ……。これで魔力の補充は完了です」

 オーバル研究所にて。僕は、空になってしまったミスリル容器の魔力を充填していた。


 容器の入り口に蓋をしつつ、圧縮魔を解放すれば作業は終了だ。


「ありがと~。これで実験が再開できるね~」

 水色に美しく輝きだしたミスリル容器を見つめながら、ダイアさんが喜んでいる。


 早速彼女はそれを手に取り、傍らにいる職員に渡して次の作業の指示を行うのだった。


「ナナから魔力を奪った機械、調査は進みましたか?」

「ある程度はね~。簡単に言っちゃえば、ここにある水道と同じようなものさ~」

 ダイアさんは手を洗うための台へと移動し、取り付けられているバルブを回して蛇口から水を流す。


 ナナの内にある魔力の弁を無理やり開けっ放しにし、流れ出し続けるのを集めていたと言ったところか。


「悪趣味だよね~。ゴブリンやドワーフは魔力を持たないのに、放出を促す機械を作るんだから。最初っから、異種族から奪う気満々だったってことだね~」

「どうしてベリリムは、奪うという道を選んだんでしょう。話を聞いた限りですが、ある程度は恵まれた人だったんですよね?」

 持つ者から奪うという心理を理解したくはないが、考えは理解できる。


 羨望、嫉妬といった感情がそのような行動を起こしてしまったのだろう。


「アイツはね、ボクがプラナムと出会う前の友人だったんだよ。ボクと同じ研究員を志し、提出すべき論文も、成果物も全て頑張っていた。テキトーなボクとは違って、優秀な奴だと思ってたんだ」

「思ってた……? もしかして、その時から?」

 ダイアさんはコクリとうなずき、話を続けてくれる。


「ある日プラナムと出会い、意気投合したボクは共に研究をすることにした。そこにベリリムの奴も参加したいって言ってきたんだけど……。まあ、指示出しばかりで手を動かすところは見たことなかったね~」

 出資者や所長等の指示を出す側だというのであれば、作業をしないというのは分かる。


 だが、共同研究者だというのに手を動かそうとしないのでは、まずいだろう。

 僕に任せられたモンスター図鑑の制作を、家族たちに丸投げしているようなものだ。


「ボクもプラナムも研究ができればそれで良いってところはあったからさ、あまり気に留めてなかったんだよ~。んで、しばらく経ったある日のこと。アイツは研究を持ち逃げしようとしたんだ」

「持ち逃げ……。もしかして、いままでの研究もそうして……」

 ある程度研究が進んだところで資料たちを奪い取り、売り払おうとでもしたのだろうか。


 いままで研究をしてこなかったというのに、一人になってからそれを続行できるとは思えない。


「アイツはいままで自ら研究をしたことはなく、論文も成果物も、全て他者からぶんどった物を発表していた。ボクたちが作ろうとしていた物にも、その毒牙が向けられたってわけ」

「自らの力ではなく、他者の力を利用して……。だから、あなた方は……」

 共に研究を続けていたと思っていた人物が、他者の成果物を利用し続けていたと知り、ダイアさんたちの心に大きな影を落としたことは想像に難くない。


 現在も許せずにいるからこそ、プラナムさんは嫌いな男と表現し、ダイアさんは奪ったという言葉を使ったのだろう。


「挙句の果てに癇癪を起す始末でさ~。共同研究を止めさせるとか言い出すんだよ。プラナムのお兄さん、ゴルドルさんが手伝ってくれなければ面倒なことに――」

「おや、私の話が出てくるとはこそばゆいですね」

「うわ!? ご、ゴルドルさん!? 一体いつの間に!?」

 第三者の声に驚いて振り返ると、そこには椅子に座るゴルドルさんの姿があった。


 どのタイミングでやって来たのだろうか。


「とても夢中になってお話をされていたようなので、こっそりと入らせていただきましたよ。ふふ……。ずいぶんとまた、懐かしい話だ」

「ゴルドルさんの助力のおかげで大事にならなかったと聞きましたけど、一体何をされたんですか?」

 ゴルドルさんの瞳が、ミスリル容器を接続している研究員の背にぶつかる。


 どこか昔を懐かしんでいるように見える表情だ。


「なに、ベリリムの過去を調べ上げ、圧をかけただけですよ。当時は知識も経験も少なかったため、捕縛するほどの情報を得ることには至りませんでしたがね」

「捕縛……。ゴルドルさんって、お仕事は何をされているのですか? 普通のお仕事をされているようには思えないのですが……」

 名前を偽って僕に接触してきたこと、あっという間に廃研究所を占拠し、資料の接収を行ったこと、ダイアさんと会話を行っている最中に音もなく現れたこと。


 普通の仕事で培われる能力ではないように思える。


「詳しい説明はできませんので、お好きにご想像なさってください。強いて言うなら、代々我々の家系は武力と技術の二つに力を割いているということですね」

 技術がプラナムさんなら、武力はゴルドルさんということになるのだろうか。


 一般には言えない仕事をしている口ぶりや、これまでに見てきた仕事の内容から、軍や諜報などに携わっていると考えられるが。


「さて、それでは仕事に戻るとしましょうか。ラウンド研究所が問題を起こしたせいで、各地の研究所を調べてまわらねばならないので大変ですよ」

「あ、あははは……。お体にお気をつけて……」

 扉を音もなく開き、去っていくゴルドルさん。


 見送ろうと廊下に出た時には、もう彼の姿は消え去っていた。


「すごい……。まるで魔法を使っているみたいですね……。あれ? ダイアさん、どうかされましたか?」

「……ふえ?」

 ダイアさんは、呆けた様子で廊下を見つめていた。


 そういえば、ゴルドルさんがやって来てから一言も喋ることがなかったが、どうしたのだろうか。


「いけない、いけない。ちょっと疲れが出て、ボーっとしちゃったかな~。ここしばらく忙しかったしね~」

「そうなんですか? 顔も赤いように見えますし、休んだ方が――ん? まてよ……」

 疲れが出たというには顔が赤い上に、軽く動悸も起きているように思える。


 これはもしかしなくても――


「……事情は聞きませんよ。ゆっくりと、楽しみながら進めてくださいね」

「え? どういうこと? ソラ君? ねえ、一体なにさ~?」

 ダイアさんの質問に答えず、笑いながら帰り支度を始める。


 かなり難しい問題だと思われるが、解決することを祈るとしよう。

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