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盾とは何か

「せい! やあ!」

 風に向かい、模擬剣を振り続ける。


 現在地はプラナムさんの敷地内にある庭園。周囲に植物や建造物がない、広々とした場所で鍛錬を行っているところだ。


「よし、素振りはここまで次は――はあああ!」

 一呼吸をした後、持っている剣を力強く振りぬく。


 しかし、僕が想像していることは起こらず、ただ強風が吹き荒れるだけだった。


「だめか……。一体、あの剣技はどうやったんだろう。僕も同じことができれば、有利に立ち回れることも増えるはずなのに……」

 脳裏に浮かび上がるのは、海辺の洞窟での出来事。


 オクトロスと戦っている最中に現れたウェルテ先輩が、遠距離から斬撃を飛ばしたあの技だ。


「鉄も斬れるようになれればな……。あんなに苦戦することもなかったはずなんだ」

 次に浮かび上がるは廃研究所での出来事。


 無数の機械人形に襲われ、斬り倒せずに難儀したあの戦い。

 鋼鉄以上の硬度を誇る存在などそうそういないだろうが、硬い甲殻を持つ敵と戦う時にも有利に働くだろう。


「力を得たと思っていたけど、まだまだ世界は広いなぁ……。邁進、していかないと」

 額に浮かんだ汗を拭きとり、さらに素振りを続ける。


 ここはプラナム家の敷地内なので、あまり激しい訓練はできない。

 体力や技術が落ちないよう、維持することを心がけよう。


「早朝から鍛錬とは、精が出ますね」

「え? ああ、ゴルドルさんでしたか……。ありがとうございます。あと、おはようございます」

 声に振り返ると、そこにはゴルドルさんの姿があった。


 相変わらずの出没自在ぶりよりも、それに慣れてきている自分に小さく驚いてしまう。


「おはようございます。誘拐事件のことで根を詰めている様子に見えますが、無理をされてはいけませんよ」

「……確かに、そうかもしれませんね。みんなが目覚める前から鍛錬をするなんて、ずいぶんと久しぶりなことですよ」

 このような想いに駆られるのは、五年ぶりだろうか。


 自分で考えている以上に、ナナを誘拐されたことにショックを感じているのかもしれない。


「難しいものですね。解決したと思ったら、それ以上の難題が襲い掛かってくる。対処をするために力を求めても、そうやすやすと身についてくれるわけでもない」

「ゴルドルさんも、同じような悩みに苛まれたことが……?」

「ほぼ毎日、ですよ」

 乾いた笑い声を上げ、ゴルドルさんは街の中心へと視線を向ける。


 いつもと変わらぬ、車が走り回る音が耳に届く。


「家族だけでなく、国民をも守っているんですよね? 僕では想像すらできませんが、大変なこと、なんですよね?」

「収集した資料の精査や各方面の監査が基本です。が、この前のようなことがあれば武力制圧に動くこともあります。大変ではありますが、起こることの方が稀なので」

 話を聞くに、諜報というより内部監査を主に置いた仕事をしているように思える。


 戦うことができる監査官というのも、なかなかに恐ろしく感じるが。


「いままさに鍛錬を行っていた様子を見るに、あなたも守ることを主に置いた職に?」

「守る……というよりは、助けることが主ですかね? 困っている人を援助したり、悩みの解消を手伝ったり。背中を押す仕事をしています」

 様々な依頼を受ける魔法剣士だが、主な業務は困っている人々の支援だ。


 僕のように各集落の守護任務を請け負う者もいるので、守りを主に置いた職でもあると言えばそうなるかもしれないが。


「……ゴルドルさんから守る者と見られて、嬉しいです。教えられた力がきちんと身を結んでいることが分かって」

「おや。どうやら、過去に誰かから影響を受けたようですね? 差し支えなければ、お話を聞かせていただけないでしょうか?」

 コクリとうなずき、シルバルさんから教えてもらったことを伝えていく。


 すると、ゴルドルさんは感心したような表情を浮かべ出した。


「そうですか、シルバルが……。全く。自らの罪に苛まれ、動き出すことができなかった奴が言うようになったじゃないか」

「ああ……。そういえば、シルバルさんは……」

 罪を犯し、そのせいで家族を失ってしまったと聞いている。


 自らの行いを直視できず、立ち直れなくなるのは理解できることだ。


「シルバルに目的を与えたのは、実は我々兄妹なのですよ。いつまでも不貞腐れているのではなく、何かをして罪を償え……と」

「そうだったんですか……。でも、シルバルさんはお二人の家に侵入したんですよね? 言ってはあれなんですけど、よくプラナムさんの護衛にさせようと……」

 罪を償うつもりだとしても、大切な家族にそのような人物を付けさせようとは思わないはず。


 なぜ、プラナムさんの家族はシルバルさんを重用しようと思ったのだろうか。


「妹が言い出したのですよ。当然、私含め家族皆が反対したのですが、言っても聞かないもので……。確か、わたくしが更生させて見せますわ! などと……」

「ああ、彼女なら言いそうですね……」

 ご両親とゴルドルさんの前に進み出て、胸を張って答えている様子が脳裏に浮かんでくる。


 そんなプラナムさんだからこそ、シルバルさんも心を入れ替えることができたのだろう。


「兵としての鍛錬を始めたシルバルは、自身の技術で剣と盾を作り出し、それらを装備して我が家を守る近衛兵となりました。ですが彼は、いまだに自身のことを傭兵と呼んでいるようですね」

「自分のことを許せていない、ということでしょうか? 僕に技術と心を教えてくれたのに……」

 僕に守る力を与えてくれたのは、一体なぜなのだろうか。


 罪滅ぼしのためなのか、それとも――


「彼には彼の思惑がありますので、私から言うべきことではないかもしれませんが……。あなたの中に、シルバルが抱いていた想いに似た何かがあったのではないでしょうか?」

「シルバルさんが抱いていた……。それって、もしかして……」

 命尽きる人を前にして、何もできなかった自分への罪悪感。


 それを、シルバルさんは読み取っていたのだろうか。


「では、私から一つ質問をしましょうか。ソラ殿は、盾とは何かと考えたことはあるでしょうか?」

「え? その質問って……」

 以前、全く同じ質問をシルバルさんから受けたことがある。


 あの時は答えられず、答えを教えてもらってしまったが――


「あります。でも、答えは見つけられていません」

 ほんの少しだけ、あの時より前に進んだ答えを返す。


 シルバルさんから教えてもらった答えは告げず、自分自身の言葉を探しているとだけ。


「……そうですか。あなたは、シルバルどころか我々をも優に超える力を得られそうですね。その答え、探し続けてくださいね」

 告げるのと同時に、ゴルドルさんはどこかへと歩いていく。


 無意識に彼の後を追いかけ、彼が消えた曲がり角を進もうとするのだが――


「ゴルドルさん、あなたは……」

 僕の視線の先には、穏やかに揺れる黄色い花しかなかった。

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