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第二十六章 エルフの領域

新たな土地へ

「よし。砂漠地帯のモンスター情報を資料にできたぞ」

 複数の紙をそろえ、封筒の中に入れる。


 ここ数日間、モンスターの情報を集めることに注力して良かった。

 かなりの量の情報を得られたので、いまからエイミーさんに手渡すのが楽しみだ。



「ソラ殿、少々よろしいでしょうか?」

「シルバルさん? はい、大丈夫ですよー」

 部屋の外から聞こえてきた声に返事をしつつ、扉を開けに行く。


 開けた先には、やはりシルバルさんの姿がある。


「失礼いたします。あなたの剣が完成いたしましたので、報告に参りました」

「え!? 本当ですか!?」

 待望の言葉が耳に飛び込んできた。


 機械人形との戦いで傷ついた剣が、より強くなって帰ってくるのだ。


「お嬢様がお待ちです。申し訳ございませんが、ご同行をお願いしても?」

「もちろんです! 行きましょう、シルバルさん!」

 先を歩みシルバルさんに、上機嫌でついていく。


 どんな剣となったのだろうか。扱いやすい剣か、頑丈な剣か。

 格好よくなっていたりするのだろうか。


「お待ちしておりましたわ」

 シルバルさんが案内してくれた部屋に入ると、プラナムさんが椅子から立ち上がった状態でこちらを見ていた。


 彼女の前にあるテーブルの上には、鞘に入った剣が置かれている。

 どうやらあれが新生した剣のようだ。


「ソラ様。この度は我々に多大なるご協力をして頂き、誠にありがとうございます。その御恩に答えるため、あなたにこの剣をお送りさせていただきますわ」

 プラナムさんから剣を受け取り、鞘から抜き放って状態の確認をする。


 天井から下げられている照明の光を浴び、剣身がキラリと輝く。


「軽い……。以前の剣より、とても軽いですね……」

 これが、この剣を手に取って最初に感じたことだ。


 以前の剣は両手で持つには問題ないのだが、片手で振り回すには少々重量があった。

 基本的には片手に魔導書を持って戦うので、この軽さであれば非常に扱いやすい。


「強度も硬さも以前の物とは比較にならない出来になっているはずです。お気を付けてお使いくださいね」

「ええ、分かりました」

 剣を鞘に納め、腰に下げて周囲を歩き回ってみる。


 実戦で使ってみないことには分からないが、特に違和感を覚えることはなかった。


「本当にありがとうございます! こんなに立派な剣を頂いてしまって……」

「お礼はシルバルに。いままで作った中で、最高の出来だと言っておりましたよ」

 シルバルさんへと振り向いて改めてお礼を言うと、彼は笑顔を見せてくれた。


 剣を強化してくれただけでも嬉しいのに、最高の物を作ってくれるとは。

 二人の想いに応えるためにも、この剣を大切に扱わなければ。


「さて、その剣の実践をしに――というわけではありませんが、どうでしょう? 我々だけでなく、他の種族の元を訪ねてみませんか?」

「願ってもないことですが……。いきなり訪ねるなんてことをして、大丈夫なんですか?」

 この大陸には、ゴブリンとドワーフを除いてあと二つ種族が存在するらしい。


 異種族の情報を集めている僕としては、彼らに会いに行けるのは嬉しい話ではある。

 だが、事前に連絡していない状態で訪れたことで、異種族だけでなくプラナムさんたちにまで迷惑をかけてしまうのは避けたい。


「わたくしが話をつけますので、そこはご心配なく。今回向かう予定の場所にはちょっと偏屈な所がある種族がおりますが、我々とは大きく異なる文化を持っているので、新鮮で面白いと思います」

「異なる文化を……。ぜひ、行ってみたいです! 家族たちと相談してきますので、少々お待ちください!」

 プラナムさんたちに会釈をしてから部屋を飛び出し、ナナたちの元へ向かう。


 新たな文化や新たな技術を見られることに、僕の心は沸き立っていた。



「あれが目的地ですか? 一面の森が見えるんですけど……」

 車に揺られること数時間。視界の先に、地平線全てを埋め尽くすほどの大森林が見えてきた。


 まだここは砂の大地だというのに、前方全てに森が見えるのは異様な光景に思える。


「あれがエルル大森林。『アディア大陸』の約三分の一を占める巨大森林地帯ですわ」

 『アディア大陸』の大地は、主に三つの環境で成り立っていると聞いている。


 一つ目はゴブリンとドワーフたちが住む砂漠地帯。

 二つ目は大きな山脈が続く岩山地帯。

 三つめが目の前に見える森林地帯。


 それぞれの環境に各種族が住んでおり、時折交流が行われているとのことだ。


「天を衝くほどに巨大な樹……。あれが、帝都からも見えていた『世界樹』?」

「ええ、大陸を守る大樹として『エルフ族』があがめ、お世話をしているそうですわ」

 車の進行方向の遥か先に、レンが言う巨大樹、『世界樹』が存在している。


 何がどうなったらあれほど大きく育つのか疑問だが、それよりも僕は不思議な感覚を抱いていた。


「あれ? ソラ兄、胸を抑えたりしてどうしたの? 調子悪い?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……。なんかざわざわするというか、違和感が胸の中にあるような気がしてね」

 プラナムさんの家の窓から見た時にもあった感覚が、森に近づけば近づくほどに増大していく。


 もしや、あの場所と僕に何かしらの関係があるのだろうか。

 そう考えてしまうほどに、胸がざわめいていた。


「顔色も別段悪いように思えませんし、単に疲れが出ただけかもしれませんわね。観光のごとくあちこちに向かっていましたし」

「あはは……。そうかもしれませんね……」

 プラナムさんの言う通り、疲れが出てきただけかもしれない。


 毎日ではなく、適度に行動をするべきだっただろうか。


「遥か昔のことですが、ゴブリンとドワーフが他の種族の土地に入ると、武器を持って追い回されたこともあるそうですわ。まあ、そうなるのも当然のことなのですがね……」

 大昔は他の種族と争いをしていたと話に聞いている。


 それほどの状況だったというのに、交流を問題なく行えるようになったのは称賛に値するだろう。


「『エルフ族』……。どんな種族なんだろう?」

「この大陸内ではヒューマンに近い種族って言ってたから……。あまり違和感なく話せるかもしれないね」

 エルフは森と共に生きる種族らしく、大きな用事以外で外界に出ていく者はほぼいないらしい。


 帝都で見かけることがなかったのも、それが理由だそうだ。


「彼らは魔法を扱える種族です。もしかしたら、そういった方面でも新たな発見ができるかもしれませんわね」

「魔法を? それならば、エルフの皆さんから魔力を頂けばよかったのでは……?」

 プラナムさんの説明に、質問を返す。


 交流を行っているのだったら、魔力くらいなら分けてもらえそうなのだが。


「森から頂いた物は、森に返すという文化があるのです。日々を暮らす家、食事、身に纏う衣服……。それらは皆、森からの贈り物。それはエルフという存在もまた、変わらないとのことです」

「森で生まれた存在は、森へと還す……。魔力も同じように返さなければならないということですか」

 他の種族に魔力を与えてしまえば、帰ってくることはあり得ない。


 文化に反することを嫌がったのだろう。


「それでも、時代が進めば文化も変わるもの。以前よりも、食料や資材の交換をしやすくなったのですわ。まあ、思うように交易が進まないこともあるのですがね……」

 帝都にあった木材で作られた物の大部分は、この森林の木々を使っているらしい。


 砂漠の土地に、木製のテーブルやタンスがあったことに疑問を抱いていたが、これが答えのようだ。


「もうしばらく進むと大地が砂から草に変化いたします。揺れは小さくなりますが、いままでのものとは変化しますのでご注意を」

 車を操縦する運転手が僕たちに注意を促す。


 言われた通り、次第に揺れは小さくなっていく。

 砂漠を走っている時と比べたら、この程度なんてこともない。


「綺麗な草原だね。アマロ高原を思い出してくるよ」

「ここで昼寝をしたら気持ちよさそう」

 起伏がほとんどなく、草たちも青々と茂っている気持ちよさそうな草原だ。


 車は美しい草原を走り続け、森へとどんどん近づいていく。

 やがて車は速度をゆっくりと下げ、森のそばに停車した。


「到着いたしましたわ。それでは、下車して森の中へとまいりましょうか」

 車の扉を開いて草の大地に足を下ろすと、背後をついてきていた車の中からナナたちが姿を現す。


 彼女の胸に抱かれたパナケアは森を見て興奮し、レイカと共に車から出てきたモンスターたちも体を大きく伸ばしている。


「圧巻だね……。ここまでの森は『アヴァル大陸』にはないよ」

「これを見てしまうと、アマロ村の森のことを森とは思えなくなりそうですね……」

 家族そろって森を見上げると、数十メールはあると思われる樹々が僕たちを見下ろし返してきた。


 大きさも密度もまさに桁違いだ。

 この森を何も知らずに歩こうものなら、迷うのは確実だろう。


「あそこの樹にリボンが巻かれてありますわよね? あれを辿っていけば、彼らの住む集落にたどり着くのですわ」

 プラナムさんが指さす先にある枝には、赤い色のリボンが巻かれている。


 他の種族たちへの道標を用意しているようだ。


「では、参りましょうか。モンスターが出てくる可能性はあるので、ご注意を――」

 風を切る音とともに、地面に何かが落ちてくる。


 そこにはなんと、槍が突き刺さっていた。


「槍!? ど、どこから……!?」

「だ、誰か攻撃してきたの……!?」

 皆で周囲を警戒するも、攻撃をしてきた存在を見つけられない。


 同じ高さに敵は存在しないらしく、頭上を見上げると――


「ずいぶん鈍そう――もとい、穏やかそうな方々ですね……。警戒する必要、本当にあるんですか?」

「気を抜くな。見た目に騙されて攻撃を受ければ恥だぞ」

「あ、あなたたちは……!?」

 武装をした男性と少女が、木の枝の上から僕たちを見下ろしていた。

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