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『エルフ族』

「ずいぶんなご挨拶ですね。この方が誰かを知っての狼藉なのでしょうか?」

「プラナム嬢にまで危害を加えかねなかった点は詫びよう。だが、すまないがあなた方には用はない。我々に用事があるのは、そこの異種族たちだ」

 プラナムさんの前に立ちふさがりながら、警戒で満ちた声を発するシルバルさん。


 だが、謎の人物たちの興味は彼女たちにはないらしい。

 彼らの視線が向かってきているのは、僕たちの方だった。


「……僕たちに何の用ですか?」

「この土地から立ち去るというのであれば、何もする気はないさ」

 男性の言葉と共に、もう一人の少女が燃える矢を弓につがえてこちらに向ける。


 相手は木の枝の上にいるので、反撃をするのは難しい。

 抵抗の意志がないことを示すため、僕は両手を空に向けて伸ばす。


「僕たちは、『エルフ族』の文化や知識を知りたいと思ってここまで参りました。決して、あなた方や森を侵そうとは考えておりません」

 二人組に僕たちがここに来た理由を説明する。


 きちんと説明をすれば分かってくれると思うのだが。


「知りに来た……。それなら……」

「弓を下ろすな。嘘をついている可能性があるんだぞ」

「あ、はい! そうですよね!」

 下ろしかけられた弓が再び僕たちに向けられる。


 なぜこれほどまでに警戒されているのだろうか。


「……む? そこの女。なぜお前は、胸にマンドラゴラを抱いている?」

「え? この子は私たちのお友達ですが……」

 今度はナナとパナケアに警戒が向けられる。


 まさか、パナケアを狙うつもりなのだろうか。

 マンドラゴラが持つ葉には滋養強壮成分が多分に含まれているので、知識を持つ者であれば、喉から手が出るほどに欲しがるかもとナナが言っていたが――


「……少し待っていろ」

「え!? ちょっと、イチョウさん!?」

 イチョウと呼ばれた男性が木の枝から飛び降りてくる。


 二人に何かをしようというのなら、容赦はできない。

 だが彼は、手を伸ばすような行動を取ることはなく、観察するような仕草を行っていた。


「ずいぶんと人に慣れたマンドラゴラのようだな。これほどの個体は、我々エルフ内でも見たことがないぞ」

「エルフ……。あなたたちが……」

 男性の耳は鋭くとがり、髪は完全な黒色だ。


 一方の弓を向け続けている少女は、真っ赤な髪色をしていた。

 髪の色にバリエーションがあると聞いていたが、ここまで違う色になるとは。


「あの……。パナケアちゃんが何か……?」

「いや、すまない。こちらの事情さ」

 男性の声と瞳からは、警戒と敵意が無くなっていた。


 彼は僕たちに背を向けると、弓をつがえ続ける少女に声をかける。


「モミジ、弓を下ろしてこっちにこい」

「はい! 分かりました!」

 モミジと呼ばれた少女が、弓に着いた火を消して地面に下りてくる。


 見た目はレイカたちと同年代位の少女のようだ。


「いきなり攻撃を仕掛けてしまったこと、ここに謝罪する。俺の名前はイチョウ。エルフの森の守り人だ」

「私は見習い守り人のモミジです! よろしくお願いします!」

 すっかり警戒が解けた様子の二人から自己紹介を受け、僕たちも自己紹介で返す。


 改めて訪れた目的を説明すると、イチョウさんは腕を組んで考え込みだした。


「ヒューマンに加え、ホワイトドラゴン……か。見たことがない種族だとは思っていたが、まさか大陸外から客が来るとは。しかも、マンドラゴラを連れて……か」

 イチョウさんは僕たちの話を聞きながらも、パナケアのことを見つめ続けていた。


 その視線に不安を抱いたのか、彼女はナナの服を強く握り、自身を鼓舞しているようだ。


「イチョウさん! 彼らにお願いをしてみるのはどうでしょうか?」

 モミジさんが、イチョウさんに何やら提案をする。


 お願いとは、一体何だろうか。

 パナケアのことをじっと見つめ続けていることと、何か関係があると思われるが。


「確かに可能だろうが……。初対面で、しかも無関係の者に話をするのは……」

「ここまで人に懐いているマンドラゴラと出会える機会なんて、そうそうないじゃないですか! いっぱい葉っぱをもらっておけば――け、軽蔑した目を向けないでくださいよぉ!?」

 やはり、パナケアの葉が目的のようだ。


 悪い人たちではないようだが、もう少し情報が欲しい。

 なぜそれを求めるのか、理由を知らなければ。


「よく分かりませんが、お困りであればお手伝いをさせていただけませんか?」

 僕の提案を聞き、イチョウさんは驚きの表情を見せていた。


 一方のモミジさんは嬉しそうな笑みを浮かべている。


「何かパナケア関連で問題があるようですし、僕たちで解決できることであれば」

「いや、いきなり攻撃を仕掛けたというのに、頼み事までするわけには――」

「ほら! こう言ってくださるんですから甘えましょうよ! そんな消極的だから彼女が――イテ!?」

 モミジさんの頭部に手刀が振り下ろされる。


 イチョウさんはかなり真面目な方のようだが、彼女はずいぶんとお調子者な性格をしているようだ。


「……恥を忍ぶか。お前たちは我々のことを知りに来たと言っていたな。ではとりあえず、我々の集落に向かうとしよう。説明は道中にさせてもらう」

 イチョウさんは地面に突き刺さった槍を抜き、森の中へと歩き出す。


 その後をモミジさんが手招きしながら続いて行くところを見るに、どうやら案内もしてくれるようだ。


「わたくしも里に到着するまではご一緒させていただきますわ。シルバルはここで車の番を」

「承知いたしました。いまの状態であれば危害を加えられる心配はないでしょうが、ソラ殿、お嬢様をよろしくお願いいたします」

「ええ、分かりました」

 プラナムさんと共に、イチョウさんたちの後に続いて森へと入る。


 森の中は外から見た景色そのままで、非常にうっそうとしていた。

 ほとんど日の光が入っておらず、薄闇が周囲を包んでいる。


「ここは我々エルフの通り道だが、モンスターが出てこないとは限らない。用心してくれ」

「皆さん武器を持たれていないようですね。つまり、武器を扱える私が頑張らないと!」

「あ、そうなんですね。じゃあ……」

 肩にかけたカバンから、圧縮魔で縮ませておいた剣と杖を取り出す。


 圧縮を解除した杖をナナに渡し、腰に剣を下げる。


「あ、あれ!? みんな武器を持ってる!? いつの間に、一体どこから出したんですか……?」

 武装を終えた僕たちを見て、モミジさんが驚く声をあげる。


 いきなり武器が出現すれば、驚くのも無理はないか。


「コイツの発言はあまり気にしないでくれ。最近守り人になれたので、調子に乗りだしていてな」

「落ち込んでいるんですよ!? 慰めてくれたって良いじゃないですか!?」

 食って掛かるモミジさんに対し、いつものことだと言わんばかりの塩対応をするイチョウさん。


 なかなか相性が良いコンビのようだ。


「では、頼みごとについて話をしようか。単刀直入に言わせてもらうと、お前たちがパナケアと呼ぶそのマンドラゴラの持つ葉が欲しい」

「まう~?」

 名を呼ばれたパナケアは、首を傾げていた。


 イチョウさんの話しぶりから察するに――


「病人、もしくはケガ人がいる。ということでしょうか?」

「ああ、正解だ」

 だから、彼はパナケアを見つめて考えていたのだろう。


 だが、その葉が必要なほどの傷病者がいるとなると、魔法や普通の薬では効かないほどの重傷ということになってしまうが。


「命に別状があるわけではないがな。並の薬ではほとんど効かないんだ……」

 重体、重症というわけではないが、並の薬では効果がない。


 そのような症例は聞いたことがないのだが。


「ナナは何か分かる?」

「薬の種類が合っていない可能性もありますけど……。未知の症例かもしれませんね」

 ケガでも病気でも、症例に合った薬を使うのが当然だ。


 既存の薬が効かないのであれば、それは新しい症例と考えた方が良いだろう。

 なんてことを考えていると。


「膨大な魔力に近寄りすぎたがための体調不良だ。マンドラゴラの葉は、魔力が関わる症例にも大きな効果が出るのでな」

 魔力が少なくなりすぎても体調を崩してしまうように、増えすぎても身体に不調をきたす。


 だが、魔力は自然と排出されていくものなので、基本的に増えすぎるということは起こりえない。

 イチョウさんが話した通り、魔力の発生源に近寄ったりしない限りはそのようなことにはならないのだが、何かしらの事情があって近寄らざるを得なかったということだろう。


 マンドラゴラの葉であれば回復できるというのであれば譲りたいが、ナナやパナケアはどう思っているのだろうか。


「私は構いません。ただ、パナケアちゃんが嫌がっちゃうと……。どうかな? あのお兄さんに葉っぱを分けてあげられる?」

「まう! まーう!」

 ナナの質問に、パナケアは笑顔で返事をしていた。


 この様子であれば問題はなさそうだ。


「じゃあ後で、長くなってきている葉っぱを取ろうね」

「まーい!」

 パナケアは頭部に生えている葉を掴み、上下に揺らしだす。


 自身の能力が役に立つと知り、喜んでいるのだろう。


「すまない、感謝する」

「いえいえ、この程度気にしないでください」

 イチョウさんは真面目というより硬い人という印象だ。


 だが、こういう人の方が信用はできる。


「そんなお礼の仕方だから、堅物って言われちゃうんですよ! もっと親しみを込めた話し方なら、子どもたちからも怖がられずに済むのに」

「的撃ち千本を訓練に――」

「あー! あの光を抜けた先が、目的地ですよ!」

 イチョウさんの言葉を遮るように、モミジさんは大声を出して前方を指さす。


 指さされた場所からは強い光が漏れてきている。

 どうやらあの先に、エルフたちの里が存在するようだ。


「あそこを抜けた先に我々の里がある。だが、入る前に少し話をしておきたいことがある」

 イチョウさんは足を止め、こちらに振り返る。


 その表情は、森の入り口で会った時と同じように険しかった。


「体調を崩された方は、我らエルフにとって重要なお方だ。先ほどお前たちに武器を向けたのは、その方に危害を加えられないように警戒していたというわけだ」

「まあ、納得ができるお話ですね。そのような時に訪れてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、謝る必要はないんだ。ただ、そのせいで里の者たちも少々ピリついている。説明をして回るつもりだが、不安を抱かせるような行動はとらないようにしてくれ」

 忠告にうなずくと、再びイチョウさんは歩き出す。


 彼に続いて光を抜けると、そこには――


「ケラスの里。俺たちが住んでいる集落だ」

 青々とした草原と、それの中心にある大きめの泉。


 木造の建物たちが立ち並ぶ、美しい里が現れた。

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