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エルフの里

「綺麗な場所……」

「自然がいっぱいで気持ちいいです!」

「静かで落ち着く」

 三者三様の感想が、皆の口から飛び出てくる。


 イチョウさんとモミジさんに案内をされてエルル大森林を抜けると、美しい里が現れた。

 木の上に作られた建物や、大きな樹をくりぬいて作られた建物など、僕たちの文化では見られない建築様式がそこにはある。


 どこかアマロ村に近い雰囲気もあり、懐かしさを感じる情景だ。


「お、イチョウ! 今日の森の番は終わ――って、おい! そいつらは異種族じゃないか!? 何で外界から人を連れてきたんだ!?」

 静寂を突き破り、一人の男性が駆け寄ってくる。


 彼は僕たちに警戒心を抱きつつ、イチョウさんに詰め寄っていた。


「万に一つ訪れても、絶対に森の中に入れないと皆で話し合っただろう!? それなのに、なんでここに!?」

「落ち着いてくれ、彼らに敵意は微塵もない。この森には知識を求めて来ただけだそうだ」

「そんな言葉をお前は信じたのかよ!? お前らしくないぞ!」

 かなり激しく反発されている。


 重要な存在が病に伏せていると聞いていたが、この様子だと重篤な状態に陥っているのだろうか。


「よく見ろ。我々が探し求めていた存在を、彼らは連れてきてくれたんだぞ」

「探し求めていた存在……? 何を言って――まさかその子は、マンドラゴラか!? こんなに人に懐く個体がいたなんて……」

「警戒心が高いせいで発見が難しいことは知っているだろう? そのマンドラゴラがここにいて、人に好意を抱いていることがどんなに幸運なことなのか、この森に住む者なら分かるはずだ」

 話の渦中にいるパナケアは、キャッキャッと楽しそうに笑っていた。


 森に入ってからずっとご機嫌だが、故郷の森より大きな森に喜んでいるのだろうか。


「これ以上手をこまねくのも良くないしな……。分かった、俺も里の連中に異種族がマンドラゴラを連れてきたことを伝えて回ってくるよ」

「そうしてくれると助かる。では」

 男性と別れ、さらに里の奥へと向かう。


 警戒をされてしまうのは悲しいが、それだけエルフにとっての一大事が起きているということ。

 自分たちを守るだけでなく、彼らに心労をかけさせないためにも、落ち着いた行動を心がけるとしよう。


「見て回りたいとは思うが、まずは里長の元へ向かうぞ。道中同じようなことはあるはずだが、任せておけ」

 イチョウさんの懸念通り、道中何度か先ほどの男性と同じように驚かれ、警戒を抱かれるが、いずれの人物も彼の説明で理解を示してくれていた。


 特効薬となりうるパナケアを連れてきたと言っても、ずいぶんと物分かりが良い気がするが。


「俺たちにとって重要な存在ではあるが、あくまで他人だからな。どうしても他人事として考えてしまう部分はある。大抵の里の者たちは、異種族が森に入らないようにすることを、疑問に思っていたんだろうさ」

「あれ~? 守り人であるイチョウさんがそんなこと言って――」

「腕立て伏せ、百回追加な」

 鍛錬を追加され、大きくうなだれるモミジさん。


 イチョウさんが言うように、『アヴァル大陸』の王族が体調不良という話を聞いても、心配はするだろうが心を痛め続けるようなことはないだろう。

 身近な人であればともかく、関りのない人となると他人事となるのは仕方ない。


「泉の中心に家があるのが見えるか? あそこが里長の家だ」

「あの建物に……。ですが、橋も飛び石もないように思えるのですが……」

 泉の中心にある小島には確かに家が建てられているが、そこに至るための方法が無いように思える。


 小舟すら岸辺に付けられていないとなると、飛びつくしかなさそうなのだが。


「少し待っていてくれるか。頼まなければならないのでな」

「頼む……。どなたにですか?」

 質問に答えることはせず、イチョウさんは泉のそばでしゃがみ込む。


 彼は水の中に指先を入れつつ、何やら小声でつぶやきだした。


「何をしてるんだろう?」

「見てれば分かるよ! ほらほら、来たよ!」

 レンとモミジさんのやり取りを聞いていると、ゴポゴポと泡立つような音が周囲に響きだす。


 イチョウさんが見つめている泉の中から泡が上がってきているようだ。


「わ……。水が浮いて、変化してく……」

 集まってきた泡と共に水は水面を離れ、空中に浮遊する。


 少しずつそれは形を変え、小さな蛇のような姿に変化していく。


「ウンディーネ。島へと渡る道を作ってくれないか」

 ウンディーネと呼ばれた生物は、うなずくようなそぶりを見せてから泉の中へと消えていった。


 見たことも聞いたこともない生物だが、どのような生態を持つのだろうか。


「あれはモンスターじゃないんですよ! 里長が魔法で生み出した、使い魔なんです!」

「モンスターじゃなく、使い魔……。そんな技術があるんだ……」

 モミジさんの説明を頭の中で繰り返している間に、泉の一部が明るく輝きだす。


 その輝きは、まるで架け橋のように浮島へと続いていた。


「よし、それでは渡るぞ」

 イチョウさんはためらう様子も見せずに、泉へと足を踏み入れる。


 彼の足は水の中に沈むことはなく、舗装された道を歩くように進んで行った。


「ほらほら、早く進みましょう! 時間をかけすぎると消えちゃいますから!」

 モミジさんも光る道を進みながら、後に続くように促してくる。


 少し不安だが、渡ってみよう。


「これは……。異様な感覚だね……」

「沈み込んだりしない硬さは感じますけど、同時に何もない場所を歩いているようにも感じます……」

 水の上を歩いたことは一度もない。


 新たな体験に好奇心が浮かんできてはいたが、どちらかと言うと水に沈まないかという恐怖感の方が強かった。


「使い魔を生み出す魔法……。何か気になる」

 先ほど現れたウンディーネに、レンは興味を抱いたようだ。


 水を生物の形にする魔法があるとは思わなかった。

 僕たちでも使える魔法なのだろうか。


「里長。お客人をお連れ致しました」

 僕たちが泉を渡り切るのを確認したイチョウさんは、家の扉を叩きながら中にいる人物に声をかける。


 すると扉は、音もなくゆっくりと開いていく。

 だが、そこに扉を開けた人物の姿はなかった。


「ふふ、異種族の方がマンドラゴラの子どもを連れて来るなんてね。これは、一体何の前触れなのかしら」

 家の中からは女性の声が聞こえてくる。


 室内に入っていくイチョウさんの後に続くと、部屋の奥でコップにお茶を注ぐ青髪の女性の姿があった。


「ようこそ、ケラスの里へ。歓迎いたしますよ、ソラさん方」

 にっこりと笑う初老の女性は、なぜか僕の名前を呼ぶのだった。

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