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使命と技術

「どうして、僕の名前を……?」

 里長さんから名前を呼ばれたことに驚き、困惑してしまう。


 イチョウさんが紹介をする暇はなかったはずだ。


「名前が分かるのはあなただけではありませんよ。そちらの女性はナナさん。そして、ホワイトドラゴンのレイカちゃんとレン君、ですよね?」

 里長さんは、僕たち全員の名前をぴたりと当ててきた。


 一体いつ、こちらのことを知ったのだろうか。


「なんてことはありませんよ。あなたたちが森に入ってきた時から、ここに来るまでの様子をお友達から聞いていましたから」

「お友達……? 森の中に、そんな人が……?」

 イチョウさんとモミジさん以外の存在が、近くにいる気配は感じなかった。


 遠方の木々から監視をしていた人物がいたのだろうか。


「シルフ、ご挨拶なさい」

 里長さんが何もない空間に呼びかけると、まだ開いている玄関から風が入ってきた。


 泉の外で見たウンディーネの時のように、風が一ヵ所に集い、形を成し始め、小さなオオカミらしき生物が出現する。

 先ほどの存在が水の使い魔なのであれば、風の使い魔と言ったところだろう。


 シルフと呼ばれたその生物は、空中をふよふよと漂いながらこちらに近寄り、会釈らしき行為をしていた。


「ワウワウ! ワオーン!」

「キャウ! キャン!」

 ルトとコバが、シルフに対して挨拶を返している。


 自分たちに似ている姿を見て、好奇心を抱いているのだろう。


「この子が私にあなた方の来訪を教えてくれたんですよ。あなた方が訪れた理由や、マンドラゴラのパナケアちゃんから葉を分けていただけることも聞いております。不快にさせてしまっていたらごめんなさいね」

 エルフの人たちの事情があるので、監視されるのは仕方ないだろう。


 むしろ、遠方にいるにも関わらず、情報を得られるその能力に興味が湧いてきているほどだ。


「おっと、忘れていました。私の名前はスイレン。この里の長を務めさせていただいております」

 スイレンと名乗った女性は、大きく頭を下げながら自己紹介をしてくれた。


 既に知られているとはいえ、僕たちも改めて自己紹介をする。

 ここに来た理由、協力をしたいと思っていることも含めて。


 その間、彼女はずっと、ニコニコと笑みを浮かべながら話を聞いてくれていた。


「あなた方の申し出、誠にありがとうございます。里長として、その申し出を受け入れさせていただきます」

 スイレンさんは用意していたお茶をテーブルに置き、椅子に座るように促してきた。


 各々が席に着き、彼女との会話を続けようとしていると。


「スイレン様。ソラ様方はいきなり敵意を向けられたにも関わらず、あなた方に協力することを選びました。秘匿とするべきことがあるのは分かりますが、もう少し踏み込んだ説明をすべきではないでしょうか?」

 プラナムさんがスイレンさんに抗議を入れた。


 エルフたちから警戒心を向けられた理由が、彼らにとって重要な存在が病に侵されたからだという話は理解しているが、分かっていないこともいくつかある。

 重要な存在とやらがどこにいて、どのような方なのかくらいは教えて欲しいところだ。


 スイレンさんは僕たち全員を見渡せる席に座り、一口お茶を飲んでから話を始めた。


「まずはお互いの情報をすり合わせるとしましょうか。新たな情報を大量に詰め込まれれば、混乱してしまいますからね。皆さまは、我々エルフのことをどれだけ知っていますか?」

「ほとんど知らない……ですね。森と共に生きる者、森を守っていること、そして先ほど見せていただいた、使い魔を生み出す技術をお持ちのこと。これくらいなものです」

 どのような文化を持ち、どういった能力に優れているのかも分からない。


 僕たちは、エルフという存在がどのような種族なのかすら、分かっていないのだ。


「大まかな知識としてはそれで大丈夫です。では、さらに一歩踏み込んだ説明を致しましょう。あの本を持ってきて」

 スイレンさんがシルフに対して指示を出すと、その子は部屋に置かれている本棚に近寄って何かの本を取り出してきた。


 それはテーブルの中心に置かれ、シルフが起こした風によってページがめくられていく。

 開かれたページには、広大な森と一際巨大な樹が描かれていた。


 恐らく、この森を描いたものなのだろう。


「その通り、これはエルル大森林の風景を描いたものです。そして、我々が守るべき存在が描かれた絵でもあります」

「守るべき存在……。やはり、中心に描かれた『世界樹』ですか?」

「ええ。この巨大な樹とそこに住まう命を守る。それが私たちの使命なのです」

 『世界樹』とそこに住まう存在を守る。


 僕では計り知れないほど、重要な使命なのだろう。


「平常通りだったとしても、森に入る理由を持つ者か、相応の立場を持つ者しかこの森には入れていない。そこのプラナム嬢がいい例だな」

 イチョウさんが補足でしてくれた説明に、プラナムさんは誇らしげな表情を浮かべていた。


 彼女と繋がりを得られたことは、本当に幸福なことだったようだ。


「今回の問題は、『世界樹』に住まう存在が病に侵されてしまったことです。我々の治療法は全く効果が無く、使命を果たせない状況に陥っています」

「だから異種族の来訪を拒み、パナケアの葉を求めたんですね。あなた方にとって、重要な存在を救うために」

 守るべき存在が病に伏せれば、警戒するのは当然のことだ。


 だが訪れなかった場合、パナケアの葉を譲ることができなかったわけで。


「ええ、あなた方が訪れてくれたことは本当に僥倖でした。ここまでが我々の使命と、治療をしようとしている存在について話せることです。何か質問はありますか?」

「はい、僕からいいですか?」

 手を挙げたのはレンだった。


 彼はスイレンさんから質問をする許可をもらうと、宙を漂い続けているシルフを見つめながら口を開く。


「さっきまでとは全然関係ないんだけど、どうしても聞きたくて……。そこのシルフ――使い魔たちって、どんな仕組みで動いているんですか?」

 質問内容は、使い魔についてだった。


 話の流れを折ってまで聞こうとしているということは、かなり強い興味を抱いているのだろう。

 僕としてもどのように形作られ、どのような原理で動いているのか、興味が尽きないわけだが。


「この子たちのことですか。情報の整頓をする必要もあるでしょうし、少し気分を変えるとしましょうか」

 空中を漂っていたシルフがスイレンさんの正面に移動し、こちらに顔を向ける。


 風や水が形を変え、生き物の姿となった存在。

 火や雷でも形を変えることができ、異なる姿を取るのだろうか。


「この子たちを作るには、二つの魔法が必要です。一つは創造魔法と呼んでおり、世界を構成する属性に形を与える魔法なのです」

「創造魔法……。属性に形を……。火・水・氷・風・土・雷の六属性を変質させる魔法と?」

「ええ、その通りです」

 世界は六つの力で成り立っていると言われており、先ほどの僕の発言がそれらにあたる。


 これは魔法の力にも適用されており、六つの属性と自身の魔力を混ぜ合わせることで魔法として使っているのだ。


「説明を続けますね。魔力と属性を混ぜ合わせたものを撃ち出すことで、様々な魔法として使えることはお分かりだと思います。では、それを更に変質させるとどうなるでしょうか」

 スイレンさんが詠唱を行うと、周囲に風が集まり出す。


 集まってきた風に彼女が魔力を注ぎ込むと、風は次第に形を変えていき、新たな使い魔として出現した。


「こうして使い魔の型を製作するのです。ですが、これではまだ体ができあがっただけ。さらに魂を込める必要があります」

 生み出された使い魔はピクリとも動こうとしなかった。


 現在の状態は、物言わぬ人形のようなものなのだろう。


「魂を込めるには別の魔法が必要です。それが二つ目の魔法、召喚魔法なのです」

 動かない使い魔に向け、スイレンさんはさらに魔力を込める。


 それは天井近くにまでふわりと飛び上がると、空中で一回転してからレンの目の前に移動した。

 風の使い魔シルフは、このようにして生誕するというわけか。


「わわっ……! すごい……! 僕たちでも使えたりするんですか?」

「他の種族の者に教えたという情報はないので、確実とは言えませんが……。才ある者が修行をすれば、いずれ使えるようになる可能性はあると思いますよ」

 気になる点としては、作業を手伝ってくれることしかできないのだろうか。


 魔力を多めに消費すると思われるので、若干見合っていない気がする。


「森の外で問答をしていた時に、私の矢が燃えていたことに気付きました? あれは私の使い魔の力で強化していたんですよ! 他にも体当たり等の攻撃もしてくれます!」

 属性の付与と共に、攻撃を行うこともできる。


 複数の用途があるのであれば、使い魔を生み出すのも便利かもしれない。

 なんてことを考えていると。


「あの……! 僕にその魔法を教えてくれませんか!?」

 レンは勢いよく席から立ち上がり、スイレンさんにお願いをしていた。


 彼の大きな声を聞いたのは、初めてのことかもしれない。

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