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エルフの森の守り人

「残念だったね」

「うん……」

 肩を落として落ち込むレンと共に、僕は里長の家の外に出ていた。


 水際に座り込んでいると、水中を泳ぐ魚たちの姿を見つける。

 レンが落ち込む様子もいざ知らず、彼らは楽しそうに泳ぎ去っていく。


「いきなり教えてって言っても、教えてくれるわけないよね……」

「いくらパナケアの葉を譲っても、信頼を一気に築けるわけじゃないからね」

 使い魔を生み出す方法を教えてくれないか、レンはスイレンさんにお願いしていたのだが、許可が下りることはなかった。


 お互いの素性を理解しきれていない状態では、無理からぬこと。

 ただでさえエルフの人たちは問題の渦中にいるわけなので、外部の存在に技術の伝授をしている暇はないのだ。


「強くなれるかもって思ったんだけどな……」

「そっか……。使い魔を生み出すあの魔法だったら、自分も使えるんじゃ? って、思ったんだね?」

 レンはコクリとうなずき、僕の顔を見上げてきた。


 何も言うことはなかったが、僕にも方法を模索してほしいようだ。


「信頼を築いていくしかないさ。君がアマロ村の人たちに自己紹介をして認められたようにね。一歩ずつ進んで行くことが大切なんじゃないかな?」

「一歩ずつ……。今回は、回復魔法を見せたってほとんど意味はない……よね?」

 コクリとうなずき、レンの肩に手を置く。


 求めている力が見つかった可能性がある以上、彼が率先して動かなければならない。

 僕にできることは、支援と助言くらいなものだ。


「方法は君が考えなきゃいけない。ヒントとしては、これまでやってきたことを繰り返せば大丈夫だよ」

 僕の言葉を聞き、レンは唸りながら考えだした。


 彼には珍しく、積極的に行動しようとしている。

 間違った道に進まないように見守り続け、力を得られることを祈るとしよう。


「さて、いつまでも水際にいたら体が冷えちゃうし、そろそろナナたちの作業が終わるはず。中に戻ろう」

「……うん、分かった」

 里長の家の扉を開き中に入る。


 客室に移動すると、頭の葉が少し短くなったパナケアが、嬉しそうにナナに抱き着く様子が目に入って来た。


「無事に切れたみたいだね」

「はい。じっとしてくれていたので、特に問題なく終わりました」

 僕たちに気付いたパナケアは、ナナから離れてこちらに寄ってくる。


 葉が短くなった姿を見てもらいたいのか、彼女は自身の葉を揺らしていた。


「ふふ、とっても似合っているよ。可愛く切ってもらえて、良かったね」

「まーい!」

 抱き上げながら褒めると、パナケアは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。


 マンドラゴラも、おしゃれに興味をもつのだろうか。

 それとも、人に近い暮らしをしたことで、そういったことも覚えようとしているのか。


「スイレンさんはお薬を?」

「ええ。少し前に部屋に入って作業を開始されましたよ」

 ナナは一番奥にある部屋の扉を見つめ、そう返してくれた。


 残念ながら、製薬をする様子は見せてくれなかったようだ。


「さて、里長からはお前たちの休む場所を用意しろと仰せつかっている。四人とモンスターたちは当然として、プラナム嬢はどうする?」

「わたくしは帝都に戻らねばなりませんので、部屋の準備は必要ありませんわ。その分、この方たちに良い待遇をお願いいたしますわね」

 研究所での仕事に追われていると言っていたので、これ以上滞在時間を引き延ばすのは無理があるようだ。


 知り合いがいなくなるのは不安だが、プラナムさんに頼り切りになるのも良くはない。

 自分たちの足で動かないことには、知識の旅とは言えないのだから。


「分かった。では、部屋の準備ができるまでの間、ソラたちは里を見てくるといい。モミジ、彼らの案内を頼むぞ」

「わっかりました! 皆さんは準備があると思いますので、ウンディーネが作る橋を渡った先で待っていますね!」

 意気揚々と、モミジさんが玄関から外へと出て行く。


 出かける準備をしていると、プラナムさんが声をかけてきた。


「恐れ入りますが、わたくしはここでお暇させていただきますわ。数日後に再び様子を見に伺いますので、森の暮らしを楽しんでくださいまし」

「はい。ここまで送っていただき、ありがとうございました。プラナムさんも、お仕事頑張ってくださいね」

 プラナムさんは僕たちに手を振り、イチョウさんと共に家の外に出ていった。


 車がある場所まで、彼に連れて行ってもらうとのことだ。


「よし、僕たちも行こう。どんな暮らしが見られるか、楽しみ――」

「いけない、いけない。資料を持ってくるのを忘れちゃったわ……。ニーズ様用の薬を調合するのは久しぶりだから、確認をしながらじゃないと――って、あら?」

 玄関に向かおうとしたタイミングで、スイレンさんが部屋から出てきた。


 ニーズ様と呼んだ方が、エルフにとって重要な存在なのだろうか。


「あらあら、お恥ずかしいところを見せちゃいましたね……。皆さん、これから里の散策ですか?」

「はい。モミジさんに案内してもらって、里を見てこようと思います」

「ふふ、そうですか。私も、ソラさんより少し若い時くらいにこの大陸各地を巡ったことがあるんですけど、瞳に映る全てが新鮮な光景でしたよ。ぜひ皆さんも、エルフの地を楽しんでくださいね」

 スイレンさんは嬉しそうに語った後、自室へと戻っていった。


 彼女も旅をしてきた人だったとは。

 最近のエルフの人たちは、物を交換してくれるようになったとプラナムさんが言っていたが、スイレンさんのような人物が見聞を広げた結果なのかもしれない。


「よし、僕たちも外に出よう。モミジさんが待ちくたびれちゃうからね」

 泉に作られていた橋を渡り、モミジさんと合流する。


 彼女の案内に導かれるまま、里にある店や綺麗な景色が見られる場所を巡っていく。

 道中、木彫りの人形を作ったり、絵を描いたりしている人々の姿を見かけた。


 どうやらエルフの人々は、芸術的な文化を大切にしている様子。

 絵を描くことが好きなレンも、親近感を抱いたようだ。


 案内の元、一つの大きな建物に入る。

 僕たち以外誰もいないそこには、木で作られた人形や、射撃練習用の的が置かれていた。


「ここは私たち守り人の訓練場です! 武器を使う訓練だけでなく、森を素早く移動するための訓練も行っているんですよ!」

 人形や的などは僕たちも良く知っていが、いくつか用途が気になる物たちもある。


 この中で最も気になるのは、僕たちの頭上に張り巡らせられているロープだろうか。


「あちこちの壁がロープで繋がってるけど……。もしかして木の枝の代わり?」

「そうそう! あのロープを走って移動する訓練や、乗ったまま攻撃をする練習をしてるの!」

 あれらを木々の枝と見立て、森を自由に動き回る訓練を行っているのだろう。


 細い木の枝の上から攻撃を仕掛けようとしていた姿には驚いたが、特別な能力というわけではなく、日々の鍛錬による賜物だったということか。


「折角ですので、お見せいたしますね! それ!」

 モミジさんは近場にあるロープを掴むとそれに飛び乗り、素早い移動や別のロープに飛び移る様子を見せてくれた。


 皆で感嘆の声を漏らしていると、彼女は気を良くしたようで。


「まだまだ行きますよ! それ!」

 乗っているロープを大きく揺らし、タイミングを見計らって大きく飛び上がる。


 空中で弓を構え、矢筒から複数の矢を取り出し――


「それ、それ、それー!」

 掛け声と共に、下方にある複数の的に向かって射撃が行われる。


 放たれた矢は、それぞれの的の中心に見事に命中した。


「すごい……。あんなに体勢が悪い状態で、全ての的を撃ち抜くなんて……!」

「とてつもないバランス感覚と、精密な射撃能力……。これがエルフの戦士なんですね……」

 上空から、モミジさんが回転しながら落下してくる。


 彼女はロープの上に器用に着地し、僕たちに向けて頭を下げていた。


「えっへん! 皆さん、ご覧いただきありが――うわわわ!?」

 にこやかな笑顔のまま、モミジさんはロープから飛び降りるのだが、油断したのかバランスを崩してしりもちをついてしまう。


 彼女は痛む部分をさすりながら、照れ臭そうに舌を突き出していた。

 最後はもったいなかったが、それでも素晴らしい技術を見せてくれたことには違いない。


 僕は彼女に拍手を送ることにした。


「あんな高いところから正確な射撃ができるなんて! かっこよかったです!」

「本当にすごい。僕には真似できない」

「うえへっへっへ……。褒めてくれてありがとう!」

 照れ臭そうにしていたのもどこにやら、同年代から褒められたことにモミジさんは変な笑い声を返していた。


 イチョウさんも言っていたが、調子に乗りやすい点が欠点と言えるだろう。

 最後まで油断せず、冷静に物事を見極められるようになれば、相当な戦士となるはずだ。


「イチョウさんも同じ技術を?」

「もちろんです! ですが、あの人はもっともっとすごいんですよ! さっき私が飛び上がった以上の高さから槍を投げ、目的の場所に寸分違わず突き刺すんです!」

 樹の上という不安定な場所で槍を扱える人なのだから、相当な実力者であることは僕でもわかる。


 機会があれば、是非ともイチョウさんの技術を見てみたいものだ。


「大丈夫だとは思いますけど、彼に嫌われるような真似はしないでくださいね。あの人は『世界樹』の守り人をしていますから、場合によっては里長以上の権限を持ちます。出禁を言い渡されたら、エルフのみんなで追い払うことになっちゃいますよ?」

「う、うん、気を付けるよ」

 イチョウさんは硬い人だとは思っているが、気難しい性格をしているとは思っていない。


 会話をし、お互いの考えていることを伝え合えば、良き友人となれるはず。

 ただ、エルフという種族の文化を理解しきれていないので、その点については留意しておかなければ。


「時間も良いことですし、次はご飯を食べに行きましょうか! エルフの料理、ぜひ味わってくださいね!」

「わーい! お腹ペコペコ~!」

 僕たちは訓練場から離れ、飲食店へと向かう。


 野菜や果実を用いた料理が大多数を占め、肉料理があまりないことに驚いたものの、新鮮な素材たちを最大限活用した料理たちに、顔をほころばせるのだった。

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