「改めまして! 風狼フェンリルの子、テぺスです! 父様に代わりまして、皆様の旅路に随行させていただきます!」
フェンリル様の元を離れた僕たちは、彼の子テペス君を一行に加え、アウェスの村への航路を取っていた。
リリパットのパロウ君を村に送り届けること、火の玉の落下による影響が出ていないか確認をするのが目的だ。
「まだ子どもとはいえ、大陸を見守ることになる存在を飛空艇に乗せることになるとは、思いもしませんでしたわ。乗り心地はいかがでしょう?」
「悪くないですよ。走り回ったりできるスペースがないのは残念ですが……。まあ、我儘を言うつもりはありませんので」
言いつつも、テペス君の耳と尾は少し垂れさがっているように見える。
まだ子どもであること、風を司る存在として、走り回れないことに寂しさを抱いているのだろう。
家に戻ったら、アマロ地方の草原を思いっきり走らせてあげたいものだ。
「プラナム様、アウェスの村が見えました」
「分かりました。では、集落に影響が出ない程度の場所に着陸するようお願いします。ソラ様方も移動の準備を。皆様が戻り次第出発できるよう、わたくしたちは準備をしておきますので」
飛空艇が着陸するのと同時に草原へと降り立つ。
いまのところ、これと言った異変は無いように思える。
遠目に見える集落も変わった様子はなさそうだ。
「みんな、大丈夫かな……。衝撃で吹き飛ばされてないといいけど……」
僕の右胸ポケットから顔を出し、心配そうに呟くパロウ君。
村は無事に見えても、人的被害が出ていたらと考えると、連れて行くのもはばかれるのだが。
「父様のお力であれば、何も問題はありません! 皆、いつも通りの生活を送っているはずですよ!」
「テペス君……。うん、そうだね。きっと大丈夫だよね!」
テペス君に励まされ、パロウ君の表情が少し柔和した。
やがて小さな屋根が視界に入り込み、これまた小さな喧噪が耳に届く。
声に焦りの色が混じっていないところから察するに、集落の破壊や、ケガ人が出たということはなさそうだ。
「ソラ。俺とアニサは集落の周辺を見回ってくる。人には問題なくとも、モンスターが暴れる可能性はあるからな」
「私も行きます! 村のことでできそうなことは、私じゃ何もなさそうだし」
周囲の警戒をすると言ってくれたウォル、アニサさん、レイカと別れ、村の中へと入る。
耳をそばだてた際に聞こえてきた声どおり、リリパットの人々はいつも通りの暮らしを謳歌していた。
建物どころか、備品の破損も起きていなさそうだ。
「良かった……。村は傷一つ付いてなさそうです!」
「父様のお力であれば、このくらい容易なのです! ボクも同じくらい――いや、それ以上の力を身に付けなければ!」
誰一人傷ついていないことに安堵するパロウ君と、父の活躍を喜ぶテペス君。
方向性は違うが、二つの笑顔を見られて一安心だ。
「でも、これでソラお兄さんたちとお別れかぁ……。もっとたくさん、地上のことを知りたかったなぁ……」
笑顔から一転、パロウ君は悲しげな瞳で村を見つめだす。
ほんの数日間の出会いだというのに、彼は地上に興味を抱いてくれた。
このまま別れ、僕たちは故郷へと戻って良いのだろうか。
「む? おお、皆様。お戻りになられたのですね。パロウが失礼を働くことはありませんでしたかな?」
「ええ。彼には命を救われたほどですよ。同行を許可していただき、ありがとうございました」
アウェスの村の村長さんと再会し、ここ数日間の出来事を報告していく。
フェンリル様と出会い、依頼で東の大地に向かったこと。
その地で狂化したティアマットと戦い、取り逃がしてしまったこと。
大陸の守護者が減り、空からの災いに見舞われやすくなったことも含めて。
「今度からはフェンリル様が直接お守りになってくださると……。ありがたいお話ではありますが、こちらからもできることを探さねばなりませんね。捧げ物等も考えるべきでしょうか……」
「父様は気になさらないと思いますよ。まあ、頂けるのであれば、やっぱりお肉がいいですね!」
捧げ物について考え始めた村長さんに、テペス君がよだれを垂らしながら提案を行う。
そんな彼に気付いた村長さんは、穏やかな笑みを浮かべ――
「はっはっは、これはまた可愛らしいオオカミさんだ。皆様のペットですかな?」
テペス君を僕たちのペット扱いしてしまうのだった。
さすがにその言葉は看過できなかったらしく。
「ぺ、ペット!? 『聖獣』の子に対し、ペットとはなんという言い草ですか! 訂正してください!」
「フェンリル様の御子ですと……? あの方の御子であれば、我々リリパットが背に乗れる程度のオオカミではなく、もっと大きいと思うのですが。いくら言葉を話せるとはいえ、さすがに……」
テペス君は唸り声を上げながら抗議を始めるのだが、村長さんに軽くあしらわれてしまい、耳と尻尾を垂れさせて落ち込みだす。
『聖獣』の子という立場とほぼ真逆の立場として扱われたことに、ショックを隠せないのだろう。
「うう……。もっと威厳を、大きな体を身につけなければ……。ご飯にお肉盛りだくさんを所望します!」
「バランスよく食べなきゃダメだと思う、野菜も大事。今度から僕の分を分けてあげるね」
レンとテペス君の子どもらしい会話を聞き流しつつ、村長さんとこれからのリリパットの在り方について話を進めて行く。
こちらからは地上に下りて暮らすことも案と出してみたのだが。
「若者たちが地上に下りるのはとやかく言いませんが、私はこの地に住み続けようと思います。これまでは大陸の守護をフェンリル様たちだけにお任せしてきてしまいましたから、今度は私が力になれればと」
「そうですか……。では、僕たち地上側からも、天空から降り注ぐ火の玉を防ぐための方法を模索していこうと思います。その技術が、更なる災いを退ける一助になるかもしれませんからね」
大陸を守れなければ、世界を守ることなど夢のまた夢。
いずれ来るとされる天災への対処にも、その技術は大いに役立つはずだ。
「村の無事も確認できましたし、僕たちはこの地を立ち、地上へと戻ろうと思います。皆さんのご健勝をお祈りして――」
そこまで言ったところで、右胸のポケットがもごもごと動き出す。
中からパロウ君が抜け出し、僕の手に乗って大地へと下りていく。
「……フェンリル様へのご案内も終わりましたし、僕の役割は終了ですよね。皆さん、短い間でしたけど、ありがとうございました!」
地面に降り立ったパロウ君は、そう口にしてから僕たちに背を向け、とぼとぼと村の中心へと歩いていった。
いつもの僕であれば、まずは村長さんに伺いを立てるのだが。
「パロウ君! 君も、僕たちの旅についてきてくれないかい!?」
「え……」
直接、パロウ君の背に声をかけてしまった。
この行動にはナナやレンも驚いたらしく、表情を崩して僕を見上げる。
だが、それはすぐに柔和し、穏やかな笑みとなるのだった。
「これから先、各種族が協力して事に当たらなければ、対処できないことが増えてくるはずなんだ。そのためにはお互いを知っておかなければならない。齟齬が出ないように整えておかなければいけない」
図鑑を完成させるためだけではなく、天災を潜り抜けるために。
更なる先、各種族たちがいがみ合うことなく暮らしていける世界を生み出すために。
パロウ君には、地上を知るリリパットになってもらわなければならない。
「僕が……地上に行っていいんですか……?」
「禁止されない限り、行っちゃいけない場所なんてどこにもないよ。君が持つ技術、それを僕たちに教えて欲しい。僕たちも、君に色々なことを教えるから。一緒に、世界を知りに行こうよ!」
心に抱いてくれた炎を消すようなことはしたくない。
それは大きく燃え上がり、世界の灯となるべきものなのだから。
「こうして言ってくれているんだ。共に歩んでみたらどうだ?」
「村長さん……。うん、僕行ってみたい……! 地上に行って、いろんな世界を知ってみたいです! ソラお兄さん! 僕を地上へ、一緒に連れて行ってください!」
テペス君の瞳が強く明るく輝きだす。
これほど強い決意を抱いた瞳を見るのは、レイカが魔法剣士の試験を受けた時以来だろうか。
懐かしさと同時に嬉しさが心からあふれ出し、僕は右手を差し出していた。
「うん、一緒に行こう! 新しい世界を見に行こう!」
僕は行く、新しい仲間たちと共に地上へ。
多くの知識を携え、世界を守り抜くために。
===================
『リリパット族』
体長 0.2メール ~ 0.4メール
体重 0.8キロム ~ 1.0キロム
生息地 『インヴィス空中大陸』東の大地以外の土地全域
リリパット以外の種族の手に乗れるほど、体が小さい種族。
小さいながら、大きな体の持ち主にも戦いを挑む勇敢さをもち、仲間と協力して自身の何十倍もの体格を有するモンスターを討ち倒す。
何よりもその小ささに目を引かれるが、容姿自体はヒューマンとほぼ同一。
ヒューマンが小さくなった種族と考えれば問題はないだろう。
器用さに特に長けており、彼らが作った網やロープ、服は非常に頑強。
精密な道具を作る際にも小さな体は有利に働き、彼らが協力して作った物はより高性能、強力な一品となる。
小ささが不利に働くこともあり、大風に吹き飛ばされたり、好奇心旺盛なペットに追い回されたりなど、悩むことも多々あるようだ。
===================