「試練を越えてよくぞ戻って来た。さあ、リッカ様がお待ちだ」
試練を終えて雪都へとたどり着いた僕たちは、これといった道草を食うこともなくリッカ様の御殿へと戻ってきていた。
案内された部屋にはゴウセツさんを始め、知識の試練を終えたであろうアニサさんにプラナムさん、ダイアさんとパロウ君の姿がある。
そして上座には、変わらず狐のお面を付けたリッカ様のお姿も。
「おお、ソラたちも戻って来たか。おっと、挨拶はいらん。それよりも座布団に座り、火鉢で体を温めると良いぞ」
勧め通りに部屋内へと足を踏み入れ、火鉢に手をかざして冷えた体を温める。
南側は温暖な気候であり、雷鳴山山頂も悪天候に加えて高所のために寒くはあったが、この辺りと比べればなんてことはない。
改めて北側の気温の低さ、肌を刺す寒さは常軌を逸していることに気付かされる。
「色々話を聞きたいところじゃが、残念ながらあまり時間はないようじゃ。少し前、邪竜の偵察を行っていた者から、彼奴の封印が解けかけていると連絡があった。もう間もなく封印は完全に解け、動き出すことじゃろう」
「我々の目的は彼の地に赴き、奴を再封印すること。もちろん討伐が可能なのであれば、それに越したことはないが……」
ジュヒョウ様の後ろ向きな言葉に小さく不満を抱くも、邪竜の能力が再生となれば楽観的な考えはできないのだろう。
しかも相手は長年この地に居座り、多くの命を脅かしてきた強大な存在。
最良を考えるよりも、最悪を想定するのは至極当然だ。
「邪竜の封印は解けるのを待つしかないのですか? 先んじて行動を起こし、攻撃を与えたりとかは……」
「そうしたいのはやまやまだが、奴がいるのは分厚い氷の下であり、重い雪にも覆われている。それらごと打ち砕けば巨大な雪崩が発生し、我々も生き埋めとなってしまうだろう」
先制攻撃はできず、邪竜が目覚めてからでなければ対処ができない。
後手に回ってしまうことは可能な限り避けたいが、こればかりはどうしようもないか。
「作戦等はどうなっているのでしょうか?」
「それについてはわたくしが説明いたしましょう! よろしいでしょうか?」
「うむ、今回の作戦の発案者はプラナム殿。ならばそなたからお話して頂く方が道理じゃろう。よろしく頼むぞ」
知識の試練を受けている間を利用して、プラナムさんが作戦を立案してくれたようだ。
ハタヒコ様から聞いた情報を重ね合わせ、合理化を進めていけばこの難題を越えられるだろう。
「まず、これまでに行われた邪竜との戦いに用いられた作戦を説明いたしますわ。簡単に言ってしまえば、眠らせるという手段を取っていたようです」
「眠らせる……。それならば、封印ではなく討伐ができると思うのですが……。もしや、本体の首を落とすことができなかったのですか?」
「本体の……。もしやそなたら、邪竜が複数の首を持つことを知っておるのか?」
コクリとうなずき、邪竜についてハタヒコ様と話したことを伝える。
「そうか、ハタヒコ様が話してくださったか……。そなたの申す通り、彼奴の首を落とすことは終ぞとしてできなかった。本体は眠っても残りの首が動きを止めず、攻め切ることができなかったそうじゃ」
眠っているというのに、攻撃を仕掛けられるとは厄介この上ない。
プラナムさんが立てた作戦は、それもどうにかできるのだろうか。
「ちなみにですが、これまではどうやって眠らせていたんですか?」
「睡眠薬を混ぜた食料等を目覚めた直後の邪竜に与える。本体は甲殻に覆われ、いくつもの首が守っているせいか警戒力が弱くてな。まあ、空腹に加えて喉も乾いているために我慢ができないのかもしれないが」
目覚めて衰弱しきっている所に食料等が置かれていれば、怪しくても手を出したくなる気持ちは分かる。
これまでに何度もその作戦は繰り返されているようなので、リッカ様と出会った直後に話していた、覚えてしまうかもという話はこれのことなのだろう。
「話を戻します。これまで取り続けてきた睡眠作戦に加え、本体を守る首たちに睡眠弾を撃ち込もうと思います」
「睡眠弾? プラナムさんが使われる銃の、通常の弾丸とはまた異なるものですか?」
「ええ、そうです。貫通力等の攻撃性は落ちますが、弾に組み込む物によって様々な症状を引き起こすことができるのです。本来ならば睡眠剤等を入れるのですが、より確実性を高めるために魔法を組み込もうかと」
遠距離からの射撃であれば、安全に弱体化もできるはず。
ナナやアニサさんの魔法を組み込めば、強力かつ即効性のある弾も作成可能と思われるので、強力なドラゴンであろうと通用するかもしれない。
ただ、金属と魔法は相性が悪い点はどうするのだろうか。
「作戦開始直前にでも魔法を込めておけば問題ないでしょう。繰り返し使用するわけでもありませんし。ダイア、設計の方は進みましたか?」
「舐めないでよね~、設計どころか現物も完成済みさ~。ゴウセツさんから魔道具に関する知識を叩きこんでもらったからね~、より効率的な物を作れたのさ~。アニサ君の魔法で、実験も済んでるよ~」
ダイアさんが持つカバンから、小さな弾丸がいくつも込められた袋が出てくる。
これにナナとアニサさんが睡眠の魔法を込め、邪竜を眠らせられれば作戦の第一段階は成功と言ったところか。
「射撃はわたくしの配下たちが行います。皆様は邪竜が眠りに落ちたところに近寄り、本体を守る首の排除と再生の阻害をお願いいたしますわ」
「それが全部終わったら、本体の首を叩くってわけだな! 問題は硬い甲殻に覆われてるって話だが、どんくらい硬いんだろうな?」
「そこが一番気になるところだよね……。強力な剣で言えばお兄ちゃんの持ってるのが一番だろうし、強化魔法も使えるけど……。魔法に対する耐性もあるって考えると……」
この剣でもナナたちの魔法でも通用しないとなると、いよいよ打つ手が無くなる。
そうなった場合は体内への直接攻撃を狙いたいところだが、それも通用するか分からない。
英雄の剣の修繕と強化が済んでいれば、更なる手を打てるかもしれないが、無いものねだりでしかないだろう。
「さて、作戦の説明はこれで終了となりますが、皆様ご質問等はあるでしょうか?」
仲間内から手や声を上げられる様子はない。
その様子に満足したプラナムさんは、リッカ様とジュヒョウ様へ会議の進行を戻し、自身が座っていた座布団へと戻るのだった。
「ゴウセツさん、パロウ君。お二人は封印の地には向かわないんでしたよね? ならば、テペス君のことをお願いできますか?」
「喋る緑の獣のことだな? 試練の最中に何か起きたか?」
二人に雷鳴山での出来事を説明する。
テペス君のケガはレンたちに回復をしてもらったものの、いまだ本調子とは言い難い状態だ。
安全かつ温かいこの場所で、しっかり療養してもらった方が良いだろう。
「分かった、任させてもらおう。……仲間を守るためによく頑張ったな」
「えへへ……。ありがとうございます。すみません、皆さん……。少しお暇を頂きますね……」
テペス君は座布団の上で寝そべりながら声を発したものの、すぐに瞼を閉じて眠りについてしまう。
そんな彼の背を、小さな、小さな手が優しく滑っていく。
「テペス君、そんなに頑張ってたんだ……。僕も頑張って作らないと!」
「パロウ君も無理はしないようにね。何を作っているのかは秘密って言ってたけど、体を壊しちゃったら意味はないから」
てへへとパロウ君は恥ずかしそうに笑う。
体の小さな二人が、僕たちのためにこんなにも頑張ってくれている。
これは、情けない真似はできなさそうだ。
「さて、話が終わったのであれば、邪竜との戦いに向けて最終準備を行ってもらいたい。既にこちらの手勢は彼の地に向かわせている。そなたらも明日には現地に向けて出発してくれ。リッカ様、他にはよろしいでしょうか?」
「もう一点だけ話をさせてもらおう。成功した暁には、そなたらに褒美を与えようと思っている。もしあるのならこの場で、無ければ明日、出発前までに考えておいてくれるか?」
作戦成功の褒美。僕たちからして欲しいことは二つある。
空から落ちてきたという金属を探すこと、ティアマットとの戦いに参加してほしいこと。
前者は僕たちで探し回る形でも問題ないが、後者は確実に成しておかなければならない。
「前者は一旦置いておくとして……。邪竜との戦いを終えてなお、我らに竜と戦えと申すか。それならば我々からも条件を突きつけさせてもらうぞ?」
「承知いたしました。何なりと仰ってください」
僕たちの意思に対し、リッカ様はジュヒョウ様と小声で相談を始める。
しばらくして二人の会話は終わりとなり、条件が紡ぎ出されていく。
「『アヴァル大陸』周囲に存在する大渦の排除。それをそなたたちに頼みたい」
「大渦……!? まさか、『戻りの大渦』ですか!? いくら何でも自然現象を排除するのは――」
「分かりました、難題ではありますが、必ず達成させていただきます」
仲間たちが突き付けられた条件に驚き言い返そうとする中、僕だけは落ち着いてその条件を受け入れた。
当然皆は、僕の返答を取り消すように訴えてくるのだが。
「むしろその条件を出してくれたおかげで、あれは人為的なものであると確信できたので問題はありませんよ」
リッカ様たちは、『戻りの大渦』は止められるものであることを知っている。
外への渡航を拒むあの渦を、発生させられるほどの力を持つ存在を知っている。
「水の『聖獣』リヴァイアサン。『戻りの大渦』はかの存在によって引き起こされ、あの中で『アヴァル大陸』を見守っている。そういうことですよね?」
僕の質問にリッカ様は大きくうなずいてくれる。
これで水の『聖獣』の大まかな居場所も分かったが、まずは目の前の事柄を乗り越えなければ。
『戻りの大渦』の発生を止められても、邪竜問題に悩まされ続けていては、ホワイトドラゴンたちが『アヴァル大陸』に向かうことができなくなってしまうのだから。
「空から落ちてきた金属とやらにも用があると申しておったな。それならば、カゲロウの方が詳しいはずじゃ。奴の授業を受けている中、その話題をたびたび話しておったからの」
リッカ様の提案にうなずきつつ、カゲロウ様が彼女にしたであろう授業の様子を想像する。
窓から空を見上げ、空の果ての果てにあるかもしれない何かについて語っている彼の姿が脳裏に浮かぶ。
だが、その表情には笑みが浮かべられているのか仏頂面なのか分からない。
まだ、僕たちは彼との交流が少なすぎる。
「さて、ジュヒョウ。装束と儀式の準備は進んでおるか?」
「おそらく差し支えはないでしょう……。彼らと共に戻って来たカゲロウが、文句を言いつつも準備を行っていたので」
「ふ……。まあ、文句の一つや二つは出てくるじゃろうな。皆の者、邪竜との戦いに参戦してくれること、誠に感謝する。今宵は別室に休める場所を用意した。そこで休息と明日への準備を頼むぞ」
リッカ様の言葉に皆がうなずき、部屋から退出していく。
案内された部屋へと入り、最終準備と休憩を終えた僕たちは、邪竜が眠る地へと向かうのだった。