「凄いのう、凄いのう! まさか空の移動を体験できるとは! 想像の範疇を出ないと思っていたというのに、やはり外に視線を向けることは大事じゃな!」
「空から見る地上の景色はまさに圧巻ですね……。おや、向こうに見えるのは以前招待をされた村ではないでしょうか?」
「おお、本当じゃ! あの時は祭りの締めとして舞を頼まれたのじゃったな。皆元気にしておるかのう?」
飛空艇の窓に張り付き、地上を見下ろすリッカ様とジュヒョウ様。
まるで孫と祖父と思えるような姿に頬を緩ませていると、こちらの視線に気づいた彼女が僕に振り返ってこう言った。
「なんじゃ、その微笑ましい物を見ているような顔は。何か変か?」
「いえ、何も。リッカ様もしっかりホワイトドラゴンなんだと感じただけですよ」
「……? それは当たり前じゃろ。わらわはれっきとしたホワイトドラゴンじゃぞ」
まだ幼いとはいえ王として英才教育を受け、民や大陸の未来を憂いることができるリッカ様。
されどその好奇心と知識欲は民と変わらず旺盛であり、新しい物を求め続けている。
いずれにはなってしまうかもしれないが、やはり彼女にも僕たちの大陸や他の大陸を見てもらいたいものだ。
「なあ、ソラ。オイラには理解ができなかったんだけどよ、なんでリッカの姫さんまで邪竜の住む地に連れて行くんだ? 都で待っていればいいよな?」
再び飛空艇の窓外を見始めたリッカ様に代わり、ウォルが小声で話しかけてくる。
王という立場に就く存在がここにいることに、疑問を抱いているようだ。
彼の言う通り、国を率いる立場の者は後ろに控えているのが本来の在り方。
レックス王子のように、本人に戦う力があれば前線に出てくるのも分からなくもないが、特にそういった力に秀でているわけでもないらしい。
「倒れるにしろ封印するにしろ、邪竜が動かなくなるまでを見届ける必要があるみたいなんだけど……。一つ、気になることがあるんだ」
「気になること? なんだよ」
リッカ様と二人きりで会話をしていた時のことを思い出す。
確か彼女は、自由になれるのは邪竜次第と言っていたはずだ。
「まだ憶測の域を抜けているわけじゃないし、あれこれ話すのもどうかと思うんだけど……」
「聞かせてくれよ。推測だろうが憶測だろうが、一人より二人知ってる方が有利だからな。オイラも馬鹿なりに考えさせてもらうさ」
ウォルの優しさに感謝しつつ、自身の考えを伝える。
レイカに教えてもらった、邪竜のおとぎ話を交えながら。
「姫さんが封印の楔……!? じゃあ、アイツは邪竜に……」
「おとぎ話通りであれば……ね。でも、そんなことはさせたくないしさせられない。とりあえず、頭の片隅に置いておいて」
ハッキリ言って妄想に近い想像でしかないが、おとぎ話に出てきた舞手と呼ばれる女性とリッカ様の間に舞という共通点があるために、嫌な考えばかり浮かんでしまう。
思い過ごしであればいいが、可能性として無いとは言い切れない。
何事もなく邪竜を退治すればいい話ではあるが、どうにも不安だ。
「力を持つ者が弱い奴らを守るってのは当たり前の話だけどよ……。姫さんはまだちびっ子だぜ? 守るために命を散らすには早すぎるだろ……」
「不敬だよ、ウォル。でも君の言う通りだと思う。ジュヒョウ様も最初は僕たちの参戦に反対していたけど、孫のような存在を生贄にするのは本意ではないみたいだし」
リッカ様と窓の外を見ているジュヒョウ様は、両手を後ろ手に組んでいる。
小さな犠牲で平和を得られるのであれば、為政者としてはそれを選ばざるをえない。
だが、彼女の楽しそうな表情が彼に向けられるたびにその手は強く握りしめられ、心の奥底で葛藤している様子がこちらにも伝わってくる。
彼もまた、現状に悩み苦しんでいるのだろう。
「いろんな場所で、人々はモンスターとのいさかいで苦しんでいる……。僕の願いの成就は、そう簡単なことじゃないか……」
モンスター図鑑が無事完成し、モンスターに寄り添うための知識を人々が得たとしても、こうして強大なモンスターが現れれば全てが無に帰す。
人が寄り添おうとしても、モンスターがそれを拒めば何も変わらない。
ウェルテ先輩の、全てのモンスターを討滅すべきという考えの方が正しいのだろうか。
「目的地上空です。これより降下を始めますので、席にお座りください」
皆が席に着くのと同時に飛空艇が降下を始める。
着陸地点はかなりの量の雪が積もっていたらしく、着陸時の風圧で膨大な量の雪煙が舞っていた。
「わらわは準備をせねばならぬ。お主らは先に向かっても構わぬぞ。ジュヒョウ、頼む」
「……承知いたしました」
僕たちが飛空艇の入り口に進むと同時に、リッカ様たちも彼女のために用意された部屋へと向かう。
彼女たちと別れて飛空艇から降りようとしたその時、声が背中に聞こえてきた。
「お主らの戦い、しかと見届けさせてもらう。決して命を無駄にするではないぞ?」
「……ええ、ありがとうございます。みんな、行こう」
リッカ様からの言葉を噛みしめつつ、飛空艇の入り口から寒風の中へと身を晒す。
雪は深く、深く積もっており、場所によっては僕ですら胸の高さまで沈んでしまう程。
そして何よりも寒さが酷く、強力な防寒装備を纏っているというのに体が縮こまってしまいそうだ。
「ホワイトドラゴンの部隊は向こうにいるな。さすがの雪国育ちのアイツらも、この寒さはきついのか」
ウォルが指さした先へと体をさすりながら視線を向ける。
そこでは毛皮と鎧を組み合わせた装備を纏い、煌々と燃え上がる炎を囲むホワイトドラゴンの兵士たちの姿が見えた。
あまり数はいないようだが、精鋭を中心に部隊を編成したのだろうか。
「彼らですら堪えがたいとは、この地の異常さが分かりますわね……。さて、我々も部隊の配備をするのと同時に、目的の物を探さないといけませんが……」
「カゲロウ様から聞いた話によると、ボクたちが求める物はこの地にあるんだったよね~。配備はボクとシルバル君がやっておくから、プラナムは目的の探索と採取をお願い~」
プラナムさんたちが行動を取り始める中、僕たちは野営中のホワイトドラゴンたちの元へ向かい、話を聞くことに。
既にこちらの協力については話が回っているらしく、これと言って不服そうな表情を浮かべる方はいなかった。
むしろ雷鳴山を踏破した時の様子や大陸外のこと、飛空艇のことまで質問をしてくる方もいたので、戦いに身を置く者であろうと、ホワイトドラゴンは変わらないのだと思ったほどだ。
「雪原の中央に祭壇が用意されてるね。あの上に置かれているのが、邪竜に食べさせる物でいいのかな?」
「そういうことだろうね。あの上に……」
想像が正しかった場合、恐らく最初期は食料などおかず、封印の楔となる存在が座する場所だったのだろう。
だが、時が経つにつれて人々はそれを良しと思わず、邪竜を退治する方法を模索する形へと変わっていった。
それでも退治には至らず、結局封印と言う手段を取らざるを得なかった過去の人々の心境は、筆舌に尽くしがたいことだったはずだ。
「ねえ、みんな。隊長格の人に話を聞いてきたんだけど、邪竜が眠るまで彼らはリッカ様の護衛をするみたい。その後は攻撃を仕掛けるらしいけど、私たちはどう動きましょうか?」
「オイラたちは助っ人側だからな。一緒に行動するよりかは、ここにいる全員が動きやすいようにするのが良いだろ。作戦の決行は、姫さんの行動明けだったよな?」
ウォルの質問にうなずきながら飛空艇へと視線を送ると、ちょうどリッカ様がお姿を現す様子が見えた。
狐の面を被っていることは変わらないが、頭部には美しい装飾を付けられた冠を戴き、上下ともに真っ白の装束を纏っている。
平時であれば崇高かつ美しいお姿に見えるはずなのに、いまこの時ばかりは不吉な感情を胸に抱いてしまう。
あれは本当に、邪竜との戦いを征しようとする者が纏う衣装なのだろうか。
「なんだか生きていないようにも見える……ね」
「ナナもそう見えるんだ……。確実に倒さないとな……」
ここはホワイトドラゴンの国であり、その国に住む者特有の文化がある。
だが目に映るものは文化ですらなく、どうしようもなくなった者たちの苦肉の策。
何としてでも破壊し、変えなければならない。
「儀式が始まるようです。皆様も各地点に待機し、邪竜の目覚めをお待ちください」
「分かりました。みんな、行こう」
ホワイトドラゴンの兵士たちが、儀式を始めようとするリッカ様の背後へと移動していく。
そんな彼らとは異なり、僕たちは祭壇左方に移動する。
この場所を選んだのは、例え邪竜が食料に意を介すことなくリッカ様の元へ向かっても、即座に対処ができるため。
シルバルさんとダイアさん率いる部隊は、祭壇前方以外の各方向に散らばって待機をしているようだ。
「始まったみたい……。とっても、ゆっくりと動く舞なんだね……」
「見てるとなんだか、体のあちこちが力んじゃいそう」
リッカ様が演じる舞は大きな動きがあまり無く、催し物として行われるものであったならば地味さを感じるほど。
しかしながら、その一挙手一投足には多大な労力が込められていることは容易に分かり、彼女に報いるためにも全力で戦わなければという思いが強く増してくる。
この後もいくつかの舞が演じられ、儀式が着々と進んで行く。
そんな中、にわかながら大地が揺れ始めた。
発生源と思われる場所は祭壇の遥か前方、雪と氷に覆われた広大な土地からだ。
「……お出ましか?」
「そうみたいだね……。みんな、いつでも飛び出せるように準備を」
振動はますます大きくなり、発生源付近からは雪煙が宙に舞い始める。
そして爆発のように空高く雪氷たちが吹き飛ばされるのと同時に、邪竜のものと思われる叫び声が一帯を包み込む。
不快感を与える声に耳を抑えつつ、雪煙が消えるのを待つ。
「あれが邪竜ヒュドラ……。なんて、おぞましい姿なんだ……」
節々が歪んでいる紫色の鱗に覆われた、八本もの首を持つ存在。
白い煙の中から現れた巨大な竜は、視界に入れるだけで身も心も震えあがってしまいそうな容姿をしていた。