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邪竜の八首

「とんでもねぇな……。もはや化け物じゃねぇか……」

「いままで見てきたモンスターとは別格も良いところ――いや、一体だけ匹敵するのがいたかな……」

 様々な要因を複合した結果、恐怖を抱いたモンスターは多数いたが、見た目だけでこれほど心をざわつかせたモンスターはそういない。


 最も記憶に残っているのは、六年前の事件で最後の最後に現れたあのモンスター。

 屈強な肉体に凶悪な角を持ち、僕たちの大切な人たちの命を奪った存在。


 あれから全く情報を耳にしないが、奴はまだこの世にいるのだろうか。


「リッカ様の方に向かっていくよ……! だ、大丈夫かな……?」

「彼女も兵たちの後ろに下がったみたいだけど……。奴が急に暴れ出す可能性もある。警戒を怠らないようにね」

 ヒュドラは雪を踏み固めながら、リッカ様がおられた祭壇へと向かっていく。


 その上に置かれた飲み物や食べ物に興味を示しているようだ。


「七本の首に囲まれた中央の首が本体……だったよな?」

「他の首と違って甲殻に覆われているし、確定だろうね。さて、食べてくれるといいけど……」

 目の前にご馳走があるとはいえ、何度も何度も繰り返されたせいか、さすがのヒュドラも警戒しているらしい。


 だがやはり空腹には抗い難かったらしく、本体の首が飲み物と食べ物をその大きな口に含んでいく。


「食べてくれたね! 後は本体が眠って、他の首たちに睡眠弾を撃ち込めば……!」

「完全に無力化できる。後は首が再生しないように処理していくだけ」

 七本の首が周囲に警戒を続ける中、本体はひたすらに食事を続ける。


 やがてそれが終わった頃、本体の頭部は大きく口を開けてあくびをし、その場に首を垂らした。


「本体は眠ったけど、情報通り他の七本の首は動き続けているね……」

「シルバルたち射撃班も睡眠弾を撃ち込む準備を始めたな。奴が完全に眠ったら、オイラたちも突っ込むぞ。アニサ、ナナ。奴が上手く眠らなかった時は魔法を頼むぜ」

「まっかせなさい。魔女二人の力、見せてあげるわ」

 作戦がうまく行かなかったときの対処法を確認している中、いくつもの破裂音が響き渡る。


 方々に散らばった射撃班たちが、ヒュドラめがけて射撃を行ってくれたようだ。


「お、全部の首に無事当たったみたいだぞ。しかも――眠りやがった! よっしゃ、お前ら! 行くぞ!」

「ちょ――! もうちょっと様子を見てからでも……!」

 七つの首が雪の上に落ちるのと同時にウォルが走り出そうとする。


 いびきらしき音が聞こえること、全く動く様子がないことから、完全に眠っているのは確かではあるが、強大な敵相手なのでもう少し慎重に動くべきではないだろうか。


「いつまで眠っているのか分かんねぇんだ。最速で動くべきだと思うぜ!」

「君の直感か……。分かった、信じさせてもらうよ。行こう、みんな!」

 ウォルの言葉も最もだと判じ、ヒュドラめがけて駆け出す。


 シルバルさんたちやホワイトドラゴンの兵士たちも僕たちの行動に習い、動き出したようだ。


「よし、ソラ! 炎を剣に付与してくれ! 集まってきた奴らとタイミングを合わせて首を斬るぞ!」

「了解! レイカもお願い!」

「うん! 任せて!」

 僕たち四人とホワイトドラゴンの腕利き三人と呼吸を合わせ、眠りに落ちる七本の首に剣を振り下ろす。


 それぞれの首は容易く両断することができ、七人の剣に炎を付与していたので焼き固めることにも成功した。

 念のためにナナたちがそれぞれの首を更に焼いてくれたので、これでしばらくの間は再生されることはないだろう。


「よし、ここまではうまくできたな! 後は本体の首だが……」

「これはかなり苦労しそうですね……。どこを見ても堅牢な鱗に覆われている上に、太さもかなりある。ソラ殿、あなたの剣を貸していただいても?」

「分かりました。強化も全開で行きますね」

 この中で最も筋力に優れているのはシルバルさんだ。


 そこに彼が鍛え上げてくれた僕の剣と強化魔法を組み合わせれば、斬れないものはそうそうない。


「ありがとうございます。それでは――!」

 各種強化を受けたシルバルさんが僕の剣を振り上げ、勢いよく振り下ろす。


 それだけで問題なくヒュドラの首を断ち斬るかと思いきや。


「な……斬れない!? うおわ!?」

「シルバルさん!?」

 攻撃は確かに首に当たったものの、肉どころか甲殻すら斬ることは敵わず、剣共々シルバルさんを弾き飛ばすという形で終わってしまった。


 剣を振り下ろした場所を調べてみるも、傷は一つもついていない。


「硬い物を斬ったような音じゃなかったぞ……! むしろ……」

「剛性だけじゃない……! 弾力性にも富んでいるんだ……!」

 甲殻自体は確かに硬いが、指を押し込んでみるとどこか柔らかさも感じる。


 指を放すと元の状態に戻ってしまうところを見るに、剛性よりも弾力性の方が優れているのかもしれない。


「お兄ちゃんの剣を使ったシルバルさんでもダメなんて……! お姉ちゃんたちの魔法ならどう!?」

「試してみるしかないね……! ナナ、アニサさん。頼めるかい!?」

「うん、やってみるよ!」

 ナナとアニサさんはうなずき合い、共に魔法の詠唱を開始する。


 彼女たちが協力して放った魔法は鋭利な風の刃となり、ヒュドラの首に襲い掛かるのだが。


「弾かれはしなかったけど斬れない……。今度は剛性が邪魔してるみたい……」

 やはり今回も、傷一つ付いていない。


 首以外にも攻撃が通りそうな部位を探すも、七つの首以外は甲殻に包まれている。

 どうにかしてこれを突破する方法を見つけなければならない。


「ど、どうするよ……!? せっかく眠らせて七本の首は落とせたってのに、肝心の部分がどうにもできないなんてよ……!」

「弱点になりそうな部位が見つからない……! ダイアさん! ヒュドラの眠りを延長できませんか!?」

「相手が相手だから、二発目が効くか分かんないよ~! 首を落とせないのなら、避難した方がいいはず~!」

 首を断ち斬れず、睡眠時間の延長も不明となると、ダイアさんの言う通り避難しなければ危険なだけ。


 だが、少し離れたところにはリッカ様がおり、僕たちが慌てている様子を見ているということは――


「……もう良いぞ、そなたたち。七本の首を落とし、本体にここまで肉薄できるなど前代未聞のことじゃ。よく頑張ってくれたのう」

 いま最も聞きたくない人物の声が聞こえてきた。


 ゆっくり、ゆっくりと視線をヒュドラの下方へと向ける。

 こんな時でも変わらずに狐の面を付けた少女が、雪の上で僕たちを見上げていた。

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