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幼くして王となりし者

「この場は危険です……。急いで後ろへ――」

「それはこちらの台詞じゃ。こやつが目覚めれば再び食料を探して動き出す。さすればそなたたちも喰われることになるぞ」

 僕たちを心配させまいと笑みを浮かべているのだろうか、それとも自身の命が終わることを悲しむ表情を浮かべているのか。


 リッカ様の表情は、お面と言う変化のない表情の下に隠れているせいで、何も分からない。

 だが声には覇気がなく、震えてしまっている。


 これから訪れるであろう自身の運命に、リッカ様は怯えているようだ。


「ここから先はわらわの役目、白竜王となった者の役目じゃ。他の誰にも邪魔はさせぬ。皆の者! 武器をしまい、封印の儀を見守るが良い!」

 振り絞るような言葉と共に、心がぞわりと震える。


 初めてリッカ様と相対した時と同じ感覚、従わなければならないという意思が体を縛り、自ずと足がヒュドラの身体から降りようと動き出す。

 レイカやレン、他のホワイトドラゴンたちも同様のようだ。


「……他の種族の者たちには通じぬのじゃったな。納得はできんと思うが、わらわの言葉を受け入れてほしい。そなたたちも彼ら同様、この場から離れてくれ」

「……悪いが、それは受け入れらんねぇな。打つ手立てが見つかんなくなっちまったとはいえ、ここまで追い込んだんだぜ? 諦めるなんてできねぇよ」

 ウォルはヒュドラ本体の首へと向き直り、自身の剣を叩きつける。


 その攻撃はシルバルさん同様弾かれてしまい、強制的に彼の姿勢を崩してしまった。


「……こやつはいまの技術では倒すことができぬ存在。倒せぬ危険な存在となれば封印するのが道理じゃ。いつか来る未来で討ち滅ぼすに至れればそれで――」

「そんな未来、本当に訪れんのかよ。それとも未来って奴が、アンタには分かるのか?」

 リッカ様の言葉を遮りつつ、再びウォルは剣を振り下ろす。


 今度は姿勢を崩さなかったものの、やはり攻撃は弾かれてしまう。


「そりゃ技術が進めば倒せる時代も来るかもしれねぇ。だがよ、そこに至るまでに何度同じ戦いを繰り返せばいいんだ? その過程で犠牲になる奴らはどれだけ増えるんだ?」

「……犠牲になるのは白竜王の座に着いた者だけじゃ。それに封印の効果は数十年続く。決して、膨大な数になるわけではない」

 やはりリッカ様の――白竜王様の犠牲が必要なのか。


 これから彼女はヒュドラの魔の手にかかり、命を落とす。

 代わりに奴の力を大きく削ぎ、数十年の平和をこの地にもたらすと。


「ソラは推測だ、憶測だって言ってたけどな。ここまでくれば、アンタがどんな運命をたどるのか馬鹿なオイラだってわかる。喰われなきゃならねぇんだろ? コイツに」

「……ああ、そうじゃ。わらわが喰われ、全身全霊で邪竜封じの舞をすることでこやつは大きく力を失う。そこをこの地に存在する大量の雪と氷で雪崩を起こし、閉じ込めることで――」

「封印の過程なんざどうでもいい。嫌じゃねぇのかよ。怖くねぇのかよ。……たった一人で、頭から喰われなきゃならねぇんだぞ!?」

 ウォルがリッカ様に大声で怒鳴りつける。


 平時であろうとなかろうと、確実に不敬に当たる行動。

 されど僕も命令を受けてさえいなければ、彼同様に怒鳴りつけていただろう。


「怖く……ないわけがなかろう! 嫌に決まっておる! 逃げ出したくてしょうがないくらいじゃ! じゃが、わらわは王じゃ……! 民を安寧へと導く王でなければならないのじゃ……」

 負けじとリッカ様も大声を発するが、その声には涙が混じり、すぐに声量も小さくなっていく。


「復活の兆しを報告され、眠るに眠れなかった……。何も知らず、笑顔で祭りの準備をする民が羨ましかった……。日付が繰られるたびに胸が張り裂けそうじゃった……。お主に、その苦しみが分かるのか……?」

「そんなん、分かるわけがねぇよ。オイラは一般人で、お前は王なんだからな」

 ウォルのぶっきらぼうな物言いに、リッカ様は両の手を握りしめる。


「王が民を危険に晒すなど許されるわけがない……! 歴代王たちの犠牲の上にいまの平和が成り立っていると知っておきながら、わらわだけ逃げるなどできるわけがないのじゃ……!」

 王と民、歩める道も負うべき責任も全く違う。


 民であれば歩める道があったとしても、それを進むことは決して許されず、模範となるべき道しか歩めない。

 問題に対して背を向けるなど、決してできぬことなのだろう。


「お前は、きっと良い王様なんだろうな。人と国の未来を第一に考え、いざという時はお前自身をも犠牲にする覚悟がある。ちびっ子だってのに、オイラよりもずっと立派だ。だがよ、もうちっと周りの目を気にしてやんな」

「周りの……目……?」

「ああ、そうだ。お前が国や民を想うように、周りもお前の心配をしてんだ。いくら平和が訪れるからって、頭から喰われるお前を見て兵士たちは喜ぶと思うか?」

 服の裾を握り、リッカ様は自身の兵たちに視線を向ける。


 祭りの際に舞を演じ、民を喜ばせ、楽しませる祭祀王。

 そんな彼女に視線を向ける兵士たちの瞳は、悲しげな色に染まっていた。


 敬意というよりも、親しみの感情が強いであろう人物が、自分たちのために命を落とす運命と知れば、悲しみを胸に抱くのは当然だ。


「ウォルの……言う通り、ですよ……! 確かにあなたが封印を為せば、多くの人が未来を謳歌できるでしょう……。が、あなたの未来はどうなるのですか……!」

「ソラ……。命令に縛られているはずなのに、そなたは……」

 体の自由が利かず、思ってもいないのに足が動き出そうとする。


 先ほどリッカ様から受けた命令が僕の行動を縛っているが、それでもヒュドラの背から降りず、何とかこの場に留まり続けることができていた。


「言っていたじゃないですか……! 民と同じような形にはならずとも、いつかは旅に出たいと……! その夢を捨てないでください……!」

「捨ててなどおらぬ! じゃが、いま国が滅びてしまえば民の未来もなくなってしまう……。それではわらわの夢も叶えることができぬではないか……!」

 現在を間違えて未来が滅んでしまえば、多くの人が夢を抱けずに悩み苦しむ羽目に合う。


 それを未然に防ぎ、より良い未来を作るために、苦難の道を選ぶという考え方は理解できる。


「あなたが民のより良い未来を願うように、民もまたあなたのより良い未来を願っているんです……! 生きて、世界を見て欲しいと……!」

 納得さえできれば、民も苦難の道を選ぶ覚悟を抱こうと思える。


 だが、いまの状況を納得できている者たちがどれほどいるだろうか。


「オイラたちはあんたが犠牲になる形なんか納得しねぇ。あんたがいない未来など望まねぇ! 生きて未来を、広い世界を見に行くぞ! リッカ!」

「みんなでヒュドラを倒し、あなたが王のまま民を導く未来を作りましょう……! その未来も、必ずあるはずですから……!」

 僕たちの心からの説得に、リッカ様は嗚咽を漏らしてうなだれる。


 これで彼女は考えを改めてくれるだろうか。


「どこまでも広がる世界を……見に行きたい……。民の笑顔を見続けたい……! されど、されど……! わらわは王! 王としての道を歩まねばならぬのじゃ!」

 涙声の咆哮と共に、激しい悪寒と恐怖が僕の体を縛り付ける。


 先ほどリッカ様から受けた命令――いや、それ以上の勅命が彼女から発せられた。


「ソラよ……! 皆をこの場から立ち去らせておくれ……! これ以上、心変わりをしたくない……! 夢を抱かせないでおくれ……!」

「ぐあ……! が、が……!」

 僕の両の手が、じわりじわりと英雄の剣がある腰へと向かっていく。


 このままでは剣を握り、仲間たちに斬りかかる形でリッカ様の勅令を達することになってしまう。


「そ、ソラ殿! しっかり!」

「ソラ! 気を確かに! 落ち着いて!」

 シルバルさんとナナの声を聞いても体の動きは止まらない。


 他の仲間たちも僕の体にしがみつき、押し倒そうとしてくれるのだが、逆に振り払う形で終わってしまう。


「わらわは一人で喰われ、未来に希望を託す……。それで、いいのじゃ……」

「そんなこと……。そんなこと……!」

 とうとう両手は剣と鞘に届き、それを引き抜こうとする。


 リッカ様をヒュドラに喰わせるなど認めない。

 この世に受けた生を、むざむざ失わせることなどさせやしない。


 こんな勅令、絶対に受け入れるものか。


「一人でなんて、行かせやしない……! う……りゃあああ!」

 気合を込めると同時に剣が引き抜かれてしまった――が、途端に体の異常が消滅する。


 悪寒も恐怖もない、体が自由自在に動く。

 僕は素早くリッカ様の姿を視認すると、ヒュドラの身体から飛び降り、驚く彼女の元へ素早く駆けよって小さな体を抱きしめる。


「こんなことは……指示しておらんぞ……? どうしてわらわを……抱きしめておるのじゃ……?」

「分かりません……。ですが、何度同じことをされても、何度だってあなたを抱きしめさせていただきます。皆と一緒に雪都へ帰ると言い出すまで、決して……離しません」

 寒風に冷え切った、レイカよりもはるかに小さな背中。


 それでも、その奥には確かに温もりがある。

 本人の意思と異なり、生きたいと力強く鼓動を打っている。


「他の大陸の者じゃろ……。ほんの少し前まで、関わりもなかったじゃろ……。無理矢理従わせようともしたのじゃぞ……。なのに……! なのになぜそなたたちは……! そなたは……!」

 ごすん、ごすんと胸に頭突きをされる。


 痛みはない。リッカ様が抱いていた苦しみと比べれば、なんてことはない。


「どうしてわらわに……生きろと言ってくれるのじゃ……!」

 狐のお面が外れ、祭祀王の素顔が露わになる。


 まだ幼いながら、切れ長の瞳に鼻筋の通った美しい顔。

 生きて大人になったリッカ様は、美貌をも持ち合わせた王となるのだろう。


「あなたに教えたいからです。僕たちが見てきた世界のことを、僕たちもまだ見たことがない世界があることを……。たくさん素敵な物があることを、あなたに知ってもらいたいんです」

「その世界とやらを……わらわは見てもよいのか……? そなたが連れて行ってくれると言うのか……?」

「ソラだけじゃねぇ! オイラたちも連れだしてやるし、空に行きてぇってんならプラナムたちが飛空艇を出してくれるはずだ! お前の旅は始まってすらいねぇのに、辞めるなんて言うんじゃねぇよ!」

 宙ぶらりんとなっていたリッカ様の両手が伸びてくる。


 その手は僕の両腕をしっかと、力強く抱き止めた。


「うあ……あ……! うああああ!!」

 大粒の涙を流し、激しい咆哮を上げながら泣き崩れるリッカ様。


 同時に、この場に自然の物とは思えない振動が発生する。


「ち……! 時間をかけすぎちまったか……! おい、お前ら! 早くヒュドラから降りろ! 目覚めるみたいだぜ!」

 ヒュドラの身体から皆が下りた一瞬の後、奴の首が空めがけて伸び上がる。


 大きく、大きく口を開けて大量の空気を飲み込んだ後、僕たちめがけて首を伸ばして品定めを開始した。


「どのごちそうから食べようかってところかしらね。どーすんの? 現状、とんでもなく危険な状態だけど」

「あー……。オイラもお手上げだ。ソラ、何かいい手はないか?」

 ヒュドラの視線に加え、皆の視線が僕に向く。


 足場が悪い、最優先で守るべき存在がすぐそばにいる。

 この状況で戦いを選択するのは愚かでしかないだろう。


「誰もケガすることなく、リッカ様を雪都へ送り返す……か。大変だけど、一つだけ手はあるよ。ウォル、君はシルバルさんやレンと共に彼女をお願いできるかい?」

「ああ、任せろ。んで、ヒュドラはどうすんだ?」

「封印する。疑似的な形だけどね」

 品定めを終えたヒュドラが、けたたましい咆哮を上げる。


 もう誰も、お前の犠牲になどさせない。

 手に持つ英雄の剣を胸に抱き、決意を固めるのだった。

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