「疑似的に封印って……! できんのかよ、んなこと!?」
「できなくもないかもってくらいさ。やり方は思いついているけど、封印を支えるための楔がない。いや、あるにはあるんだけど……」
持っている英雄の剣に視線を落とす。
魔力を吸収し、自身の内に貯めこむこの剣であれば、ヒュドラの魔力を奪い衰弱させる形で封印の楔として使える可能性はある。
だが、この剣の使命は他にあり、今回のためだけに使うことはできない。
楔がない以上、封印すらできない可能性もあるが、一時的な足止めさえできればこの場を切り抜けることができるだろう。
「僕がアイツの気を引くから、ナナとアニサさんは全力で氷の魔法の準備を。ヒュドラの頭上に落としてほしいんだ。レイカ、君は圧縮魔の準備をしておいて」
「う~……。気分悪い……、でも、頑張る……!」
命令を受けていたせいか調子が悪そうに頭を振りつつも、レイカはナナたちの元へ移動して共に準備を始めてくれる。
後は皆がリッカ様を連れて離れられるよう、僕がヒュドラの注意を引くだけだ。
「ファイアショット! 喰らえ!」
長い首に炎の魔法をぶつけると、早速ヒュドラは敵意を向けてくる。
大きく、大きく口を開け、伸縮性にも富んだ首を僕の頭上に配置し、覆いかぶさるようにして落ちてきた。
それを回避しつつ、どういう意図の攻撃だったのかを推察する。
「なるほど、そうやってリッカ様を喰うつもりだったのか。もうお前には命を食べさせない。雪でも食べてろ!」
こちらに向き直った首に対し、風の魔法を発動する。
風は降り積もる雪を吹き飛ばし、ヒュドラの口内へと侵入していった。
口の中に大量の冷たい物を放り込まれるのは、さすがに強力な竜と言えどたまったものではなかったらしく、奴は慌てて体内に入り込んだ雪を吐き出し始める。
「よし、いまだ……! 英雄の剣を……!」
素早くヒュドラに接近し、その体を守る甲殻に剣を触れさせる。
本来ならば突き刺して固定すべきだが、剣自体の修繕がまだされていないことに加え、奴の甲殻を突破できないため、こうするしかない。
「魔力の吸収は――できてるみたいだ……! でも、あまりにも時間が――」
「ソラ、危ない!」
ナナの声に反応して素早くその場を離れると、僕がいた場所にヒュドラの首が落ちてきた。
いまは本体の首ただ一つのために大したことはないが、本来であれば後七本の首がある。
矢継ぎ早に大量の首が降り注ぎ、その一つに収められてしまう姿を想像し、体がブルリと震えた。
「少しでも消耗させておかないといけないってのに……! もっと効率的に魔力を奪い取るには――」
突然、脳裏に一つの思い出が蘇る。
いま見える白一色の景色とは、ほぼ真逆の森の中。
僕たちはそこで人に寄り添う強大な竜と出会い、一つの剣と一つの鞘を譲られた。
「英雄の剣とその鞘……。確か、剣が持つ魔力を吸う力に対抗するために、鞘にもその力があるって……!?」
よくよく思い出せば、この鞘は『世界樹』から落ちた枝を利用して作ったと言っていたはず。
『世界樹』自体が周囲から魔力を集めるために植えられたものなので、鞘になったとはいえその力は絶大なものだろう。
「ナナ、アニサさん! 合図をしたら魔法を!」
「うん、任せて!」
「本気で……行くわよ……!」
落ちてくるヒュドラの首を回避しつつ、ナナたちに指示を出す。
既に魔法を使う準備は終わっていたらしく、彼女たちの周囲には膨大な魔力があふれ出そうとしていた。
「来たな……! これを……食べてみろ!」
真上に奴の首が来たタイミングを狙い、腰にある鞘を手に取って投げつける。
大切な相棒の一つを捨てるような行為に心が痛んだが、そのような個人的な感情は気にしていられない。
「グオ……!? グガ……!!」
「飲みこんでくれた……! しかも効果が出てる……! ナナ、アニサさん! いまだ!」
「「了解! ギガント・グレイシャー!!」」
二人の詠唱と共に、空中に巨大な氷の塊が出現する。
それはヒュドラの頭上に自由落下し、超重量で奴の体を抑え込んでいく。
「よし、今度はこっちの番だ! レイカ、一緒に圧縮魔を! 奴めがけて一帯にある雪を圧縮するんだ!」
「うん、分かった! はあああ……!」
圧縮魔を発動すると、目論見通りヒュドラの体めがけて雪たちが集まりだす。
それらは奴の体を覆い隠してもまだ止まらず、硬く、分厚く閉ざしていく。
周囲の雪がはげ、地面が見えるようになった時には、球状の巨大な雪氷がその場に鎮座していた。
「できた……! これなら時間を稼げる……!」
英雄の剣を抜き身のままで持ちつつ、皆の元へ戻る。
すると早速、リッカ様を護衛してくれていたウォルが大喜びで声をかけてくれた。
「やったな、お前ら! あんな方法で封印しちまうとは考えもしなかったぜ!」
「雪崩なんて起こしたら僕たちも巻き込まれちゃうからね。それより早く飛空艇へ、プラナムさんが戻ってきたら急いでこの場を離れよう。リッカ様、兵士たちにもご命令を――」
「待て、お前たち」
皆と飛空艇に乗り込もうとしたところ、突如としてジュヒョウ様が僕たちの前に立ちふさがる。
なぜ、彼が僕たちの行く手を阻むのだろう。
なぜ、睨みつけるような視線をぶつけてくるのだろうか。
「なんだよ、ジュヒョウのじっちゃん。話なら飛空艇の中でしようぜ」
「いま言わねば収まりがつかんのだ。こうなることが嫌だったから、お前たちを戦いに巻き込みたくなかった。いままでどおりだったら、このような感情を抱かずに済んだというのに……!」
ジュヒョウ様の肩がわなわなと震えているところを見るに、彼が尋常ならざる様子だというのは嫌でもわかる。
だがなぜ、彼はそれほどまでに感情をむき出しにしているのだろう。
リッカ様が生きようとすることに、何か不都合でもあるのだろうか。
「……何か事情があるってんなら、早く言っちまいな。オイラたちは何を言われようと――」
「本当に……。本当に、雪都とリッカ様をお守りしてくださるのか……?」
ぽつり、ぽつりとジュヒョウ様の瞳から涙が落ちる。
彼が抱いていた感情は怒りではなかったことに気付く。
恐らく彼も、リッカ様同様に今回の件を半ば諦めていたのだろう。
最初から諦めていれば、例え彼女が命を落とそうとも激しい悲しみに暮れずに済む。
国を導く立場の者として、次に視線を向けることができる。
されども僕たちが現れ、今回の件を為したことで、希望を抱いてしまった。
リッカ様が存命し、民を、国を導く姿を思い描いてしまったのだろう。
「必ず、必ず僕たちが解決に導きます。みんなで一緒に、より良い未来を選び取りましょう」
「……! どうか……よろしくお願いいたします、皆様……!」
ジュヒョウ様は腰から頭を下げ、僕たちに懇願をしてきた。
彼のそんな姿に、心のうちに浮かんできた懸念はおだやかに氷解していく。
「んだよ、ジュヒョウのじっちゃん! オイラ、姫さんをヒュドラに喰わせろとか言い出すのかと思ったぜ! 驚かせんなよなー!」
「な……!? そ、それは失礼した……! 誤解を与えてしまったか……!」
「ジュヒョウは不愛想……じゃからのう……! わらわも、そなたからそのような言葉を聞けると……思わな……。ぐす……! うえええ……!」
泣き止みかけていたリッカ様も、ジュヒョウ様の言葉を受けて再び泣き出してしまう。
遠慮なく泣き続ける孫と、慌てふためきながら泣き止ませようとする祖父。
本当の家族としか思えない光景が、目の前で繰り広げられていた。
「皆様ー! お待たせいたしました! 無事、目的の物を持ってくることができましたわー!」
「お帰りなさい、プラナムさん! みんな、飛空艇へ! 雪都に戻って計画を練り直そう!」
雪玉に閉じ込められたヒュドラを置き去りにし、飛空艇は雪都に向けて空を行く。
次こそは奴を倒し、ホワイトドラゴンとリッカ様の未来を作って見せる。
抜き身となってしまった英雄の剣を握りしめ、そう決意するのだった。