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服屋

「さて……と。僕も雪都を散策するのは初めてだから、案内はあまりできない。いろんな人の声に耳を傾けながら、のんびりぶらぶら歩き回ってみようか?」

「りょーかい! ふふ、何が見られるかな? 楽しみ!」

 雪都にくり出した僕とナナは、これといった計画を立てることもなくぶらつくことにした。


 気ままに歩くのもいいが、ある程度は名物や名所等を周ってみたい気持ちもある。

 街の景色や祭りの準備を行う様子を眺めつつ、まずは人が集まりやすい場所に向かうとしよう。


 人の波に乗りながら、僕たちは大通りへとやって来た。

 ここならば道行く人たちの声に耳を傾けつつ、気になる店に入ることもできる。


 雪都の情報をほとんど持っていない僕たちにとって、うってつけの場所だ。


「あ、服屋さんがあるね。ホワイトドラゴンの人たちが着てる――お着物……だっけ? あれ、一回着てみたいって思ってたんだけど……」

「他の大陸では見かけないタイプの服だもんね。祭りとかのおめでたい時用に着るタイプの物もあるし、入ってみようか?」

 期待に満ちた表情でうなずくナナと共に、目についた服屋へと足を踏み入れる。


 店内には着物を見に来たと思われる人たちの姿があり、棚にしまい込まれているそれらや反物を店員と相談しながら選んでいた。

 祭り直前ということもあり、頼んでいた着物を取りに来た人もいるようだ。


 僕たちも適当な棚に近寄り、丁寧に畳まれている着物には触れないよう注意しつつ見物をする。

 明るい色や気品を感じさせるような色、薄めの色合いながらも美しい絵が描かれた、まるで芸術品を思わせるような商品もある。


 ナナであればどのような着物が似合うだろうか?


「いらっしゃいませ。おや? あなた方はもしや、パロウさんのお友達では?」

 話しかけてきた店員さんは、どういうわけかパロウ君の名を出してきた。


 そういえば彼は、僕たちのために何かを作っていると言っていた記憶がある。

 服屋の店員と知り合いということは、彼が作っている物は――


「よろしければ彼の元にご案内いたしましょうか?」

「良いのですか? では、お言葉に甘えさせていただきます」

 店員さんの後に続き、店の奥へと足を踏み入れる。


 そこは作業場となっており、色とりどりの繊維を手に、職人さんたちが着物を編み上げていく様子が。

 彼らの繊細かつ精巧な作業は、裁縫の知識をほとんど持たない僕たちでも感動してしまう程に素晴らしい。


 職人さんたちのやり取りを眺めつつ奥へ進むと、机に敷かれた布の上にちょこんと座り、お菓子とお茶を味わうパロウ君の姿があった。


「あれ? ソラさんにナナさんじゃないですか! どうしてここに?」

「街の散策中に立ち寄ったら、君がいるって聞いて。何か作ってるって言ってたけど、ここで作業をしていたんだね」

 休憩をするパロウ君のそばには二種類の大きな人形が置かれている。


 僕たち人とほぼ同じ大きさのそれには、それぞれ異なる服がかけられているようだが、これが製作している物なのだろう。


「知識の試練の際に、針を扱う技術をお見せしたんですけど、その際にこのお店の職人さんの目に留まりまして。いまはホワイトドラゴンの皆さんの技術を取り込みつつ、皆さんの服を作ってるんです」

「なるほど、これは僕たちの服なんだね。すごいじゃないか、こんな短期間で」

 えへへと笑うパロウ君の姿を横目に見つつ、彼が作ったという服に視線を向ける。


 左に青色のコートのような服、右には黒色の毛や布をふんだんに使われたドレスのような服。

 右の物は製作が途中らしく、いくつか欠落したような部分があるようだ。


「ホワイトドラゴンの皆さんって、魔道具を作る技術に長けているじゃないですか。その技術を服に応用してみたらって思ってたんですけど……」

「現状はあまりうまく行ってないみたいだね。サイズ的には……ナナの服になるのかな?」

 本来服が出来上がるまでの時間を考えれば、目の前にあるこれらはあり得ないまでの速度で製作が進んでいることが分かる。


 パロウ君が頑張ってくれていること、その彼が持ち合わせている技術の凄さを想像して笑みがこぼれた。


「ソラさんの服はおおよそ完成しているんですよ! 後はプラナムさんたちが作ってくれている防具を合わせれば、それで完了です!」

「プラナムさんたち? そっか、彼女たちもこれの製作に一枚噛んでたんだ」

 スターシーカーの強化で大変だっただろうに、まさか防具まで作ってくれていたとは。


 彼女たちの恩義に報いるためには、何ができるだろうか。


「ねえ、パロウ君。私の服の完成にはまだ時間がかかるみたいだけど……。どの部分が難航しているの?」

「ええっと……。使う材質の性能面に課題が残っていて……。普段はソラさんが皆さんの防御力を魔法でさらに上げてますよね? あれをもっと強力にしたいと思っているんですけど……」

「なるほどねぇ……。個人を狙った攻撃なら僕が間に入ることで防げるけど、大範囲に向けての攻撃だとそうはいかない。特にナナは……ね」

 必ずしも防御に入れるとは限らないので、少しでも生存率を上げられるのであれば、それに越したことはない。


 ナナは攻撃の要になりやすいというだけでなく、僕にとって絶対に失いたくない人物たちの一人なのだから。


「分かった、僕たちの方でも何かいい案がないか探しておくよ。僕たちのために色々考えてくれてありがとうね」

「えへへ……。僕の方からもお礼を! もしも『インヴィス空中大陸』に皆さんが来てくれなければ、こうして新しい技術に触れることができませんでした! 本当に、ありがとうございます!」

 お礼を伝え合った後、当初の目的通りいくつかの着物を見繕ってもらってからパロウ君と別れ、服屋を後にするのだった。

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