「は~……。やはり、旅に出られるというのは羨ましいのう……。早くわらわも、そなたたちが見てきたという世界を見に行きたいものじゃ」
「きっと、僕たちが見てきた景色とはまた異なるものを見られるはずですし、僕が感じた想いとは異なる感情を抱くと思います。その差異もまた、楽しんでください」
旅の記憶を伝え終えると、リッカ様は夢うつつと言った表情を浮かべ出した。
ヒュドラの犠牲になるという使命から解放されたため、彼女は本来通りの生を受けられることになる。
王としての役目と立場があるため、思い通りの旅ができるとは限らないが、それでも得られるものは数多くあることだろう。
「次はウォルからも話を聞きたいところじゃったが……。戻ってこないところを見るに、外へ繰り出してしまったのか?」
「かもしれませんね……。彼を一所に留めておくのは、彼と共に居るアニサさんですら非常に難しいことなので……」
恐らくはいま頃、ウォルは祭りの準備で色めく雪都を堪能していることだろう。
アニサさんからお叱りの言葉を受けつつも、それでも懲りずに満面の笑顔で走り回っている姿が思い浮かぶようだ。
「さて、わらわからそなたたちに聞きたいことはとりあえず終わった。祭りが行われる当日まで、ここで自由に過ごすが良い。ヒュドラのことも含め、大いに感謝するぞ」
「お気遣い、ありがとうございます。それじゃあ一回、別の場所に移動しようか」
家族と共に頭を下げ、一旦部屋から外に出ることにした。
僕にあてがわれている部屋ではあるが、リッカ様が別室へ移動するまでの時間もある。
邪魔になってはいけないので、時間つぶしもかねてしばらく他の場所へ行っていた方が良いだろう。
「ふふ、随分と懐かれちゃったね。可愛らしい妹ってところ?」
「ええ~!? お兄ちゃんの妹は私だけでしょー!? そうだよね!?」
「リッカ様がソラ兄の妹ということなら、僕の妹ということになる。ふへへ……。お兄ちゃんか……」
ナナのからかうような言動を受け、動揺しだすレイカと変な笑みを浮かべ出すレン。
さすがに相手は王であるために妹と思うことはできないが、まあ慕ってくれる少女ということで悪い気はしない。
「ここ数日間、リッカ様を見てきたわけだけど……。昔の私を思い出しちゃったなぁ……」
「昔の? ああ、モンスター大発生事件があった後の君のことか。確かに、似通う部分はあるかもしれないね」
モンスターに村や家族を奪われ茫然自失になっていたナナと、ヒュドラに未来を奪われかけ、自らを捧げざるを得なくなったリッカ様。
どちらも放っておけば、命を落とす状況であったことは確かだ。
「私も彼女もソラに救われた身。そしてソラは心の在り方を正してくれた大恩人。好意を抱くのは当然かもしれないね?」
「ナナ? 急にどうし――」
言葉が終わるよりも早く、ナナは僕の手を取る。
そして強く、強く、されど寂しそうに握りしめた。
「……ゴメンね、ちょっとだけ――ううん、結構嫉妬しちゃってるの。君が命と心の両方を救うのは、私だけだと思ってたから」
ナナが言わんとしていることは、なんとなく理解できる。
だが、彼女が心に抱いたその想いに、謝罪という形で返すことはできなさそうだ。
「……同じような境遇の人を助けることは、この先にもあるかもしれない。また、君を嫉妬させてしまうかもしれない。だとしても僕は、君の手を握る。必ず、君の元へ向かうから」
「……うん。ありがと、ソラ」
手のひらだけが触れ合っていた形が、お互いの指を絡み合わせる形へと変わっていく。
決して離さない、離させないという、強く固い結束の形に。
「さて、レン。私たちだけでどこかに出かけよっか? そうそう来れない雪都だし、見てまわらないとね!」
「え? それはそうかもだけど……。ソラ兄たちにも案内が――」
「ここは二人っきりにさせてあげないとダメなの! お兄ちゃん、お姉ちゃん! 楽しんで来てね~」
理解ができないと言いたげな表情を浮かべるレンを、レイカが無理矢理引っ張っていく。
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
「雪都の散策、一緒に行ってみようか?」
「うん! 行こ、行こ!」
久しぶりの、二人っきりでの街中散策。
新たに湧き上がる高揚感に笑みを浮かべつつ、ナナと共に雪散る雪都へと足を踏み出すのだった。